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第四二話 ループの終わり

 英雄は彷徨さまよう。無限廻廊が彼の行く手を阻んでいた。

 くじけるな! 進め、進め……

 果てしなく続く、無限の廻廊。

 何人も永遠には届かない。

 英雄はそれを超えて見せた。

 彼の強き意志。その思いを乗せたやいばが永遠を打ち破る。


 ーー「クロノノート無限廻廊の節より」


 列車内に子どもの無邪気で甲高い声が響く。

「違うよ! お兄ちゃん!! 全然、間違ってる!!」


 窓の風景が無くなる。

 護衛列車はトンネルを進む。


 さっきまでの揺れは収まり、滑らかでスムーズに車内は安定していた。


 ミカエルは目をぱちくりとさせてフランシスを見た。

 彼女も肩をすぼめて「さあ?」と困り顔。

「ヴァルトニーニくんが英雄話を子どもに聞かせてたんです。そしてたら急に……」


 ヴァルトニーニが目で助けを求めてくる。

 強気で生意気が売りの新兵も、子ども相手にはタジタジだった。


 ミカエルはニコッと慣れない作り笑いをして膝を軽く曲げた。

 亡命者の男の子、ノアと彼女の目線があった。


 少女が小さな子を思いやる光景。

 軍服を着ていても、それは微笑ましい光景であった。


 ただ……

「どうしたんだい?」

 言葉が、ぎこちない。ミカエルは子どもの扱い慣れてない様子。

 笑うのは申し訳ないとフランシスは口元を隠した。


「あのね、お兄ちゃんの話が間違ってるの。嘘を言ったんだ」

「ほお、なるほど……」

 ミカエルの視線はヴァルトニーニにいく。

 彼は「違う、違う」と手を振った。


「何の話だ?」

 ミカエルが、ヴァルトニーニに聞く。

「無限廻廊の話ですよ。子ども頃、クロノノートの英雄話が子守唄だったので……」


 ノアが「無限廻廊」という言葉に食いついた。

 その勢いは、目の前に差し出されたおもちゃを奪おうと噛みつく子犬のようだ。

「無限廻廊? そんな現象はないよ!!」

 子どもらしい声色。

 それでも「現象」を噛まないでいう違和感。


 ノアは止まらない。


「だって、無限廻廊?」

 笑いを堪えるような仕草……

 まだまだ子どもは止まらない……

「その事象が存在すると仮定。そのような局所時空歪曲が生じれば、外部空間には甚大なカタストロフが発生します。このように、空間曲率が極大化すれば、光路は収束し、観測可能な風景は消失、恒常的な歪曲領域では、エントロピー勾配が崩壊し、生命維持は不可能。英雄の消失は確定事項」

 子どもの表情が無くなる。


 座っていた両親がミカエルを突き飛ばす勢い。

 腕で彼女を退けるようにして、彼らはノアに抱きついた。


 その両親の腕の隙間から小さな顔が覗く。


「誤、無限廻廊。正、知覚のフィードバックエラーの結となります」


 ノアの瞳、その輝きが機械の瞳に見えてしまう。


「この子をそっとしておいて下さい」

 母親は勢いでもってミカエルの質問をやめさせた。


 その様子を見たレオン・ハートフォードの心中は複雑だった。

 ハートフォード伯爵家の私生児である彼の目の前には、かつて優しさを持っていた兄、ヴィクターがいる、しかし、彼の兄は、その面影はすでに失われていた。


 レオンは、それを自分自身の責任だと思っている。

 兄が豹変したきっかけ、

 それは兄が自分が気づかって言った言葉だ。


「ねぇ、父さん、レオンの母さんも呼んであげてよ!」


 列車がトンネルを抜けると明るくなった。


 レオンは、兄ヴィクターの言葉が嬉しかった。

 彼自身、母親と一緒を望んでいたからだ。


 さっきまでの揺れが嘘のように車内は安定している。

 それでも母親は、両手でノアを包み込むようにして必死に守ろうとしている。


 何に恐れているのか?


