第五話 あれが兵士だ
帝国最前線へと降り注ぐ砲弾の雨が爆炎を撒き散らす。
そして煙は、空へと舞い上がる。
天高く澄み切った青空は、その先に広がる宇宙とそこに浮かぶ、この大地たる星の丸みを感じさせる。
ゴロゴロと唸る雷鳴。
空を駆け抜ける雷鳴の数が多い。
それらは全て、ステラ嬢が放った『天雷』の余韻だ。
その地上の惨状を、ダヴェンポート中尉率いる小隊が、まさに駆け抜けようとしている。
熱風が、容赦なく彼らを襲う!
肺が悲鳴をあげそうだ。
そして、匂いが彼らに絡みつく。
敵側の最前線だった場所……
ダヴェンポート中尉は、戦車が天に吸い上げられる惨状を思い出した。
その気の毒な光景と匂いが混じると、とても嫌なこと、さらに残酷なことを、彼らに想像をさせてしまう。
駆け足が鈍る。
まるで濁流に逆らって進んでいるようだった。
「にぎやかな敵がいた方が、まだマシだ」
ダヴェンポート中尉が片手を上げた。
それは「減速」の合図だった。
ガトリング軍曹が、中尉のかたわらで水筒から水をがぶ飲み。そして口を袖で豪快に拭いた。
そして、一言。
「ひどいありさまですな……」
巨体を揺らし隣りで歩く軍曹は、尻すぼみに、そう言った。
もっと、荒れた大地を想像していた。
そこに森があったは想像できない変わりようだ。
岩盤から湯気が出ている。
まるでサウナ。
だが、そんな軽い例えを口にする者はいない。
ダヴェンポート中尉は、襟に付けた小型無線のマイクを口元へ引っ張るようにして近づけた。
手元のスイッチを押す。
ピッという電子音、それから一拍置いて
「ハートフォード副隊長、状況を送れ、以上」
と言う。
「??ですが飛空魔力に乱れがあります、以上」
軍曹が腹を抱えて笑った。
この通信は、小隊共通のチャンネルでしている。
特段の指示を出さない限り全て共通回線だ。
ダヴェンポート中尉は苦笑した。
「そう笑ってやるな」
と言ってから再び無線。
さっきと同じ手順を踏む。
「副隊長、無線機はスイッチを入れてから一拍おけ。最初の言葉が入ってないぞ! 小隊各位も肝に銘じておけ、以上」
その後も無線のやり取りを続ける。
ハートフォード副隊長の報告では、半径500メートル程の大地が岩盤になっているらしい。彼の私見では、高温高圧で地面が岩盤になったのでは? とのことだ。
加えて、電信兵によれば帝国軍の無線は時折、暗号化されてない平文が混じるほど混乱していること、ただ電波状況が最悪でハッキリとは聞き取れないとあった。
ステラ嬢が放った『天雷』は四本。
面制圧を目的とした砲撃は、そこを避けるようにして継続されていた。
ダヴェンポート中尉は、最前線は、所々を分断され崩壊したと判断をする。
作戦本部への現状報告も必要なしだろう。
グランツ中将のことだ、あのたぬきジジイは、この惨状は折り込み済みに違いない。
新兵のヴァルトニーニがつぶやく。
「こんな化け物がいたんじゃ、帝国軍も恐れをなして逃げ出すぜ」
ダヴェンポート中尉は、ヴァルトニーニが言う「化け物」と言う言葉が気にかかる。別にステラ嬢のことが好きな訳ではないが、「化け物」は言いすぎた……
彼は自らが犯した罪……少なくとも、彼はそう思っている……を思い出した。
廃墟と化した町。
誰もいない風景……
ダヴェンポート中尉は、グッとこらえる。
新兵のヴァルトニーニは、そんなダヴェンポート中尉をよそに、あろうことか、ライフルの銃身を上に向けて、杖のように地面にたて、両手でつかみ、体重をあずけ脱力をした。
戦場で気を抜いたのだ!
