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第四五話 癇癪

 2号車の扉が開く。


 銀白色の長い髪が手招きするように流れ出てた。

 ミカエルは踊る髪を、耳元でそっと抑える。


 木々の間を抜ける風が彼女を歓迎する。

 愛らしい瞳がまん丸に見開かれ、可愛らしい唇は円を描きわぁっとなった。


 その様子は、まるで初めての玩具おもちゃに驚いた子猫のよう。


 彼女が見た……列車の外、その風景が劇的だった。

 それは、想定内の出来事。


 それでも、その有り様に目を奪われた。


 深い森。

 そこに混じる廃墟が異質に見える

 人のかつての営みが見え隠れする原生林。


 勝手気ままに伸び切った草が、汽車の行く手を覆い隠す。

 そこを抜ける線路が毛足の長い絨毯じゅうたんの模様のようだった。


 一枚の絵画のような光景。

 それが森のざわめきをミカエルに隠した。


 狼たちは遠吠えもすることもなく、彼らの縄張りに入ってきた黒鉄の塊を静寂でもって警笛けいてきを鳴らしはじめる。


 ミカエルの姿が消え、車両の扉が閉じられる。

 怒りを宿した瞳の数々が森の中で動きはじめる。


 扉を閉ざしたミカエルは、まぶたを閉じた。


 列車を後退させ、元の路線に戻ることが急務で最大の優先事項だ。正規の路線に戻り、王都を目指し護送任務を完了させる。


 それが彼女に課せられた使命。


 とにかく早く列車を動かさなければならなかった。

 止まった列車は、ひょろ長く、どこからでも狙える格好の的でしかないからだ。


「軍曹、列車の後退に要する時間を報告せよ」

「一度抜いた蒸気圧の再調整には、10分ほど要します、中尉殿!」

「よろしい、1分でも早くなるよう尽力せよ」

 ミカエルは小さなため息をつく。

 口を結び軽くこぶしを握ると振り返り歩きはじめた。


 ミカエルが姿勢を正して車内を歩く。

 コツーン、コツーンと規則正しい足音を奏でているかのように。一歩、一歩と決意を固めていく。


 憲兵隊との確執。

 諜報機関の暗躍。


 その程度なら何とかしてみせた。


 尋常ない敵の登場。

 変態だが、その実力は、要塞戦で相見あいまみえたメイド服の少女、マリーに迫る勢いだった。


 それは『無限の冬』の中、絶対無敵の『終わりを告げる冬』の魔女と対等に打ち合えるということ……


 その脅威を前に、絶対に守れるとは誓えない。


 狙われているのは何か?


 それは、知識なのか? 有形の物なのか?


 それをはっきりとさせる必要があった。


 最適な戦略。

 それを成すための戦術と人員配置が必要だ。


「母君と父君、話して頂けますか?」

 ミカエルはノアの両親の前で歩みを止めた。


 子を腕の中に抱く母親は、彼女を覗き見るように見上げている。


 各国の諜報機関が集まる5号車の牽制が続く。

 皮肉にもそれが混乱を防いでいた。

 綱渡りの均衡は続いている。


 憲兵車両に到着したヴィクターとレオンの兄弟二人。

 彼らを出向かれる憲兵隊は、侵入者にしてやられてどこか気まずそう。


 列車を離れた森の中。

 そこに胡座あぐらをかいて座禅をする男がいた。


 カイ・モリス。

 彼はまぶたを閉じ、視界を殺し、瞑想の真っ最中だった。


 風に流されるように集まった茂みの一段が動きを止める。

 草を生やし風景に溶け込む外套がいとうで偽装し、

 地を這うように徘徊をする一団。


 クロノノートの裏法師たち。


 彼らはカイ・モリスを感じ、その歩みを止める。


 モリスが立った。

 裏法師たちが被る外套の草がピンと毛ばたつ!


