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第四四話 裏法師たち

 かつて鉱山として栄えた場所だった。

 廃屋は、柱だけ残して哀れな腹の中をさらす。

 床は朽落ち、藻が広がる。


 木々は炭鉱街を食って森の一部と成した。

 大勢の人の賑わいの名残は、鳥たちのさえずか……


 錆びた線路が谷間を抜ける。


 数百年ぶりの列車。


 蒸気機関車の熱い煙に、鳥たちが羽ばたいた。

 鋭い金属音。


 機関室は黒鉄に似合わないヒステリックな叫びと共に停止した。


 森の中に動く影あり。

 猪のように這いずり、

 茂みのような外套がいとうを被っている。


 クロノノート真教の裏法師と呼ばれるものたち。

 太古より、与えられた脚本通りに舞台を整える黒子なり。


 茂みの中で口が動く。

「まあまあだな。いや、ちと、遅いか?」

 声の主は、長いあごひげを伸ばすように手で触った。


 茂みの中に光る瞳は二つではない。

 いくつも光っている。


 どこからか声。

「筆頭、あれらが目を覚ましました」


 とう一つ声。

「あんな失敗作が役にたつのですか?」

「しかし……獣化の実験体がまだ残っていたなんて」


 声の全てはざわつくと静寂となった。


 風はまだ冷たく雪降る冬を思い出させる。

 ひらひらと舞う蝶が春だと主張する。


 筆頭と呼ばれた声の主。

 長い顎ひげの持ち主が低い声で皆に伝える。

「神話より以前の時代、狼男ワーウルフを模そうとしてこさえた作品だ。憐れなほと知力は低く、なるほどけだものと呼ぶに相応しい。だが、植え付けた狼男ワーウルフの本能だけは本物だ」


「しかし……相手は『冬の魔女』その因子の体現者です」

 その声は震えていた。


 筆頭は言う。

「馬鹿者、我らの目的はクロノノートの原書だ。それ以外は些事にすぎん」


けものに暴れられては、原書が心配です」


 筆頭はケタケタと笑う。そねリズムに合わせるように蝶はヒラヒラと舞う。

「原書は傷つかん。あれはもろいが傷つけようとする者はおるまい。例え、けものとはいえ、そこにはあらがえん」


「我らが監視すべきでは?」


 筆頭の声。蝶が初めて人気ひとけを察し慌てて逃げた。

「我らは観客ではない。クロノノートに従って舞台を整える者だ。思い出せ、舞台を整え、そこに役者を揃えれば、自ずと物語は脚本通りに進むものだ。そして、今回のこれは、我らが因子出現を観測して28年前から始まった最終章だ……」


 ミカエル・ダヴェンポート。

 彼が生まれた年から、筆頭の言う、最終章は始まっている。


 筆頭はくだらない質問に苛立ち。

 その場を後にした。


 いくつもの茂みが、地を這うように森の奥に消えていった。


 蒸気機関車は森の奥深くで立ち往生をしている。

 機関室は、息整えるように白い蒸気を吐き出していた。


 車両の天井を突き破る人影。


 今しがた、ミカエルとの大立ち回りを終えたモリスだ。

 想像と違う光景。


 彼の認識の中では、ここは穀倉地帯。

 絶景の大風車の近く、それか丘陵のはずだった。


 深い森の中。

 それに戸惑う。


 整理しなければならない事があった。

 それは気持ちの整理だ。


 忍者は常に冷静でなければならなかった。

 思い人に「ヘンタイ」と言われた彼は心を整理しなければならない。


 そこに迷いはない。


 だから森の方に降りることを選ぶ。

 普通は列車後方に一旦引き、再戦の機会をうかがうが彼は違う。


 なぜなら彼は、カイ・モリス、『死神』モリスだからだ。

 クールでカッコいい、『死神』モリスだ。

 決して変態などではない。

 彼の心には、それが何度もこだましている。


 天井に開いた大きな穴。

 その下で、フランシス准尉は呆れている。


 それは、大立ち回りをしたミカエルに対してではない。

 天井の穴にだ。もう少し踏み込めば、モリスと言ってもいい。


 人はなぜ上を向くと口を開く。

 乗客もフランシスも天井に空いた穴をぽかーんて口を開いてみる。


 幸か不幸か、ミカエルと暗殺者モリスの大立ち回りが繰り広げられたというのに騒ぐ気配はない。


 ミカエルが無線。

「ブラッド・ハウンド「8号車の憲兵車両」に訪問したまえ。鍵は無視しろ」


 憲兵車両に突入した隊員たちから続々と報告が入る。

 憲兵隊たちは、猿ぐつわをされ両手両足を丁寧に縛られているとのこと。


 最後尾に詰めていた鉄道乗務員の方々も同様だった。


「無駄はしない徹底ぶりだな……」

 ミカエルは、小首を可愛らしく傾げた。


 無駄な殺しをしない?

 それは暗殺者ではないことを意味する。


 なぜなら、プロは目撃者を消すのではないかと……

 もしかしたら、あの顔……


 ミカエルの身体がなぜかブルブルと北風が吹いてきたかのように震えた。


 最後の顔が彼女の脳裏に焼きついているからだ。


 口の周りを舌を出して舐める男の顔。


 気持ち悪い。

「くそ……ヘンタイめ」


 ミカエルがヴィクターに近づく。

「少佐殿は、8号車に行って頂きたい」


「それより、ここは何処だ」

 窓の風景が一変している。


 見たこともない深い森……


「推測は後回しです。今は線路を引き返す。それ以上の詮索は不要。少佐殿、憲兵たちの様子を確認していただきたい」

 ミカエルは口を尖らせて、少し不機嫌になっている。

 続けてレオン副隊長に彼女に言った。

「貴官も、少佐殿について行ってくれ」


 ヴィクターがツンと横を向く。

「ふん、これが行くなら私はテコでも動かん」


 動け!

 とミカエルは叫びたい。


 びっくりするほど何もしていない。

 それが、ヴィクター・ハートフォード少佐。

 彼女の評価だ。


「少佐殿にはレオン副隊長について行って頂きたい。あなたが、こよ車両に乗車できているのは、副隊長の図らいだと忘れないで頂きたい」

 ミカエルは、そうでなくてもイライラを抑えている。

 レオン副隊長の顔を立てる思いがなければ、ヴィクターの扱いはぞんざいになるというもの。


「中尉は、どうされますか?」

 レオンは一応確認をした。兄に配慮したからだ。


「私はここを離れない。さっきの……」

 ミカエルは口ごもり。


 フランシス准尉でさえ、あまり見たことがない光景だった。


 ミカエルは迷う。

 偽憲兵と呼ぶべきか……

 しかし、その呼称は、憲兵たちのプライドを必要以上に傷つけるかもしれなかった。


 モリスは彼女に名前を名乗ってはいない。

 だから、カイ・モリスのコートネームを決めた。


「さっきの『変態』が、いつ来襲するかもしれん。それと貴官も気をつけたまえ『変態』を見たら、即時発砲を許可する」


 あの『変態』が銃に倒れるとは彼女に思えなかった。


 そして、ヴィクターとレオンの兄弟は後部車両に消えて行った。

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