【壱拾壱/朝またぎ】
翌日。アシカの軍とナギを迎え討つため、ツツジは居館のある武田ヶ崎から西側にある新府城に、自軍をかまえた。
崖や川に囲まれた自然の要塞であり、この城になだれ込むよう兵を配備する。が、あまり意味はなかったようだ。
ナギの餌となった部隊は隊列を成しておらず、桜を背負いながら、より多くの人がいるであろう新府城・城下に逃げ込んできた。
民人の避難はすでに完了している。
城下にいるのは、ツツジの兵のみだ。
「助けてくれえ!!」
白旗を上げる兵たちの主張は、ナギには通じない。城下の大通りが真っ赤に染まる。
その一連を天守閣から見ていたツツジは、「予定よりも早いな」と呟くことしかできなかった。
*
その頃、越後に火事場泥棒しに来た別働隊と、鬼尾衆も開戦する。
「鉄砲隊こそいないけど、これ俺たちで止められる量っ!?」
想像していた数よりも多く、暗躍に長ける傭兵部隊にとっては不利な条件だった。
いくら精鋭だろうが、槍を持った兵士に囲まれれば為す術はない。飛び道具だって無限にあるわけではないのだ。
「……――」
「隊長っぽいやつ、いないんだけど。どうすんのっ。アンタお得意の、化けて内輪揉めもできそうにない、んじゃないっ!!」
飛び出てくる兵士を斬る。
だんだん、その数が増えてくる。
捨て駒にされたのだと、ゲンマ以外の鬼尾衆の士気が下がりかけた、その時だった。
彼らの頭上を、数多の馬が天翔ていく。
アキの代わりに遣わされた騎馬隊の参戦で、場には一気に追い風が。遅くなってすまないと、鬼尾衆を囲う兵たちを蹴散らしにかかった。
それを先導するムラマサに、ゲンマは率直な疑問を投げかけた。
「……――〝目〟よ、なぜ来た」
彼が問うぐらい、ここに駆けつけたことが不思議でならなかった。
どう考えてもツツジを生かすことに繋がらない。
ムラマサだって、口惜しそうな表情を崩さなかった。
「どう抗っても、ツツジ公の死は免れない。――――ならば、イヅナ公が生きる道を、と」
最期まで共にする覚悟だった。
けれど、イヅナが気がかりだと兵を任されれば、それに応えないわけにはいかなかった。
あの人が愛した人を生かすこと。
それが、変えられない未来に生きる人の願いなら。
しかし、ナギの餌部隊も越後を攻める部隊も、戦力を分散させるための陽動にすぎなかった。
本隊は、カズサ軍から奪った鉄砲を引っ提げ、イヅナを生け捕りを目論み、狭間の山中をうろうろする者たちだ。
「阿呆どもめ」
視界不良、障害物満載の山中で使うには手に余る代物を、悠々と。だからといって撃退できるほど少数でもなく、彼らに見つからないように、イヅナたちは馬を下りた。
思うように進めない。
気持ちばかりが逸る中、いくつかの部隊がイヅナたちよりも先を行く。
そして、しばらくすると、その部隊が引き返してきた。
「……道、間違えたとか?」と、サノスケが首を傾げれば、アキが指摘する。
「間違うもなにも、この方向をまっすぐ行けば神社だ」
「橋、落とされちゃったとか」
「そんなものはない。どこまでも獣道だ」
ますます理解ができなくなる。
「もしかして、もうこっちの位置バレてて攪乱させるために――」
「ナガオ公」
「イヅナでいい。任せた」
サノスケの根拠のない推測よりも直接調べたほうが早いと、アキは偵察を志願し、イヅナは阿吽の呼吸でそれを許可した。
進軍、というより、索敵しているような。
サノスケを連れて、周囲を偵察すれば、その予想は当たる。
「まだ見つからんのか!」
一日ぶりの将軍様は、より偉そうだった。
「イヅナはあの刀に触れられる唯一の人間だそうじゃないか!! 付き人を人質に、京まで運んでもらわねばならんのだぞ!!」
「しかし、アシカ様。闇雲に探されても……」
「神社に先回りしているほうが……」
「あの神社は好かん!! カズサめ、亡霊になっても邪魔立てしおって……!!」
どこぞの忘れ形見が頭を過るが、アシカの次の言葉に、なぜそこにいたのかが判明する。
「ムオンにも伝えているのだぞ!! あやつが大切な器を、鬼から解放するにはイヅナが必要だと!! なのに狼煙も犬笛も、一体なにをしておるのだ!!」
アシカの叱咤が届かないところで、ムオンは揺れていた。
ムラマサの語る未来に、あの子はいるのか。
大人しく従っていたほうが賢明だと、昨日の自分が囁く。
『やっぱりお頭が心配なんだよね』
そう言って、この場を離れることもできる。
その瞬間、ゲンマは殺めるだろうか。未だ泳がされている身としては、この時点で牽制だ。
――アシカを信じるのか。
――イヅナを信じるのか。
刻々と選択を迫られる中、ムオンはたまらず、ムラマサに詰め寄った。
「その先はっ……アンタには、どう視えてる!!」
アシカが越後に安置されている刀を手に入れたいことは、前々から知っていた。
誰も触れられない=保身をはかる、自己愛刀。
そんな認識だった代物が〝鬼〟を移すためのもので、それに触れられるのがイヅナだけというのなら。
揺らぐ。
どうすれば、なにをすれば。
「……――他人に委ねて変わる先とは、なんとも脆い」
滅多に口出ししない男の、窘めにも近い言葉は、ムオンにもすっと落ちてくる。
うざったい横槍だった。
そんなこと、本当は分かっている。
ナギが〝鬼〟から解放される日は、きっと遠い。使って使って、朽ちるまで。アシカは言葉巧みに、そうすることの正当性を説いてくる。
だから、こっちを選んだのだ。
イヅナにすがっているわけではなく、自分がここにいることが優位になると信じて。