彼女はぶらくり推し
ぶらくり丁商店街はかなり大きく、和歌山市の中心部に位置しています。
第二話
その女性は笑顔がとても印象的であった。
悪い気分ではなかった。 むしろ、良い感じがしていた。
彼女は不思議そうに俺の前に座っている。
「あのー、大野さんどうかされました」 少し緊張が解けた様だ。 「いえ、なんでも」俺はコーヒーを飲みながらニヤケ顔になりそうな顔を隠した。
(立花さんか、けっこうイケてる。 間違いからはじまる・・・コレってありかも)と、つい思ってしまった。
「大野さんって、県庁の職員ですよね!」
何か意を決したように話し始めた。(やはり、人違いか!) 確信してしまった。
「立花さんは?」と、少しごまかそうと問い返した。
「ええ私は、保育士をしています。和歌山市内の保育園で働いています」 なるほど、保育士さん、なんかホッとする感じはそれかと思いながら手元のスマホが気になった。(この機種古くないか? 数十年前の機種にも見えるが、アンティークなのか、俺のスマホは最新式なのに、数分前から圏外で操作不能だけれど――!)
俺が手元を気にしている瞬間、彼女はおもむろに、鞄から資料のような物を取り出していた。 先程は気が付かなかったが、意外と大きなカバンを持っていた。「実は大野さんにお会い出来たら、見てもらいたいモノがありまして」「はい」(なんだろ……?)って思った様子を見計らったタイミングで、先程取り出した資料を俺に向けた。
「これって、ぶらくり丁の!」
そこには、ぶらくり丁商店街のイラストが描かれていた。 「……」そのイラストを不思議そうに眺めていると――彼女は話し始めた。「大野さんは県の職員で、地域振興課で働いてらっしゃると、お聞きしています」 俺は県の職員ではない、と言った方が良いのかと迷ったが彼女の話をそのまま聞いた。
「そこで、これを見て何かアイデアを頂けないかと」 「これは私なりに描いたイメージなのですが!」
「唐突ですが、私は空間デザイナーっていう職業に憧れていまして、特にぶらくり丁商店街のデザインをしたいというのが夢なのです」 いろいろなデザインされた図案がそこにはあった。
「正美から大野さんって方がいらっしゃるって聞いて、県の職員で地域振興課の方なら何かアイデアをお持ちかと……」
「まあ―空間デザイナーになれるかどうかも、わからない私の身勝手な考えなのですが
親にもいつまでも夢見てないで、今の仕事をもっと頑張りなさいって言われてます――」
そのイラストは、どうやら未来のぶらくり丁商店街の姿で彼女の想いの様だ。
「だけど、私はこの近くで生まれ、この町が大好き! 特にぶらくり丁商店街は!」
「この街のために何か、役にたちたい、何とかしたいという気持ちが、抑えられなくて」 彼女はスマホを取り出した。
「ぶらくり丁商店街ってかなりの規模があるのに、ごらんのとおりシャッター街!」
「ネット検索すると、市や県もいろいろ対策はやってはいるみたい……」
「なかなかみたい、何も変らない!」彼女は、スマホを検索し、俺に現状を見せながら話を続けた。
「それで、立花さんはどんなことを聞きたいの」 (こんなこと聞いて、大丈夫か! 俺には何の知識も無いぞ!)と、心の中で叫んでいた!
