そこは過去と未来を繋ぐクロスロード
第五話
「もう、気は晴れましたか?」 大野 豊さんは私にやさしく声を掛けてくれた。
私は、スッキリしていた。先程まで涙が止まらなかったのがウソの様だ!泣き尽くした感がある。 周りの空気も和らいでいた。
「課長、少しこの方の話を聞いてあげても良いですか?」 課長もホッとしたのか、構わないと手で合図を送っていた。
大野 豊さんは私を奥の席へ案内してくれた。
「お茶どうぞ」ペットボトルのお茶を差し出してくれた。 すぐに飲んだ。 泣き尽していたため喉が渇いていたことに気が付かされた。
気が利く彼がそこにいた。
「立花さん、大野 翔太さんを探す手掛としてまずあなたのお話をお聞かせ下さい」
私は大きくうなづいた。そして、あの日大野 翔太と出会った時の事を全て話した。
「空間デザイナーを目指すあなたは、何かアドバイスを貰えないかと思い篠田 正美さんの提案に乗った」 私は、小さくうなづいた。
「なんか、複雑な心境やな――」 それも、そのはず彼が本当の紹介者だから。
「しかし、彼はいったい何者なのでしょう?」
「彼が、大野 翔太さんが消える直前に両親の話をしてくれました」 私は、先日の、出来事を振り返っていた。
「自分の母親は三年前交通事故で亡くなり深い悲しみに落ちたと、不思議なことに母親の名前が梓、父親の名前は大野 豊だと」
大野 豊さんは、びっくりしているのが分かった。「その瞬間、突然突風が吹き荒れて目が開けられない状態になり風が収まった時、彼は居なくなっていました」 大野 豊さんは(まさか!)という表情だった。「偶然にしては出来過ぎのような、いえ、決してあなたが嘘を付いているとかではなく……」
大野 豊は慌てて言い直している。
話しが複雑になって、混乱するのを避ける様に少し話題を変えた。
「私には、大野 翔太さんを探すのは難しいかもしれませんが、あなたのぶらくり丁への想いなら、私にもお手伝い出来るかも知れません」 彼は、話を聞いてくれるだけでは無く、勇気をも与えようとしてくれている。
彼、いや大野 豊さんはあの喫茶19番地での出来事を思い出していたのだろうか。
そう、屈辱を!
豊さんは続けた。 「ひとつアイデアがあります、まあ、百人が聞いて百人が無理だと言う様なアイデアですが」 豊さんは、一呼吸した。
「ぶらくり丁を舞台にアニメーション映画を製作する。決してマイナーな素人感覚では無く、メジャー級な作品で日本いや世界に通じるアニメーションを製作する!」
「監督も新海 ○さんや細田 ○さんとか宮﨑 ○さんとかと言うビックなネームバリュウの方にお願いする」
私は少し驚いていた。まさか、そんな発想をする方だとは思いもよらなかったからだ。
「まあー、簡単に製作して貰えはしませんから百人いや千人、何万人が聞いても無理だと言いますよね!」 豊さんは少し苦笑い気味に話していた。 「だけど、現実にアニメのヒットで町興ししたところも現実にあるのだから、ゼロでは無いのかなと」
私は、豊さんの話に押され気味になっていた。
豊さんはたたみ込む様にはなしを続けた。
「ただ、どうやってやるのか、方法ですよね! 闇雲に製作して欲しいと言ったところで絶対無理な話です」 確かに、何もないところから頼める筈はない。
「まずは、物語を作る」 豊さんは公務員らしく順だって話しはじめた。
「ぶらくり丁商店街を舞台に、感動出来る物語を製作する。感動する物語、いったいどの様な話を作成するのか!」 豊さんは私を見つめた。
「もう、立花さんは経験している、感動と言うか驚きと言う出来事に遭遇している」
「あなたが、出会った相手こそが物語の主人公なのかも知れません」 私が昨日出会った大野 翔太はいったい、やはりこの時代の人では無かったのだろうか! 豊さんは私の思いを察したのか大胆な話を始めた。
「立花さんの昨日出会った彼の言葉を総合すると、彼の母親は大野 梓さん、父親は大野 豊となると偶然とはここまで重なるのはあり得ない事だと推測します。だとすると彼は未来から来た事になり、偶然にあの場所であなたと出会ってしまった」
それは、わたしも気が付いていたが、あらためて説明されると現実味が感じられなかった。
豊さんはそれ以上は続けなかった。 それは、お互い暗黙の了解の様に続ける必要が無かったからだ!
未来では、今日はじめて出会った私達二人が、大野 翔太の父と母となるからだ。 まだ、恋も恋愛もしていない二人の将来が見えてしまうからだ!
