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【漆/未明】



 かごめ かごめ。

 かごの中の鳥は いついつ でやある?


 夜明けの晩に

 つる と かめ が。


 後ろの正面――――は、いない。

 人影は皆、紅をまとって、地に伏せていた。

 誰もいない。

 誰かいたとて、中心にいた子が喰べてしまうのだから。


『大丈夫か?』


 生に飢えて、小動物を殺しては血をすする。

 それでも、変わらずに接してくれるひとりがいて。


『――来い』


 もうひとりは、衝動が軽くなればと、腕に線を引く。出が悪くなれば、頸動脈に近いところに刃をあてがって――――。


 その人の首筋に夢中で舌を這わすのは、自分ナギだった。




 目を背けるように覚醒すれば、また知らない場所だった。


 じめじめした薄暗い洞穴のような、岩石を流れ落ちる蝋みたいな物質が小さな灯りを乱反射して、地面を這う鎖に繋がれていることを知る。

 ふかふかの藁の上、金属製の拘束具がとても冷たく感じた。手枷や足枷は、幾重にも。動かすと皮膚に食い込む。

 ナギは声を押し殺して、痛みに耐えた。

 すると、格子を挟んだ先に誰かいた。


うつわが気づいたぞっ、誰かおらんかっ!!」

「はいはーい、アシカ様ー、ここにー」


 アシカ様と入れ替わりに、サノスケが格子を開けて入ってくる。


「裏切ったのかっ……」


 ひとつひとつ手枷を外すサノスケは、否定も肯定もしない。ナギはたまらず、彼に詰め寄った。


「サノ――」

「違うってば。いい加減、分かれよ」


 手枷がすべて外れ、ナギの両手首を掴む。視界いっぱいの彼は、いつかの激似のムオンだ。

 ようやくナギも理解する。が、本当に、似ているの域を超えている。


「双子ってやつ。同じ顔が一緒に生まれてくると、片方が鬼なんだってよ」


 しかし、〝鬼〟を見分けられないと、両方捨てられることがほとんどだ。


「ここにいるやつらは、だいたいそんな理由だろ……って、忘れてんだったな」


 ナギの両手首を離し、ムオンは足枷を外しにかかった。


「……だから、あいつに従うの?」

「あいつ?」

「あ、かし……?」


 アシカな、と訂正しつつ、


「おかしらが下手に噛みつくなって。先代が殺られてんだよ」


 先代・イセは〝鬼〟と疑われた孤児を保護し、忍として育てることで生きる術を教えてきた。

 しかし、方針の違いから、アシカは彼を亡き者にした。人を殺すことだけを教えてきたナギを使って。


「――ぐるる」

「ん?」


 口を固く閉じ、ナギは首を横に振る。


「ぐるるぅ……」


 それでも聞こえる声は、彼女の腹の虫。


「ちょっと待ってな。飯、持ってくる」


 そうして持ってきた、少量の味噌で味付けした粗悪な粥を、ナギは美味しそうに平らげていく。

 目の前にいるのは紛れもなく彼女なのに、殺人人形だった面影はひとつもなく、お腹がいっぱいになると、うとうとと子どものような素振りも見せて。

 布団がわりの藁をかけてやれば、「ありがと、ムオン」と微笑む彼女に、お礼を言われた本人は複雑そうな顔をした。



 眠ったナギを確認して、格子の外へ出る。


「必要以上に『器』に近づくな」


 一部始終を見ていたお頭のアキに、ムオンは釘を刺された。


 『器』(うつわ)――――お頭やアシカは、ナギのことをそう呼ぶ。

 そもそもここに、彼女を名前で呼ぶ者はいない。

 物心つく前から『殺す』という選択肢しかなく、名前すら与えてもらえなかった。

 食べ物にありつくため。

 自分の身を守るため。

 忌み子である自分を最期まで守ってくれた母を、楽にするため。

 そんな彼女が忍の技術を習得すれば、暗殺なんて赤子の手を捻るようなものだった。

 与えられた仕事をすれば、衣食住には困らない。

 女、子ども、老人、僧侶、躊躇なく手にかける彼女は、仲間内からも距離を置かれる存在だった。


「『ゲンマ』の二の舞になりたいのか」


 そして、もうひとり。先代の忘れ形見ともいえる、古参の忍。額当てを目深に装着する彼の素顔を拝むこともなければ、なにを考えているのか分からない、アキ以上に口数の少ない男がいる。

 変幻自在な変わり身の術は一級品で――――ナギを殺そうとセイジに化けたことがあった。


「別に。俺は前みたく、お頭が用意した粥、運んだだけじゃん。つーか、あの人、回収失敗した挙げ句、あの子のこと殺そうとしたんでしょ」


 それがアキにバレて、今の今まで懲罰房に入れられているのだ。言い訳も、なぜ殺そうとしたのかも、黙秘を貫いて。

 アキもゲンマも、ムオンから見れば似た者同士にしか見えなかった。肝心なことは言わないし、必要以上に近づくなと言うわりに、コソコソと接しているのを彼は知っている。

 いくらお頭だからって、と面白くなさそうに話を切り上げて、ムオンは自分の寝床へと戻っていった。




 その『ゲンマ』を解放するため、アキは拠点である鍾乳洞の奥へ行く。

 灯りは、アキが持つ松明のみ。

 真っ暗闇の中、懲罰房の前に立てば、気配を察知して人影が動いた。


「早朝、我らも京に向けて出発する」

「…………」

「『器』に鬼を入れなおすそうだ」


 ゲンマにかかれば、懲罰房の鍵ぐらい、すぐに開けられるというのに。


「体調を整えておけ」


 了承の素振りはない。けれど、否定もしない。

 この男、命令に背くことはないが、自分が不必要だと思った情報は先代であっても伝えない節があるのだ。逆もまた然り。

 そんな男が囁く言葉は、ろくなもんじゃない。


「……――おまえは、それでいいんだな?」

「次はないと思え」


 それがアキの答えだ。

 懲罰房に入れるだけ入れて、大した折檻もなく。絶不調だったゲンマにとっては、アシカの命令に振り回されなくていい、ひとときの休息となっていた。


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