【拾/小夜】
「協力、感謝する」
「なぜ仲違いすると」
食事に、手当て。
ふかふかの寝床と雨風にさらされない室内。
そして、ツツジからの賛辞。
数刻前まで敵対していたとは思えないほど、甲斐での待遇は手厚く、故に勘ぐってしまう者も多かった。
裏のない優しさなんて。
仕事が絡んでいても、人として扱ってもらえない。
そんな鬼尾衆の視線を浴びながら、ツツジは招いた理由を語る。
「親友が絡んでるなら、アシカに従う玉じゃないと思って、な?」
語尾だけ、ゲンマに同意を求めれば、「……――久しく」と、反応が返ってきた。そして、あの短刀を取り出す。
「それだ、それ。『凪』なんてかっこいいもんじゃなくて、俺が悪ふざけで筆を走らせただけの代物よ」
「……そ」
アキがなにか言い掛けたところに、イヅナが被せてきた。
「それだけの理由で引き入れるなど。なんと浅はかな――とでも言ってやれ」
付き人3人を連れて、彼らが休んでいる一室にやってくる。
「うわっ、マジでサノスケなんだけどっ。2人でぐるぐるーってまわって、どっちでSHOWとか遊べんじゃん!」
「セイジは匂いで分かっちゃうでしょーが」
「まぁね! 俺ってば、鼻がよすぎだから」
「――という具合で、うちの付き人は頼りにならんのだ。少しばかり手を貸してほしい」
不本意だ……と、ひとり大人しくしていたユキトは、この際置いといて。イヅナは本題に移った。
「ナギは今、カズサの残党狩りをしている。そのあとは、甲斐だ。アシカが自分の兵を餌に、ナギをぶつけてくるだろう。協力しなかった報復と言わんばかりにな」
しかし、そこはツツジの軍で迎え撃つ。
「おまえたちには、やつの別働隊を足止めしてほしいのだ。あやつら、甲斐が大変なときを狙って、火事場泥棒を企てているようでな。盗られることはないだろうが……腐っても幕府の人間だ。なにか手立てがあるやもしれん。私と共に、越後に来てほしい」
その判断は、アキに委ねられた。
無駄死にするだけの、捨て駒になるつもりはない。
「……貴殿は亡き越後の民に代わって、彼らの守り神である刀の管理をされていると聞く。その昔、鬼を斬ったとされる太刀は人が触れることのできない、故ナガオ公のみ扱える代物のはずだ」
「そうとも」
イヅナは、さも当然のように答えた。
「アシカの息がかかった者どもが、ごろごろと死んでおったわ」
誰も訪れない神社でも、死体が転がっているのは頂けなく、たびたび様子を見に行っては供養をしていた。
刀の安否など。アキが言った通り、誰も触れられないのだから。
しかし、逸話が本当なら〝鬼〟を斬ることができる。
毒を持って毒を制す。
ナギを止めるためには、必要だった。
「今度こそ。躊躇したから、今がある」
そう言って、イヅナは素顔をさらした。
「すべては私の――――越後領当主・ナガオのせいだ」
2人いる息子の内のひとりが、〝鬼〟になった。
祭事の真っ最中。多くの血が流れ、それを止めるべく、右腕の代償を伴い、刀を握る。
右腕を失う覚悟は即決でも、息子となれば――――
「「ナガオっ!?」」
ユキトやセイジを含める大半が、その名と容姿に驚いた。
「ユキトの父ちゃんよりも若くねっっっ!?」
「じゅう、ご……年前のこと、ですよね!!」
付き人の彼らでさえ、イヅナの素顔を見たことはなかった。自分たちよりも少し年上で、超美人。目鼻立ちもくっきりしていて、ツツジが口説く理由も納得がいく、けれども。
「おジイでないとおかしいと言いたいんだろうが、神なり仏なりの、刀の恩恵としか言いようがない」と、イヅナにもこれといった確信はなかった。
「めちゃくちゃ美人なのも、恩恵っ!?」
「元からだ」
「ツツジさんじゃなくて、俺とデートしてよ!!」
ご隠居だから白髪、と思っていた髪も、実は銀色で、老いないナガオは、人ならざる者と呼ばれてもおかしくなかった。
だから、お面で顔を隠していたのだ。
ツツジとムラマサだけが知っており、隠密に優れるゲンマも反応が薄く、気づいていた節があった。
そして、アキも。
彼は長らく、鬼尾衆の中で〝鬼〟と思われていた人物だった。理由はいたって単純で〝鬼〟を斬ったから。どこで、は知らなくとも、イヅナの正体に驚かないなら、お互いを詮索しないムオンでも気づいてしまう。
イヅナがナガオで、
躊躇したナガオの代わりに、アキが〝鬼〟を斬って、
でも、アキには兆候はなく、
ナギの台頭により、〝鬼〟でなくなる――――――ということは……
頭の中で整理していると、話はイヅナの正体から作戦会議になっていた。
「鉄砲隊がいたら、すぐ撤退してくれてかまわない」
「なら、ある程度の罠を先に仕掛けよう」
善は急げと、日が落ちているにも関わらず、アキは出発を決める。
「あぁ待て、長よ」
「夜目は利くほうだ」
「おまえには、私の護衛を頼みたいのだ」
「えっ!? 俺はっ!?」と、たまらず反応するサノスケに、あとの2人が、ついにクビかとしみじみ。
「めっちゃ大人だし、ぽいじゃん?」
「3人でやっと一人前なのは否めませんしね」
「よく分かっているじゃないか。1人より2人、だろう?」
お役御免じゃなくて良かったねー、なんて。イヅナの付き人が絡むと話の腰を折ってばかりだ。
そんなやつらのところにアキを行かせるのは、鬼尾衆として如何なものかと、ムオンが口を挟む。
「あのー、うちのお頭、負傷してんだけどー」
「お頭さんに無理させねえって、サノスケ2号くん!」
「俺、ムオンだから」
「じゃあ、サノスケがムオン2号?」
「なんで俺が2号呼ばわりっ!?」
「ムスケでいい?」
「「よくないっ!」」と、双子がハモった。
……こういうやりとりが、神社に着くまで続きそうだから、ムオンを指名しなかったのだろうと周りは察する。
なら、ゲンマは?
彼本人も思うところはあるようで、イヅナにしれっと近寄る。
「おまえは逆だ。静かすぎて、つまらん」
「……――アキに化けてやろうか?」
「乳臭さの欠片もないおまえでは、似ても似つかんよ」と、出る幕ではないようだ。
ならば、とゲンマはムオンと残りの鬼尾衆を連れて、闇夜に消えていく。人質として、束の間の再会を喜べ、と。