【***】
大坂に構える居城に赴いたムラマサは、〝鬼〟のその後を語る。
「――以上が、ことの経緯になります。ご理解のほど」
カズサ亡き後、本能寺、ヒュウガの謀反を治めたトウキチは、今や天下人に最も近き男として、日ノ本を牛耳る存在に大出世していた。
「甲斐辺境の神社および、その周辺の自治をお任せくださるのなら、我々は貴殿の傘下に加わりましょう」
「こちらからお頼み申したいくらいですぞ」
存外あっさりと。難色を示すかとあらゆる交渉の手を考えていたムラマサは、杞憂に終わる。
京から、朝廷からも離れた地に安置されていることを好都合だと思ってくれるのなら――――そうと決まれば、もうここに用はない。
「恐悦至極に存じます、太閤殿」
「ムラマサ殿、茶でも――」
「一介の名代には勿体ないお誘い」
その気持ちだけ有り難く頂いて、ムラマサは城を後にする。
甲斐よりも栄える城下に出れば、護衛で張り付くゲンマがぼそりと囁いた。
「……――見事な外交よ、さすが参謀だ」
「皮肉か?」と、世辞を口にする人間ではない男に問えば、くつくつ笑う。
治安の良さと、〝鬼〟がまだ鮮明な今、一手に引き受けた者を闇討ちしようなどという輩はいない。ナギを使って甲斐を滅ぼそうとした将軍様も、朝廷との仲介役にさせることで、〝鬼〟の干渉を断たせていた。
故にゲンマは、自分がついていく必要はあったのかと。
「かんざしのひとつでも買っていってやればよかろう」
「……――それを喜ぶには、もうしばらくかかる」
それでも、なにか買って帰る気はあるようで、ムラマサよりも先を歩き出す。
平和だ。
本来あるべき、泰平の世だった。
「……やっていることは幕府となんら変わらんのにな」
そう呟くムラマサに、ゲンマは足を止める。
「……――行き着いた先を知っているのとでは訳が違う」と断言して、霧の如く消えていった。