豊さんは話を戻して話し始めた。
「文字だけの原作だと伝わり難いので、漫画で作成します。誰に作成して貰うのか」
豊さんの語尾が上がっていく。そして間を開けた。「実は、私は数年間漫画家のアシスタントをしていました」
豊さんは指を口の前に縦に立てて声のトーンを落とした。
「公務員はアルバイト禁止だったのでここだけの話ですが」 私は突然の話で驚いてしまった。 豊さんはスマホを取り出しスマホの画面には彼の絵が入っていて明らかにプロ級の絵であった。
「私が付いていた漫画家の先生に協力を依頼してみます。同僚のアシスタント仲間にも声を掛けてみます。同僚の一人が現在大阪で漫画の専門学校の講師をしているので声を掛けてみます。学生にも協力者が出てくるかもしれません。それがダメなら時間は掛りますが私が描きます」
豊は指を今度は私の前に一本縦に立てた。
「原作を作るのに一年待ってください。それが、完成したら商店街や市、県を県下の企業を巻き込みましょう。立花さん空間デザイナーとしての想いを実現させましょう」 湧き上がってきた私の感情が自然と笑みに成っている。 豊さんの言葉に感動しているのが自分自身で分かった。
「私はあなたを紹介してくれた篠田 正美さんから立花さんの事をいろいろお伺いしていました」
豊はもう全て言ってしまうつもりで話し始めた。
「あなたに、会う前に何が出来るのかとずーと考えていました、だけどあの日喫茶店の19番地の前に来たとき、私の想いは届かず諦めて帰りましたが今、立花さんに伝える事が出来ました」
そこまで言った豊さんの表情が晴れ晴れとした感じに見えた。
何故だか、部屋の空気が柔らかく感じられた、他の職員もホッとした表情を浮かべている。 そして、豊さんに会釈をし、階段の方に向かった。
私も心が晴れ晴れとして笑顔で、県庁を後にしていた。
令和29年―― 12月 あれから時は流れた、時代も変ろうとしていた。
過去から戻された俺の、周りの状況は変わらない。
いや、意識は変わったかも知れない。 また、あの時代に……、あの時代の母に会える気がする! あの日、俺の知らない母がいた。 この地を愛し、ぶらくり丁を愛し必死でひたむきに生きている母がいた。
父には、その後の母の事は聞いていない。
聞かなくても、父と母が共に幸せな日々を送っていたのは感じられるし、見てきたからだ。
母が亡くなり、呆然と無気力に過ごしていた3年間を、もう一度やり直せるチャンスを与えられたからだ。
俺は大学を卒業し、県の職員に成ろうと決意した。 父と同じ道を歩もうと――!。
現在のこの町の状況に、今までは目を向けた事がなった。 しかし、何かが変わり始めた気がする。
母が亡くなって父は落ち込んではいたが、仕事では普段通り、振る舞っていた。
かなり精神的にはきついと思うのだが。
俺は、前までは自分の事で精いっぱいで、父の様子を伺う事は無かった。 やはり意識は変った。
県庁に入ってがむしゃらに仕事をし、県庁職員になって5年が過ぎていた。
俺も27歳―― 30歳大台を目の前にしていたが、なかなかぶらくり丁商店街の現状は、変わらなかった。
和歌山市内でも新しい試みはかなりされている。 南海和歌山市駅の再開発で、大阪とのアクセスも良くなったことで活気が取り戻されている。 紀南の方では高速道路も白浜まで4車線化し、かなりの観光客が来ている感じだ。
とはいえ、中心街はまだまだ、問題が多いいようだ。 人口の減少化で商店街は後継者不足と重なり、事業者の事業再生の意欲が薄れ危機意識も無いのが現状である。
母が亡くなって、10年が経とうとしていた。 父も定年目前に成っていた。
今年度の移動で地域振興課に配属された。 予てから希望を出していたから、やっとの思いで辿り着いた感じだ。
配属したて数か月が経ち落ち着いた日々が流れた。 「大野くん!」 課長から声が掛った。 「すこし、話したいことが在るので業務終了後……どうかな!」 課長はお酒を飲む仕草をした。 (なんだろう……?)
