第九話 遺物たち
森から飛翔した時、出会い頭に被弾したダヴェンポート中尉。その後は難なく陸戦空中支援部隊と合流していた。
すぐにフランシス准尉から彼へときつーいお灸が据えられる。
「中尉は油断しすぎです」
彼女は強い語調で出迎え、ダヴェンポート中尉と目が合うと顔をプイッとそらす。
クスクスと他の隊員たちが笑っている。
彼は何も言わず、ばつが悪そうに頭をかいただけだった。
そして、コホンと咳払いを一つ。
「ハートフォード副隊長、状況報告!」
ハートフォード副隊長は要点をまとめて手短に伝えた。
彼が話し合う森の上空、そこから見渡せる遠い先、陸戦空中支援部隊の背後では戦局が刻一刻と動いている。
激しかった王国側からの砲火は止み、散発的になっていた。
銃撃の渇いた音が響いてくる。
撃ち合いによる交戦が始まっているのだ。
戦車を先頭とした進む王国、それを阻止しようと阻む帝国。
春の陽気には似合わない火薬の匂いを、そよ風が運んでくる。
いくつもの立ち上がる細い煙。
炭焼き小屋や民家が立ち上がるような呑気さはない。
それは戦車射撃によるドス黒い煙た。
それが何本も細い体をユラユラと揺らすように立ち上がっていた。
帝国兵の一人が、激化していく攻防戦から離れるように歩く。
肌は激戦の痕跡が酷く、火傷をしているのが見てとれる。
その兵士はダヴェンポート中尉たちが、ステラ嬢が放った『天雷』の直撃地を通過する際、あえて見逃した、あの帝国兵だった。
その彼がボロボロな軍服姿で歩いている
すれ違う仲間たち。
首を傾げる者たちもその中に数人いた。
さらに心配になった兵士は、ボロボロ姿の彼に声を掛けようとして足を止めた。
突然、別の大声が響く!
「何をしている? 急げ!」
士官から足を止めた兵士に対しての叱責だ!
関わるのをやめて先を急ぐ兵士。
戦場から離れようとするボロボロ軍服の兵士にも、もちろん、士官は命令を徹底させようとした。
士官はボロボロ軍服の帝国兵に近づく。
そして、相手の軍服に縫い付けられた紋章を見てしまう。
その兵士は『天雷』のクライブの配下だったのだ。
士官は彼の好きにさせるよう放って置いた。
「くそっ、気持ち悪い奴だ……」
彼は、兵士を見送り、自らは隊を急がせようと檄を飛ばしている。
ボロボロ姿の帝国兵。
彼の向かう行く手には、ダヴェンポート中尉たち、陸戦空中支援部隊がいた。
丁度その頃、森の上空で、ダヴェンポート中尉は、ハートフォード副隊長から報告を受け取ったところだ。
部隊全体は、フランシス准尉の防御術式で守られている。この規模と強度で防御術式を展開出来る魔導士は、そうそういない。
「それで、射手の位置は掴めたか?」
ダヴェンポート中尉は北に広がる山並みを見つめる。彼が不意を突かれ射撃された方角にある山々だ。
ハートフォード副隊長は顔を曇らせた。
「それが……大雑把にしか掴めておりません。あの辺りかと」
彼は、ダヴェンポート中尉が見つめている方向を差し示す、それと同時に
「信じられないことですが、山腹中央と思われます。弾丸に必中術式が込められているのは間違いありません」
「そうか、よろしい」
魔導士から空の自由を奪ったのが必中術式だった。
だが、その術式も万能というわけではない。
よく知られた常識として、星が帯びている魔力が地表から僅かに漏れ出しているという事実がある。
必中術式は瞬時に標的の空間座標を特定しなければならない。だが、星から漏れ出した魔力が、それを阻害してしまう。その影響が弱まる境界が対地高度100メートルとされているのだ。
ダヴェンポート中尉たち、陸戦空中支援部隊は、高時計を確認するまでもなく低い。森の上、すれすれでかなり低い高度。
「新術式か? 厄介だな……それに、なぜ、撃ってこない?」
しばらく狙撃がないことをダヴェンポート中尉は不思議に思う。