さらに、ここは敵軍の最前線だ……
ヴァルトニーニが声高に叫ぶ!
「この有様を見ろよ! これじゃ、出番なしで勝ち確定だ!」
ダヴェンポート中尉は、興奮したガトリング軍曹を片手で制した。
軍曹は、なぜ? と思い、なぜ、止めるのだ! とダヴェンポート中尉をにらむ。
だが……
「隊長! ダヴェンポート中尉!! 落ち着いてください!」
ガトリング軍曹がダヴェンポート中尉を止める形だ。
「ヴァルトニーニ、貴様が貴族のご子息だろうとどうでも良い! 戦場で気を抜くのも見逃してやる! 勝手に撃ち殺されろ! だか、一言だけ聞く! お前は、戦友が殺されたら逃げ出す腰抜けか! もしそうなら……」
遠くからライフルの銃声!
小隊は、言い争う者たちを置いて即座に反応!
銃声の主を的確に捉えている。
誰も反撃をしない。
ダヴェンポート中尉、隊長であり、彼らが『マエストロ』と尊敬をしている上官の指示を待っているのだ!
遠くからの銃声は、その後も一発、二発と不規則な間隔を置いて散発的に続く……
ダヴェンポート中尉は、敵兵を肉眼で見ていた。
距離は遠い。
しかし、彼の身体強化は視力に及ぶ。
その強化された肉眼は、敵兵をジッと見ていた。
皮膚は火傷だろうか? 黒く汚れている。
帝国軍が誇らしく着る立派な軍服もボロボロだった。
「運の良いやつ……」
ダヴェンポート中尉は、自らライフルに付いていてスコープをヴァルトニーニに渡す。
「見てみろ……あれが兵士だ」
戦場におもむく理由……
生まれつき肉体が強い奴なら金儲けかもしれない。
それとも、英雄になりたいか?
だが、臆病でも戦場に志願する者たちもいる……
彼らは大抵、大切なものを守りたいから、そして、失うことが恐ろしいからだ。
臆病者ほど恐ろしい。
彼らは、常に恐怖と戦っているのだ。この程度の惨状より、戦友を失った悲しみ……そして、怒りの方が、きっと強い。
「あいつに感謝するんだな。でなきゃ、俺がお前を殺してた」
ダヴェンポート中尉は、新兵のヴァルトニーニの肩を叩いた。
ガトリング軍曹がニヤリと笑う。
「隊長殿、あの敵兵はどうしますか?」
「放っておく。あれは、運が良い奴だ。下手に相手をすると思わぬ時間を食うかもしれん」
敵兵が撃ってきた弾は通常弾だ。
魔導士相手に撃つ、貫通術式等が刻印された『魔導士殺し』と呼ばれる弾でない……
「諸君! 帝国軍は、防御拠点を第二線に後退させているはずだ。集結点は、この先、前方と予想する! 心せよ!」
彼らは進む!
その足並みは、再び勢いを取り戻した。
その様子を遠方からジッとうかがう者がいる。
ずいぶんと離れた高台からだ。
決して双眼鏡で見える距離でも角度でもない高台。
そこに立つ男は、帝国軍で『天眼』との異名で呼ばれている魔導士、天眼のクライブ大佐だ。
どこを見ているのか側からわからない双眼鏡を覗きながら、くわえタバコの口元がゆるむ。
「いいねえ〜、熱いねえ〜、あれがウワサの『ナイトメア』さんか」
長くなったタバコの灰が、その重みに耐えきれずポトリと地面に落ちた。口元にくわえたままのタバコの先がオレンジ色に淡くひかる。
彼の後ろに兵士が走ってきた。
短い敬礼すると端的に言葉を発する。
「要塞司令部より命令です。『獲物はナイトメア、王国軍魔導士、ダヴェンポートに不条理を教えて』以上であります」
クライブ大佐は、タバコを地面に落とし踏みつけるようして火を消した。
「まったく、どいつも、こいつも熱すぎるぜ」
彼は無線技師のそばに行くと、マイクを受け取った。