ベランダで朝食を
「あら、チュンちゃん、早いわね。」
何の話をしているのだろうと、私は少し余裕のある朝に母の奇行を眺めていた。
どちらかと言えば綺麗好きな母が、とっくに終えている朝食を片付けない。そんな日が数日前から続いていた。しかし、それは実に母らしい奇行だった。
物干し竿と窓を拭き終わった母はベランダから中へ戻ると洗濯機ではなく台所へ向かい、朝食の皿、片付けていない皿を持って、再びベランダへ向かう。
皿には朝食の残り、トーストしたパンのくず。これを掃き掃除も終わっているベランダに撒いた。
その瞬間に群がる “チュンちゃん” と呼ばれたモノ達。呼び名のとおり「チュンチュン」と鳴き、母との会話を楽しんでいるように感じた。
そう、母は雀と会話をする。「今日はお友達も一緒なの?」一心不乱にパンくずをついばむ雀に向けられた台詞は独り言にならず、一羽の雀が
母の方へ振り返り「チュン」と返す。いや、返したような気がした。
花に水をやる時も、うっかり家に入ってきた虫を捕まえる時も、外へ逃がす時にも、時には電化製品にだって声をかける母の事だ、今更驚きはしない。だが、あの雀の反応には我が目を疑った。そして、それをそうだと思うと、花も虫も、母の声に応えていたのではないかと思えてくる。
きっと、母に声をかけられた皆は、嬉しかったんだろう。母とのコミュニケーションを楽しんでいたのだろう。
親元を離れ、仕事と生活に追われ、そんな事は記憶の彼方だったのに。母も他界して、子供達が私の元を巣立って、余裕のある朝を迎えるようになって数年、何を思い出してしまったのか。
秒針にリズムを合わせてキリキリと生きてきて、何かしら世の中に対してやり遂げた感を得ていたが、私は今、秒針なんかよりゆったりとしたリズムで鼓動をかんじている。
嗚呼そして今、私は母の血を受け継いでいるのだと、芳ばしいトーストを皿に乗せ、ベランダへ向かう。テーブルを汚さずに済むのだ、陽射しを受けながらベランダでトーストに齧りつくのも悪くない。こぼれ落ちたパンくずは、あそこで首を傾げている雀がついばみにくるだろう。
ただし無造作に齧りついても雀は雀のままだ、彼?彼女?が “チュンちゃん” になるには、ひと手間が必要だ。
「せっかくだから、こっちへおいで。」
いかん。言い回しが父のようだ。歳を重ねるにつれて父に似ている所が増えて行く氣がする。
まぁいいか、これはこれで。
なんだか随分と賑やかな気分だ。