「君のお父さんが昔、手懸けていた事で話しておきたい事があるんだけど――」 俺は少し驚いた。
業務終了後、俺と課長は駅前の居酒屋に向かった。 平日なので人は少なくゆったりとしていた。 まずはビールで乾杯し枝豆などを注文し課長が話し始めた。
「大野くんのお父さんと俺は先輩後輩にあたる、大野先輩とは3年ぐらいかな、地域振興課で一緒に仕事をしていたかな」 課長はビールを美味しそうに飲みながら続けた。
あの頃、大野先輩がどうしてもやりたい企画があったが、一度も決算が取れなかった」「まあ――相手にして貰えなかったというのかな――」 課長は鞄から古い企画書を取り出し俺に渡した。 (商店街活性化大プロジェクトX 大野 豊) と記されていた。
「大野先輩定年間近だし、見せてやって欲しいと、親子だから照れもあったんだろうけど!」
俺は企画書を食入る様に見た。
まず、そこには物語があった。 漫画で描かれていた。かなりうまい 『ぶらくりクロスロード』 作者は大野 豊・佐々木 とおる
協力:水田 孝彦及び大阪デザイナーズ専門学校となっていた。
佐々木 とおるさんとは……
解説によると、1980年代に一世風靡した一流の漫画家さんである。現在は現役を退いている。
ストーリーも手伝って頂いたのだろうかなりのプロ級である。 物語は、やはり俺と母が主人公になっている。
父の、かなりの本気度が伝わってくる。
その後の経緯も書かれていた。
父は、それを持ち寄ってかなりのアニメーション会社を回った様だ。プライベートで東京に行き、全てひとりでやっていた様だが、企画は簡単には通らなかった様だ。
企画書は各会社に無理矢理置いてきた様である。 出版社も回ったのか、一流の出版社名も記されていた。 県の書類らしく予算も書かれていた。 かなりの予算で、まず無理な金額が記載されていた。
長編アニメーションを作成するのには莫大な費用と人手が掛る様だ。 企画書の最後の方にぶらくり丁のイラストも添えられていた。 それは、俺が過去に行って母と出会った時に見た、イラストであった。
母の想いを実現したかったのだろう。
最後に『時代はめぐる、過去から未来へ!』と記されていた。課長はビールをお替りしながら言った。
「大野、これをもう一度練り直してみないか」 まさか、課長からそんな言葉が飛び出すとは思わなかった。
「今の和歌山をどう思う!」
「和歌山県は、食べ物も観光地も良いところがいっぱいある。 だのに人口は減少し、若者には活気が無い、働く場所もない町全体がグレーに見える」
課長は、少しお酒が入って饒舌になったかもしれない。 「政治力も無いように思う、
だったら一般人が何かをしなければ何も変わらない気がする、だったらいいんじゃないかこの企画………だいたい、和歌山県人はアピールが下手すぎる、そう思わないか」
俺は、涙を堪えていた。 父は達成出来なかったかも知れないが、まだまだ、この町も捨てたもんでは無いかも知れない。
数日後――
俺はもう一度、父の企画を見直そうとしていた。
ふと、足があの喫茶19番地に足が向いていた。 一時は閉店をしいた喫茶19番地、その後若夫婦が継いだようだ。 ある時、再開されていた。
扉を開けると、扉に取り付けられた鐘の音が店内に響き渡った。 前と変わらない光景である。 前と同じように俺は、奥から2番目の窓際に腰を下ろしてコーヒーを注文した。
久しぶりな感覚が蘇る、母とあの時出会った場所だ。 やはり昼を過ぎて、店内にはほかの客はいなかった。
「いらっしゃいませ」 数分後、お客が入ってきた。 俺は気にもせず企画書を見ながらコーヒーを口に運んでいた。
「あのー、大野 翔太……さんでしょう
か?」
(えっ!) 俺はかなり動揺した。
そして、ゆっくりと顔を上げその声の方を見上げた。 (おっ、お母さん!) そこにはあの時の母、立花 梓が目の前に立っていた。 (また、会えた!)
あまりにも突然過ぎて声を失った。 彼女は当然の様に俺の前に座った。
「私は、あずさです。大野 翔太に伝えたい事があります・・・」
(えっ!呼び捨て?) 少し、話し方と雰囲気が変わったような気がしていたが、やはり、立花 梓……?
「今から20年後、お爺さんとお婆さんの想いが現実に成るよ、良かったね!」 女性は満面の笑みを俺に向けていた。 (なんだ……! と、立花?……いや、母じゃあ無いのか?) 目の前の女性は、両手を左右に挙げて伝わって無いとゆうポーズをしていた。当然である、俺は困惑していた。
「あのね――、20年後お父さんの企画書が通って、ぶらくり丁を舞台にフルアニメが製作されて、全国でいや全世界で上映されるの、その後ぶらくり丁商店街に若い子達や海外の人が押し寄せるからその時は、覚悟しておいてね!」
「お父さんもその時、時の人に成っちゃって大変だけど頑張ってよ!」 俺は、ポカーンとしてしまった。
彼女は立ち上がり「ごめん、いそいで戻らないと……」 「それと、私って平仮名で、
『あずさ』だから――お父さんが付けたんだからね!」 そう言うと立ち上がり出口に向かい出て行ってしまった。 そして、扉の鐘の音だけが鳴り響いていた。
俺は、すぐに追いかけて外に飛び出したが彼女の姿はもう無かった。
アーケードの中なのに突風が吹き抜けていく。
俺は、ふと苦笑いをしてしまった。 (お父さんって? ……俺まだ結婚もしていないのに―― あれって……?)
「時代はめぐる…………か――!」
俺は、ぶらくり丁商店街をあらためて眺めていた。
その時の風はとても、心地が良いものだった……
……おわり
読んで頂きありがとうございました。