 ふと立ったモリスは、茂みに向け華麗に手裏剣を放って見せた。

 狙いは、その向こうにある木。


 手裏剣の描く軌道は真っ直ぐで鋭い。

 裏法師たちの草を刈った。


 そして見事に木に命中だ。


 裏法師筆頭は「ちっ」という舌打ちをこらえる。

 クロノノートの理想。

 その物語を進める裏方であり黒子の彼ら。


 彼らにとってモリスは個性派俳優だ。

 奇抜なアドリブを演じる彼は、裏法師たちにとって扱いずらい役者だった。


 子どもの夢を持ったまま大人になったモリスは異質だ。

 更にその実力が『神話の因子』ではなく純粋な努力(筋トレ)なのでタチが悪い。本来いないはずの強者。そして、その実力ゆえに我儘を通してしまう。


 彼らにとって良い役者とは、例えば帝国の皇帝のように、常識があり優秀な理想主義者だった。なぜなら、そのような者たちは、幸せを夢見て『愛と平和のために悪魔にすら魂を売る』からだ。


 モリスは茂みに向かって眉を寄せる。

 その行動の意味とは……


 彼は、ひたいから大きく前髪をかき上げた。

 それは、彼にとってクールでカッコいい仕草。


 さっきの手裏剣もそう。

 気分転換がしたかったからだ。


 彼にとって最大の悩みはミカエルだった。

 この頃の彼には『ヘンタイ』という言葉は聞き間違いに違いとなっている。


 そこには、合理的な理由がある。


 初対面のあの時……

 ミカエルは、飼い主を見て喜ぶ子猫のように抱きついてきたからだ。


 彼の悟りはミカエルの攻撃タックルを歓喜の出迎えと断じた。


 たくましい想像力である。


 さらに、さらに、それをあろうことか!

 膝蹴りで拒絶したことを彼は後悔した。


 可憐で美しい少女に『護身膝蹴り』


 とてもいけない所業。


 モリスは頭を抱えて座り込む。


 裏法師たちは「何を見せられている?」と戸惑うが動けない。


 動く隙がないからだ。

 恋の妄想に思い悩む乙女がベットで足をジタバタとさせているかのように、モリスはお手軽に手裏剣を放つ。


 ズバ、ズバ、ズバリ!


 三連発手裏剣。

 お見事! 初弾のそれと同じ木に、そして同じ場所に命中だ!


茂みがざわつく。

小声ですら意思疎通ができない緊張感がある。

裏法師筆頭は、ここでモリスに退場して頂くか迷う。


そして丁度、筆頭の頭の上、そのスレスレを手裏剣が駆け抜けた。


背後の木がドーンと倒れ、更に遠くかれも音が響く。


手裏剣のこの威力は反則だ。

筆頭は思う。

役者が揃ったここではなく、別の場所でモリスを葬ると決めた。


せっかく整った舞台が台無しになってしまうのを嫌った。


カイ・モリス、最大の悩みはミカエルが標的ということ。

彼女の戦績は大量破壊兵器と例えても恥ずかしくないほどだ。


無差別に多くの命を奪う存在を許すわけにはいかない。

それが彼の正義だった。


それを成すのがクールでカッコいい忍者だからだ。


もしかしたら、彼女は無理矢理、戦場で兵器として扱われているかもしれない。


いや、そうに違いない。


カイ・モリスは最後にミカエルが言った言葉を思い出す。

それは決して『ヘンタイ』の四文字ではない。


ミカエルはモリスに『たすけて』と言った。


丁度、同じ四文字。

聞き間違いが整った。


シン・モリスは立ち上がった。


それは、ミカエルが軍曹に列車後退の時間を聞いてから丁度10分。


蒸気機関車の汽笛が鳴った。

鋼鉄の丸い車両がゆっくり動き出す。


蒸気を吐きだし汽車は後進をはじめた。


さらにもう一回、汽笛は鳴っていた。


その音を聞き分けた者はいない。


爆炎と轟音が全てをかき消す。

列車の後方で天高く木々が舞う。


跳ね上がる土煙が広大な絶壁を成した。


後退路……その線路を破壊する爆発。


その規模が桁違いに大きい。

大爆発だ!


その余波の衝撃波!

轟音と共に、全てをなぎ倒し、荒れ狂う嵐。


車両が模型のように宙に舞う。

鋼鉄の蒸気機関車ですら例外としない勢い!


大爆破の衝撃波。

全てをなぎ倒し、投げ飛ばす。


それは、まるで癇癪を起こした幼児が、手当たり次第、物を投げ飛ばす勢いだった。

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