【捌/夜更け】
その夜。人目を忍ぶようにして、城を出ようとする人影があった。
ユキトとセイジだ。
『いい? この戦が短期決戦だった理由は2つ。天候と、京を留守にしたくないから』
『なんで? ホームシック?』
『将軍様ですか』
『ユキト、ご名答! カズサ公のいない京とか攻め時でしょ。実際のとこ、早々に撤退してるし、鬼尾衆連れて京に向かった可能性は高いよね』
未だ意識の戻らないイヅナの元には、ツツジがついている。ならば2人がやるべきことは、ナギの奪還だ。
しかし、それを良しとしないムラマサが2人の前に立ちはだかった。
「主が床に伏しているのに、なんたる不敬者よ」
「……父上」
「曲がりなりにもマナ族であるおまえなら、私の行動が理解できぬわけではあるまい。我らはーー」
ユキトは、喰い気味に「雉」と続ける。
それは物心がつく頃に教わる、マナ族の在り方。
「『我らは雉。鬼ヶ島からひとり逃げた、卑しき生き残りらしく在らねばならない』……ですよね」
故に宿りし先見は、どれだけ抗おうが変わらない。
〝鬼〟に苦しむ未来を視せ、干渉すればするほど、ひどいものとなる。
そもそも、今日まで伝染する〝鬼〟は、この国の人間がもたらしたもの。蔓延る物の怪と、それを憂いた天が遣わせた御仁を孤島に閉じこめ、蠱毒の状況下に置いたからなのだ。
そんな国の人々を導き、犠牲になった御仁をどうこうしようなど、おこがましい話なのかもしれない。
「それでもーー父上がツツジ公やイヅナさまを想うように、俺やセイジもナギを鬼にしたくないのです」
ムラマサは首を横に振る。
「先の視えぬ俺に、なにが掟でしょう。行かせてくださいっ!」
「あぁ、大人しく聞いてりゃ頑固なパパだなっ」
強行突破だと、セイジは腰に下げているリボルバーを手にした瞬間、ムラマサにも痛みが走った。
彼は目が。悶絶しながら踏ん張り続け、2人に言い放つ。
「ーーもう、遅いのだよ」
そして、まわりも慌ただしくなる。
城内に響き渡る『ヒュウガ謀反』の報せは、瞬く間に全土に広がっていった。