 ミカエルたちが感じる疑問。


 感情が溢れる母の姿。


 その光景は、レオンの記憶を呼び覚ます。

 ヴィクターの母親が、あの時、見せた感情だ。


 ヴィクターが弟のレオンを思いやって言った言葉。

「ねぇ、父さん、レオンの母さんも呼んであげてよ!」


 レオンにとって救いの言葉。


 そしてハートフォード夫人にとっての悲しみ象徴であった。

「その子と一緒に住むのは耐えられないわ!」


 ここまでがレオン・ハートフォード……ヴィクターの腹違いの弟が持っている思い出の最後。


 ノアを守る母の愛。

 それは、ヴィクターにとって、彼自身が抱く義務の象徴だった。


 ノアとヴィクターの思いが車内で交差する。


 魔導士は物理学も収めている。

 加えてミカエルは士官学校も卒業していた。


 世界のことわりを限定的に否定する概念のエネルギー。

 思いを現実に具現化するのが魔法だ。


 そこには、イメージだけではなく、純然たる法則が存在する。

 世界のことわりを深く知った上で、それを否定しなければならなかった。


 その否定にも礼儀がある。

 概念のエネルギー、その量による対価が必要だ。


 ループ現象。

 局所的な空間歪曲。


 相対性理論によれば、莫大な質量が必要な事象。

 いわゆる局地的に超小型、超質量を発生させなければならない。


 そのような存在があればのどかな風景は吹っ飛ぶに違いない。


 それでもループを成したとして……

 その空間に入った光はどうなる?


 それもループするのではないのか?

 それを魔法で処理して偽装?


 不可能だ。


 無限ともいえる術式を同時に展開しなけれは、光の粒子一つ、一つ……それは、光速を超える演算を無限に、しかも同時に繰り返すことと同義だ。


 ループは存在していない。

 それをミカエルに否定させていたのは要塞司令の言葉だった。

「帝国皇帝はクロノノート遺跡にご執心だ」

 その言葉。

 それが、神話時代の知識であれば可能かもというオカルトをミカエルに抱かせた。


「リンツめ……つくづくと嫌な奴だ」

 ミカエルは、要塞司令、リンツ・ベッカーを思い浮かべる。


 士官交流で出会っていた古い知り合いであり、敬意を払うべき自害をした軍人……


 そもそも、列車の揺れが激しかったあの時に気がつくべきもあった。


 ミカエルは大声で「くそ!」と叫びたい気分だ!

 彼女は指揮官だ。

 常に冷静に判断しなければならなかった。

 くだらないオカルトに思考が引っ張られるのは未熟だからだ。


 しかも、あの揺れ……

 大きな揺れ……


 ミカエルは無線をする。

「総員傾注! 列車にループ現象なし!  繰り返す、ループしているのは外の景色だ! しかも路線を外れているぞ!」


 どうする?

 民間人の安全は?


 彼女が、恐れる可能性は、何らかの妨害組織があったとして、その者たちが民間人を盾、または人質として利用することだ。


 しかし、今となっては、その時に対処をするほうが良いと思う。

 臨機応変が良い言葉とは思わない。


 しかし、この時は、出来ると信じるしか無かった。


 路線を外れたとして(ほぼ確定)列車の終着駅が不明だからだ。


 偽憲兵は3号車まで来ている。

 直ぐに扉がノックされるはずだった。


「総員、乗客に伝えよ! これより、急停車を実施する!」


 ミカエルは2号車の各々が席に着いたことを確認した。


 フランシスがミカエルに心配そうな声をかける。

「中尉も席について下さい」


 彼女は否定した。

「心配、感謝する。しかし、私はマヌケの相手がある」


 2号車の扉がノックされた。

 ミカエルは、とは向こうにいるであろう憲兵に告げる。

「暗号は、ミカエル・ダヴェンポートの年齢だ」


 ありもしない暗号。

 正解は「暗号はない」だ。


 扉から声が返ってきた。

「28才、28才だ」


 ミカエルはムッとする。

 丈が合わない軍服。折り曲げた袖を指でつかみ、ほほをふくらますぐらいにはムッとした。


 これは理屈ではない感情だ!


「アイアン・ビースト、ガトリング軍曹! 直ちに急停車実施!」


 その叫びと共に、ミカエルはドアを蹴破る!

「誰が、28才だ! わたしは、ピチピチの10代だ!」


 意味不明の叫び。

 ドアは蹴破られた。


 そして戸惑うのはフランシス准尉だった。

「えっ……? いや……中尉……28才ですよね……??」


 フランシス准尉は、ミカエルの誕生日を覚えている。

 孤児であるミカエル。

 正解な誕生日は不明。

 それでも、孤児院では『冬の祝祭』その日を誕生日としていた。

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