「うんー実はよくわからないんです、なんて言うか……何を聞けばいいのか!」
「だったら立花さんはなぜ、ぶらくり丁商店街が好きなの――?」 俺は、また深みにはまる質問をしている。
彼女はその質問、待ってましたという感じで、和らいだ表情で話し始めた。
俺は、冷めたコーヒーを一口含ませて、(どうぞ)という合図ともとれる、うなずきをした。
「ぶらくり丁って、お城の近くにあって、あの、アーケードの圧倒的な存在感はスゴイと思わない!」 彼女は両手いっぱいに手を広げながら説明をしていた。
「フォルムと言うか、たたずまいと言うか!」
「もともと、ぶらくり丁商店街は江戸時代に、和歌山城・丸の内と城下を結ぶ京橋から、
北に延びる大手通りに沿って町が形成されたの――」 (これはかなりの、ぶらくり丁フリーク、かなりの入れ込みようだ!) 俺の表情もニヤケ顔になっているのが自分でわかる。
「南北に幅3間、今で言うと約5・4M、東西の横丁に幅2間、約3・6Mに延びていた通りが原型で、1830年天保元年に火事で焼失し、後に商人が集まって出来たのが始まりだと……」 彼女も一口コーヒーを飲んだ。
「間口の狭い店が多かったため、商品を軒先に吊り下げたのがぶらくり丁の由来らしいのです、ぶらぶら歩いてって説もあるらしいけれど……」 なるほどって、うなずいている俺がいる。
「かなりの年月繁栄し、1970年ごろまではその繁栄も続いていたらしいの――」
「おじいちゃんに聞くと、商店街は人の頭しか見えず真直ぐに歩けないほど賑わっていたと言います……」 俺は目の前にある彼女のイラストと彼女を交互に見ながら聞き入っていた。
そのイラストは凄く、うまいとは言い難いが、ぶらくり丁への愛が満ち溢れていた。
なぜだか、俺もドキドキしてきた、って言うか目の前の彼女が眩しい。 一目惚れしそうだ。 父もこんな感じだったのだろうか?
だけど、人違いだと余計に言いづらくなった――
「話はかわるけど、立花さん好きな食べ物は?」 唐突ではあるが立花さんの事をもっと知りたくなった。 やはり、戸惑っている。
「えっ、好きな食べ物……ですか?」 「ああー、だったらこの先のチクエイって言う喫茶店のオムライスが好きかもしれません!」 やはりぶらくり丁の店!
「その店のオムライスとっても大きいのだけど、卵が真っ黄色でつるんと綺麗で、どうやって作るのかわからないぐらいに! 」 (本当においしいのが伝わってくる笑顔で話す人だ!) 「だったら、大野さんは、何が好きですか?」 「俺は……?」 (しまった、何も浮かばない)「うーん、魚類かな!」(適当だ……!) 「どんな――?」
俺は、ありとあらゆる記憶をたどった。 「この辺では余りないけれど、紀南地方でよく売っているイカの一夜干し!」 「もしかして、みなべの『もとや』で売ってる……!」
彼女もそれそれっていう動作をした。 「そうそう―」(彼女も知っていのか)とうなずき返した。(ちょっと嬉しい) 気分が昂るのが分かった。
「立花さんは保育士さんになって、どれぐらい? 」 また話を変えてしまった。
「3年ぐらいかな、就職するのに高校生の時はいろいろ悩んだんだけれど、母も元々保育士をやっていたからいろいろ話を聞いて、やってみようかなと思って神戸の短大に行かせて貰ったの」 「だけど、いろいろ大変で」 確かにそうだろうと、納得する俺がいる。
だけど、いつ(人違いですよ)と言えば良いのか……タイミングを逃している。
カラン!コロン!
カラン!コロン!
その時、勢いよく「梓!」と叫びながら店の扉が開いた。 店の年配夫婦も、その勢いに「いらっしゃいませ」の掛け声を掛けそびれた感じだ。
「あっ、正美!」 彼女が嬉しそうに返答をした。 「今ね……」 彼女が言葉を発したがそれを制し、その女性は険しい表情で言った。「梓、何やってんの?」 彼女は何がどうしたのって表情をしている。
「何って? 」 「大野さんと……、正美が紹介してくれたんでしょ――」 いったい何なのか分からないって感じだ。
その女性の険しい表情は俺に向けられた。
「あなた、誰?」 彼女は予想もしなかった質問に驚いて「えっ、何、違う……ひと?」 彼女はあっけに取られた感じで俺を見ていた……!
……つづく
ありがとうございます。