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【捌/午下】



 ――我らは一人一人が精鋭だ。おまえも重要な戦力のうちのひとつだ。



 なにも覚えていなくとも染み着いた技術は体が覚えている、と言葉巧みにナギを連れていく。

 駕籠の担ぎ手、将軍様の護衛として、10人もいない小勢だった。

 ムオンもいない。


「他の者は個々で向かっている。あまりきょろきょろするな」


 アキはとても強面だった。あまり喋らないのが拍車をかけて、これが頭としての威厳というやつなのかもしれない。と、ナギは彼を見つめた。


「……おい」


 しかし、すぐに注意が別に向く。

 山道を歩く小勢に賊が襲いかかってきた。

 数は自分たちより多い。が、ナギには関係なかった。

 とっさに投げた複数のクナイは、彼らの急所に。額、のど、心臓。軌道が甘いものでも頸動脈をしっかりとらえていた。

 一瞬の内に片がつき、屍が転がる。

 頸動脈からしぶく血に、ナギは目が離せない。


 ――殺せとは言ったが、切り刻めと言った覚えはないぞ。


 遺体を弄ぶナギに、いつかのアキが叱る。

 より惨く、紅く。鮮やかな視界と浴びる返り血に、ただただ生を感じて。

 のどが、やけに渇いて――――無意識に、クナイに手を伸ばしていた。


「……――ナギ」


 なにか違うものに飲まれようとする彼女に、ゲンマが耳打てば、呼ばれ慣れた呼称に我に返る。

 ひどく温かなその声色はいつかを髣髴とさせた。



 一方、その頃――――



 長篠の合戦は、2日目に突入していた。

 前日、イヅナが南砦に駆けつけた時、前線はその付近まで下がりつつあった。

 このままでは鉄砲隊を攪乱できないと、前線を押し上げての、今日。

 対馬防柵部隊がやっと動けるように、火矢が届く距離まで、こっそり前進する。


 長篠は今日も晴れていた。

 梅雨だというのに、快晴だった。


 そこへ追い風までもが味方してくれて、瞬く間に火の手が広がる。

 隊列は崩れ、側面に展開していた部隊は、消火が先か、これ見よがしに突っ込んでくる騎馬隊か、はたまた単騎掛けをしかけるイヅナか。なにを優先すべきなのか、大混乱となる。

 それに乗じてイヅナは鉄砲隊の後方に構える、敵本陣を強襲した。



 しかし、そこはもぬけの殻――――



「「やはりか」」



 その呟きは、本陣にいたツツジと重なる。

『長篠城の主が寝返った』との報告は、ムラマサが先手を打って抑えてある。そこが動けないならと、カズサに代わって総大将となった若君が本陣を奇襲してきたのだ。


「――こうなることを見越して、騎馬隊は減らさなんだ」


 鉄砲隊に突っ込まなかった7割をも騎馬隊が、若君の背後を突く。

 まんまと挟撃されてしまった彼らは、尻尾を巻いて逃げていった。



 最後こそあっけない終わり方だったが、戦国最強の騎馬隊はもうどこにもいない。

 戦に勝てはしたが、軍配が上がったのはカズサだ。

〝鬼〟どころか、鉄砲相手に、この有様。

 圧倒的な火力の前にカズサに従属するか、改めて考えさせられる戦となった。誰かさんに相談すれば殉死した者への冒涜だと言われかねないが。


「ムラマサはどこだ」


 その相談役が従者をつれて、長篠城へ戻ってくる。

 今にも斬りかかりそな声色に、土足厳禁を指摘したい家臣が押し黙った。


「はい、こちらに」


 ツツジのそばにいたムラマサは、逃げも隠れもしない。


「ナギをどこにやった」


 挟撃の策を知っていたのは、ごく一部だ。

 城主の寝返りも五分、甲斐とて安全ではないから、イヅナはナギを本陣に置いたのに。


「貴様が連れ出したのだろう」

「……」

「答えろ」

「本来在るべきところに、お返ししたまで。彼女は、アシカが贔屓する、あの鬼尾おにび衆の1人なのです」


 鬼に尻尾はない=人と違う特徴こそあるが、鬼ではない、と。そんな意味合いのある傭兵集団は、少数精鋭の隠密行動を得意とする。


 だが、それがどうした。

 イヅナはムラマサの胸ぐらを掴んだ。


「ナギは私の……――!!」


 そのまま殴りかかろうとする手が止まる。

 息が、胸に突き刺さるような痛みが走り、イヅナは意識を失ってしまった。

 突然のことだった。

 崩れるように倒れていくイヅナを、ムラマサ――――よりも先に、ツツジが受け止める。

 そうして並ぶ2人に、ムラマサは敬意を示した。


「貴女は、ツツジ公と同じように私を見てくださる。呪われた一族の力ではなく、私が学んだものは努力だと。だから不穏な芽は摘んでおきたいのです。貴方たちがこれ以上、〝鬼〟に苦しむことがないように」



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