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第四三話 死神

 偽憲兵扉を2号車の扉に来た。


 彼のここまでは順風満帆じゅんぷうまんぱんだ。


 一回目のトンネル通過。

 その際に護送列車の最後尾に侵入をした。


 金さえ払えば、どんな仕事でも引き受ける。

 大陸最果て、東の島国で隠密の修行をした賞金稼ぎ。


 実戦部隊と憲兵隊の確執。

 誰が仕掛けたか不明のループ現象。

 その全てが彼に味方した。


 間抜けばかりで助かる。

 これが彼の心情。


 大した邪魔もなく、この扉の向こうに標的がいる。

 王国以外、全てが極秘で賞金を課している人物。


 ミカエル・ダヴェンポート。


『終わりを告げる冬の魔女』神話クラスの飛び抜けた力。

 それ自体が脅威。人柄など関係がない。


 彼女の戦績が大量破壊兵器であることを物語っていた。


 その矛先が向けられる『冬の魔女に終わりを告げられる』ことを想像すると恐怖する。


 列強各国は、自ら手を汚さずに始末できるなら、それが良いと思っている。やんちゃな帝国が世界に戦争を仕掛けている。王国との友好関係は傷いたくないのが本音だ。


 偽憲兵。


 その名をカイ・モリスという。

 自ら名乗る二つ名は『死神』

 標的には必ず「カイ・モリス、『死神』モリスの名を刻んで逝け」と告げることを流儀としている。


 モリスは、扉をノックする手前で止める。

 躊躇ではない。

 確認だ。


 反対側の手は腰にあった。

 そこに隠した武器のクナイ。

 東洋のナイフ。

 無骨な形状に彼は愛着を持っている。


 刃先に塗った猛毒。

 彼が苦心の末、調合した猛毒。

 五感を残し、身体の自由を奪う。

 標的は薄れゆく意識の中、彼の「カイ・モリス、『死神』モリスの名を刻んで逝け」という言葉を胸に刺し眠りにつくことになる。


 これで『死神』モリスは暗黒街の有名人になるはず。

 何度、仕事をこなしても名が轟かないことに彼はイライラしていた。


 標的は必ず『死神』モリスを聞いているはずだ。


 なぜだ!!


 カイ・モリスは、今後こそ標的に名を刻むことを誓う。


 彼は『死人に口なし』という言葉を知らない。

 戦績は中々にずば抜けているだけに残念だ。


 モリスは息を吸う。

 空間を掌握していく感覚が広がる。


 そしてモリスは思う。


 扉は中々に頑丈のようだ。

 これまでの紙のように薄い扉とは違う。


 特別だ。

 厚みが違う。


 流石は護送列車。

 戦車並みの装甲を用意してやがる。


 標的のミカエル・ダヴェンポート。


 扉向こうにたたずむ気配。

 小窓すらない鉄の扉。


 その向こうが彼には見えているようだ。

 モリスは、その気配から聞いていたよりは小柄だと感じる。


 さらに、立ち位置、姿、容姿ですら知覚できるほど想像力が豊かだ。


 その豊かな想像力は、ミカエルが扉の開く動作さえも彼に見せる。


 その想像力を、彼は悟りの域に達していると超感覚と自覚していた。そして、かなりの自惚れ屋さんなので「最早それは未来予測ではないか?」とすら思っている。


 そして大抵、彼の想像通りなのだから、その自惚れも強かった。


 カイ・モリス。

『死神』モリスは扉を無造作にノックした。


 扉の向こうが返事をする。

「暗号は、ミカエル・ダヴェンポートの年齢だ」


 あどけない少女の声?


 ミカエル・ダヴェンポートが少女化したという情報を思い出した。


 流石は神話級、なんでもありだ。


 それにしても暗号?

 そういえば暗号がどうとか言っていたことをモリスは思い出した。


 モリスは暗号を気にしていなかった。

 標的の戦績は超優秀だ。

 きっと武闘派の脳筋に違いない。


 だから暗号を間違っても、どうせ開ける。


 しかし……

 わざと間違える気はなかった。


 ミカエル・ダヴェンポート。

 その名は標的だ、なんならスリーサイズ、靴のサイズでも答えてやっていい。


「28才、28才だ」

 モリスはむふーっと鼻の穴を大きくした。

 クイズ大会で優勝した気分だ。頭の中では優勝を祝うくす玉が割れていた。


 重心を正中に置く。

 右膝を扉に当てるように、そして左手がクナイに触れた。


 扉が開けば、その隙間から……


 ミカエルの大声が先だ。

 少女のヒステリックな叫び声。

「誰が、28才だ! わたしは、ピチピチの10代だ!」


 モリスにも主張があった。

 それは反論だ。一言物申すという心情。


 ミカエルのヒステリックと同時に扉か向かってくる。

 戦車並みの装甲は彼の想像通り。

 向かってくるのは想定外。


 極東の島国。

 その国で耐えた厳しい修行の日々。


 走馬灯が一瞬見えた。


 米がうまい!


 違う『柔よく剛を制す』だ!


 自称『死神』モリス。

『死神』の二つ名は轟いていない。


 厳しい修行、そして熱心に取り組んだ筋トレ。

 彼は忍者の修行の末、人外の肉体を手入れていた。


 それは師をして『武神錬金』に限りなく迫ると言わしめたほとだ。


 暗黒街に轟く彼の二つ名は『超人』モリス。

 それは神話の時代より遥か太古の時代に名を轟かせた英雄に酷似したことも相まって知らぬものはいない程に有名。


 その『超人』モリスは『柔よく剛を制す』を体現したと確信していた。


 真正面から分厚い鋼鉄製の扉を受け止める。

 衝撃は『柔よく剛を制す』で周囲に拡散したつもり。


 正に脳筋の所業。

 鼻血が出てるぞ『超人』モリス!


