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第六十話 現実

 現実──

 ──夢のかけらもない世界。


 ここは廃坑の奥深く、

 アザゼルは、縦穴の前にいた。


 一歩踏み込めば、奈落が口を開いている。

 隣には、亡命者一家の息子だったノア。


 護送列車の一件以来、無表情のままだ。

 アザゼルにとっては、この方が当たり前だった。


 彼は、ノアを息子のように扱い家族のように演じていた亡命者たちの気持ちを計り知れない。だが、ノアが感情があるかのように振る舞えていたのは当たり前のように思う。


 感情があるように振る舞う。

 人工知能に演技をさせることは、技術的には簡単なこと。

 事象に対する人の反応を機械学習させることなど、初歩の初歩だ。


「筆頭、大丈夫ですか?」

 彼の配下の裏法師だ。


 アザゼルは、彼らの前で時折、雲のようにふわふわと、心ここにあらずといった状態になる。


「気にするな」

 アザゼルは、真下の穴を覗く。

 生ぬるい風は相変わらずだ。


 底が見えない穴。

 人の手で掘った穴だ。


 黒色が底を塗りつぶして隠す。

 光の点が、チカチカと蛍のように浮かぶのは『フォスフェン』と呼ばれる現象だ。


 誰でも知覚する当たり前の現象。

 網膜の視細胞が活動すると脳が誤って光と認識してしまう幻覚にすぎない。


 アザゼルは、穴底を舞う『フォスフェン』を目で追ってしまう。


 背後が騒がしい。

 裏法師以外の人物が、ここに来たようだ。


 アザゼルが振り返る。


 一人の女性が、

 無垢な魂(アストライア)たちに連れられてやってきた。


 お伽話のお姫様が、小人たちに囲まれているようにも見える。


 フランシス准尉は、手を引いててくてくと歩く無垢な魂(アストライア)に声を掛けるところだ。


「ねぇ? ここはどこかしら?」


 アザゼルと彼女の目が合う。


「廃坑より奥深く、誰も知らない、神話の時代より古い場所だ」

 彼は言った。


 フランシスを取り囲む、無垢な魂(アストライア)たち。

 白いお餅のような胴体から突き出た小さな手を、口元に持ってきて傾げる。


 フランシス准尉は、視線を動かす。

 出口らしきもの……探すまでもなく、開かれた空間。


 裏法師たち。

 そして、今、彼女に声を掛けてきたアザゼル。


 フランシス准尉からすれば、敵と断定できる存在。


 そして、アザゼルの横にノアがいる。


 彼女に武器はない。

 ただ、魔導士であれば魔法が武器になる。


「ダメだよ。お姉ちゃん、魔法の使用は許可しないよ」


 アザゼルがノアの頭に手を置く。


 フランシス准尉は状況把握が出来ていない。

 魔法は確かに使えない。


「怖い顔をしなくても、()()()からは危害を加えない。ここに、それが君の役目だ。それが終われば、自由にすればいい」


「何が目的?」

 フランシス准尉は後退りをした。


「クロノノート真教を知っているか?」


 フランシス准尉には、もちろん宗教関係の知識がある。

 歴史をちゃんと学べば、宗教の知識が身につく。

 そして、彼女は軍大学を卒業していた。


 戦争の背景に大抵、宗教の影がある。

 だが、クロノノート真教に関する知識は皆無と言っていい。


 都市伝説で名前を良く聞く宗教。

 オカルト的な秘密結社のようなもの……


「クロノノートの裏法師と言った方がご存じかな? 狂信者とか揶揄されているのが我々だ。ただただ、神の存在を信じているだけの善人だよ」


 アザゼルは言った。

 神が決める善悪と人が信じる善悪は、必ずしも一致しない。


 そのことは、フランシス准尉も熟知している。

 宗教が戦争に関わるのは、それが原因だ。


 善悪は主観に過ぎず曖昧な観念。


 無垢な魂(アストライア)たちは、フランシスをじっと見る。

 表情がころころと変わる彼女を見ていて飽きないからだ。


「少なくとも、あなたは、わたしにとって善人じゃない」

「私も同意見だ。君の気持ちなど関係ない」


 アザゼルは口元を歪ませ静かな笑みを浮かべる。


 穴底から噴き上がる生暖かい風。

 離れた場所にいるフランシス准尉のほほを撫でた。


 彼女のほほを伝わり、ひと筋の汗が流れ落ちた。

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