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【壱拾壱/昼つ方前】



 桜が咲き乱れる新府城では、ナギとの攻防が激化する。

 城内に誘い込み、城門を閉じての籠城戦は、追われては斬られの鬼ごっこ状態に。

 皆、覚悟の上での参戦ながら、逃げ場のない状況に正気を保てなくなってくる。

 転がる肉片と、濃くなる血のにおい。

 ひと思いには殺さず、脚を千切られた虫の如くのたくらせ、腹を裂く。

 その悲鳴たるや。


 ーーーーかつての親友を、思い浮かぶ。


 こんな状況下であったのだと、ツツジは自分と重ねた。




 関東の一大勢力だった相模領の当主だった親友・イセは、〝鬼〟を難攻不落の城に囲うことで、領地への被害を抑えようとした。

 その間、城外にいる身内や家臣に〝鬼〟について調べてもらうが、これといった打開策はなく。

 ひとり、またひとり。

 鬼を継ぎ、鬼に斬られて、鬼を継ぐ。

 そして、最期のひとりとなった彼も、鬼を継いだ。

 己を拘束し、外に出すまいとした。

 しかし、その方法では一時しのぎに過ぎず、自由に動けない器よりも、城外にいる血縁者に取りったのだ。


『鬼は必ずしも、鬼を斬った者に宿るとは限らない』

『血の繋がりをたどり、より健全で若い、自我が成熟していない者を好む』

『願わくば、軍神の息子となった我が子に、鬼が宿らんことを』



 けれど、その願いも虚しく、数日後、越後も滅んだ。



 その当時、ツツジは〝鬼〟を比喩ぐらいにしか思っていなかった。領地拡大の際に、その土地を守る国衆を斬り捨てる、非道な、実父のような人間のことを言うのだと。

 なにかしら人を斬っていた父を、若き日のツツジが追放したことで甲斐は安定していくのだが、今思えば、だ。

 親友を失い、好敵手までもが〝鬼〟に堕ち、その発端となったのが、父だった可能性が大いにある。

 しかし、それを誰も責めなかった。

 越後が壊滅した日から自責の念にかられ、酒が手放せなくなったイヅナも、「すべてはなにも守れなかった自分の不甲斐なさだ」と。


 ーーむしろ、おまえに負い目を感じさせてしまうのが、私には辛いぞ。


 自領の民を守っただけのこと、と言うのは簡単だ。

 当主としては間違っていない。が、内陸で、塩の取れない甲斐は、周辺との貿易があってこそ。

 父のことも、誰も庇護せぬようにと協力してもらい、好敵手との戦は、いつしか戦国最強の騎馬隊と呼ばれるまでに、強固なものとなった。

 だから、生き残った者として、甲斐とその周辺を攻めようとする輩がいれば全力で守り、当主不在の越後と相模の領地確立に尽力してきたのだ。




 次第に、断末魔でさえも聞こえなくなってくる。


 ーーひとり、またひとり。


 親友の残した日録を参考に、ツツジは築城する際、地下を作った。

 鬼を囲うため、アキが使用していた薬草をそこで燻せば動きが封じられるだろうと。しかし、視界が悪く、刀を振るう可動域の狭い場所に、ナギは近づこうとしなかった。

 天守閣では煙も薄く、ツツジの家臣たちは手も足も出ない。


 片腕、なのにだ。


 ここに来るまでの間、元々負傷している利き腕を執拗に狙われたようで、腕の付け根を強めに縛っているだけの簡易処置に、だらんと力なく下ろしたまま。

 薬草の汁を染み込ませた手ぬぐい片手に応戦するツツジに、ナギは利き腕であろうがなかろうが関係ないようだ。彼女のクナイは正確に手ぬぐいを射抜き、すぐさま短刀を振りかぶってくる。

 ツツジは、その手首を掴むだけで精一杯だった。


「只者ではないと思っていたが、これほどとはなっ……!!」

「……」


〝鬼〟故か、はたまた彼女の実力か。

 問いかけすら、無反応の無表情。けれど、触れる箇所から伝わる小刻みの震えは、必死の抵抗の表れだ。




 鬼に関する文献を読みあさり、ムラマサたちマナ族が持つ『先見ちから』の謂れを知ると、ツツジは幕府の在り方に一定の理解を得た。

 朝廷に宿らないように。

 初代の幕府は、発起人の一族が人柱となり、〝鬼〟を留置していたのだ。ただ、その働きの見返りを過度に求め、朝廷を強請り始めたため倒幕される。

〝鬼〟はアシカの一族の管理下におかれ、二代目を任された彼らは人柱を外部に募った。


『人質を差し出せ。さもなくば、領地が滅びる』、と。


 当時、〝鬼〟の存在は極秘であり、領地も国単位ではなく集落だったりと小規模なもので、従わない大名のところで暴れても、大した噂にはならなかった。

 幕府おかみに逆らったんだろうな、程度だ。

 二代目はそれをいいことに、大名たちへの要求を激化させていった。そのつけが、直近の者を〝鬼〟にし、周囲の反感を買った挙げ句、手討ちに。

〝鬼〟が、その管理体制が露呈し、守護、外様関係なく、自領を守るため力をつけていき、群雄割拠の今がある。のだが、桃太郎が鬼退治をしてから今日まで、〝鬼〟に関しては幕府がやっていたことと大して変わらないのが、現状だ。



 けれど、彼女である必要はない。



 この元凶を招いた自分こそが、とツツジ自身が人柱になるつもりでいた。

 独身を貫き、後継者もいない。

 領地の確立よりも、自分的に納得がいく。

 親友イセが籠城したように、自分に結びつけている間は平穏が保たれるのだ。


 ふと過った疑問が、声に出る。


「貴方も、だったのか……?」


 鬼は鬼ヶ島にいた。

 鬼は、数多の物の怪と対峙するあまり堕天した御仁で、自身に留まらせることによって、生まれ出づる殺意から日ノ本の人々を守ろうとしたのではないだろうか。


「ーー利いた風な口をきくな」


 ナギとは思えない声色で、ばっさり否定される。

 動かないと思っていた右手で短刀を握り、ツツジの腹を貫いた。


「より強い者、聡い者が生き残り、個になるまで繰り返しただけのこと」

「ナ、ギっ……!!」


 ツツジは引き抜こうとする手を押さえつけながら、彼女を呼んだ。すると、鉄仮面だったナギがいびつに笑う。


「……この者は良い。人を屠ることしか知らぬ幼子だった」


 引き抜けないならばと、〝鬼〟は手首をひねり、出血を促した。


「貴様等が手を差し伸べなければ、我に揺蕩(たゆと)うてたというのに」


 次第に、ナギの声が遠くなっていく。掴んでいた左手首に力が入らなくなっても、追撃するまでもないときた。

 人柱になるどころか、イヅナが帰還するまで持ちこたえられそうにないようだ。

 鉄仮面に戻ってしまったナギの頬を撫でる。


「ユキトやセイジたちと笑い合ってる時のほうが……俺は……可愛いと思うがね」


 吐き散らす鮮血に、ツツジは倒れた。



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