 彼は正面を見据える。

 ミカエルと目が合うはずだった。


 いない?!


 モリスは困惑した。


 想像よりミカエルがちんまりしているのか?


 いや違う!


 ミカエルは重心を下げ、低い姿勢でモリスに迫っていた。

 彼女は魔法を使う気はない。狭い車内で彼女のそれは大惨事でしかない。


 扉を受けても倒れない偽憲兵、モリス。

 異常な丈夫さ。

 そして強さも中々だと分かる。


 それでも、ミカエルは接近戦を選んだ。


 それは、彼女に自信があったからだ。


 長期間の少女化。


 要塞戦の時とは違う。

 身体が馴染んでいる。


 あの頃のように身体の彼女と心の中の彼がギクシャクすることもない。


 軍隊仕込みの格闘術。


 最初はタックルで一気に制する。


 モリスの腰に回した左手。

 彼女は、それを拳銃と判断した。


 撃つ前に制する!


『超人』モリス。


 彼はタックルを嫌った。

 なぜって?


 それはスマートじゃないからだ。

 忍者とはクール。


 これが彼の言い分。


 選択したのは迫るミカエルを膝で蹴り上げること。


 師匠が教えてくれた忍法。

『護身ひざ蹴り』


 モリスの眉がわずかに動く。

 ミカエルの姿を捉えたからだ。


 丈の合わない軍服の袖が折り曲げられている。

 銀白色の髪が風になびく。そして細い腰、華奢な身体。


 彼の想像よりミカエルは可憐で乙女であった。

 島国の青年たちが憧れる『大和撫子』東洋の神秘そのもの。


 未だ出会ったことがない、その神秘を彼はミカエルに見てしまう。「出来ればお嫁にしたい」という心の叫びすらする。


 悟りの域に達していると誤認するほどの卓越した想像力。

 ほんの一瞬で、ミカエルと恋人になった未来、そして島国の伝統衣装、白無垢をミカエルに着せた結婚式、そして子どもは沢山……


 僅か0.03秒で幸せの絶頂を体感。

 そして、この間違った出会いの残酷さを認識。


 モリスは暗殺者。

 そして忍者の修行をしたもの。

 忍者に悲劇はつきものだ。


 間違った出会いでも手加減はしない。


 彼の膝蹴りが鈍る!!


 ミカエルは彼の膝に手を当てた。

 その勢いを利用するつもり。


 ミカエルは、モリスの放った鈍る膝蹴り、それでも中々の威力、その勢いを上手に殺し、ふわりと宙に浮く。


 ミカエルの飛び回し膝蹴りがモリスのほほを狙った。


 列車の急ブレーキ。

 甲高い金属音が響く。


 乗客は悲鳴を上げた。


 モリスは、右の手のひらでミカエルの膝を受けるつもり。

 可愛らしい膝を手のひらに収めることの罪悪感もある。


 だが、彼は容赦しない、なぜなら『死神』モリスだからだ。


 モリスの手のひらとミカエルの膝がぶつかる瞬間。

 彼は手を引く。


 そして頬にミカエルの膝が入る。

 彼の上半身がくの字に曲がるのは『柔よく剛を制す』で威力を殺したため。


 それしても、絵に描いたようようなくの字……


 ミカエルは二歩下がり、腰に手を回した。

 そして拳銃に手をかける。


「敵ながら骨がある。貴様、どの組織の者だ?」

 ミカエルが間を置く。


 彼女の腰の拳銃……

 それは、自害した要塞司令からの贈り物とも形見ともいえる拳銃。

『無限の冬』が顕現した要塞戦、絶対無敵である当時の彼女が脅威を少し感じるほどの銃弾が込められた拳銃。


 彼女が魔法を放つよりマシとはいえ、その威力は並でないと想像できる品物だった。


 民間人に被害が及ぶことは絶対に避けなければならなかった。


 隙を見て、格闘で制する。

 拳銃は、保険だった。


 モリスのほほが腫れている。

 彼自身、殴られて痛いと感じたのは久しぶりだった。


「とんだジャジャ馬だな」

 切れた唇から流れ出た血を、モリスは吹いた。


 鼻血は気にしないのかそのままだった。

 だから、それを舐めてしまう。


 舌を出し、垂れた鼻血を舐める姿……


 それは、まさに……


 ミカエルの身体がブルっと震える。

 心の中の彼が恐怖した訳ではない。


 それは、身体の彼女が感じた魂の叫び。


 モリスの垂れた鼻血を舌を出して舐める姿。

 その姿を見て、ミカエルは身体をブルっと震わし言った。

「ヘンタイ……」


 彼女は、たった一言、モリスに「ヘンタイ」と言った。


『死神』モリスは愕然とする。

 暗黒街で『超人』モリスと名を轟かせる猛者。


 彼の瞳に涙が溜まる。


「『ヘンタイ』ではない『死神』だ! 覚えておけ!」


『ヘンタイ』モリス、この名は手強い相手としてミカエルの脳裏に刻まれた。


 言葉とは時に暴力。

 モリスにとっての初恋は散った。


 彼は「忍法、霧隠れ」とかすれ声でつぶやき、列車の天井を突き破って消えた。

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