そこには、もう数発、狙撃による射線を観察すれば、位置を特定できるという自信があった。
ダヴェンポート中尉は、防御をフランシス准尉に任せ密かに薄い魔力を、じわり、じわりと広げていたのだ。
宇宙に動きがある。
九つの人工衛星『ヘルメスの眼球』だ。
地上を監視する為のレンズを各々が備えている。それを人間の瞳孔のように拡縮させた。
ジジジ、ジジジという電子音で呼びかけ合うさまは、何かの相談をしているようだ。
ダヴェンポート中尉が『異物』の因子を持っていることは、膨大なデータベース検索から結論が出ている。
『遺物を排除』は彼らの創造主の願い。人が犯した間違いを正し、神話の時代に一度は実現をした誰もが品行方正な社会を取り戻すことが目的だ。なぜなら、そこには些細な犯罪をも許さない平和が実現されていたからだ。
その『天国』を取り戻し真の平和を実現することが彼ら『ヘルメスの眼球』たちの使命だ。
しばらくすると、ダヴェンポート中尉を始末する方法が決定した。
幸い彼はクライブが仕掛けたエサ(陸戦空中支援部隊)に食いついて森の上空を浮遊している。
建物や木々といった宇宙からの遮蔽物がない地上は全て彼らのテリトリーだ。
一つの人工衛星がジジジと電子音を鳴らし残念がる。
彼ら自身、魔法を行使することは出来ない。魔法行使する為には生命という奇跡が不可欠だったからだ。
他の人工衛星がなぐさめる。
「地上の同志が代行してくれると……そして、自らで実行出来ないのは残念だが、我々は惜しむことなく強力な魔力を供給しよう」
最後に一つの人工衛星がつぶやいた。
その声に残りの人工衛星が応える。
「心配はない。同志クライブが潰れても、そのそばに離れることなくマリーと呼称される予備がある」
と……
地上にいる『天眼』のクライブの魔力はより一層輝きをましていく……
伝令が彼に話しかける。
「司令官からの伝言を預かってます」
クライブは無反応だ。まるで、その声が聞こえてない様子。
「大尉殿! クライブ大尉殿?」
マリーが代わりにメモを受け取る。
その奪い取るような手つきに伝令はたじろぎ、尻もちをつきそうになる。
「無駄です。ああなったクライブさまには、わたしの声も届きません」
彼女はギュッとメモを握りつぶしてしまう。
気を取り直してメモを開く。
そのメモには、
「獲物の始末を急げ。必要であれば一個中隊をまわす準備がある」
と書かれていた。
彼女は、激怒し、メモを丸め伝令に投げつける。
伝令は、文句の一つでも言い換えそうとした。
しかし、彼が口を開くことはなかった。
マリーの瞳には涙がこぼれそうな程溜まっていたからだ。
「要塞司令に伝えて下さい。クライブさまに援軍は必要ありません」
彼女にとって援軍はもう遅かった。
「クライブさまは本気なのよ」
かすれた声で付け加える。
『天眼』のクライブは、人工衛星からあらゆる情報を受け取ることが出来る。
そして、衛星を通してあらかじめ魔術的契約を交わした配下に憑依するもことが出来たのだ。
クライブが契約を交わしている配下は五人。
その内三名は、山腹にバラバラに配置している狙撃兵だ。
腹ばいになりダヴェンポート中尉たちを狙う狙撃兵。彼らの魔力は強くなり、地上を徘徊する者たちも動き出した。
その全てを操るクライブ。
意識は遠くへ飛び過ぎて、さらには分散している。
それは、強力な術式が人間の限界に迫る勢いの数で同時に展開していることと言い換えることも出来る。
マリーは、その代償を一身に受けるクライブが、とても心配だった。それは、涙が溢れ出してもおかしくないぐらいだ。
直ぐに『ヘルメスの眼球』たちから引き離したいが、それは不可能。
だからこその、無防備になった彼の身辺を守るという強い決意があった。
それが彼女の瞳から涙が溢れ出すことを許さない……