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第四一話 列車が揺れる

 ー8号車「ブラッドハウンド」憲兵隊車両


 内装は意外なほど質素。

 灰色の壁に、簡素な木製の座席が並ぶ。余計な装飾は一切なく、無駄を削ぎ落とした実用的な空間だ。


 しかし、武装だけは過剰なほど充実していた。

 壁際にはライフルやカービン銃が整然と掛けられ、床には弾薬箱が無造作に積まれている。拘束具や防護盾が散らばり、床にはライフルが転がる。

 車両の隅には簡易な取り調べスペースが設けられ、そこには人影があった。


 先ほどまで、この車両にはミカエルの無線が響いていた。

 協力要請の無線……


「要請には従えません、ダヴェンポート中尉。監視任務のため、定時巡回は継続。その際は、ご協力を願います」

 憲兵の冷静な声が返る。そして、無線を終えた彼の口元には、わずかに薄い笑みが浮かんでいた。


 突然のミカエルの無線割り込み。

 本来、憲兵隊の専用回線に軍が侵入するなど前代未聞の出来事だが、憲兵たちは動揺しなかった。冷静に対応していた——少なくとも、表向きは。


 護送列車は決められたレールの上をひたすら走る。

 継ぎ目を踏むたびに、車内は小刻みに揺れた。

 窓の外を流れる景色を、乗客たちがじっと眺めている。


 ……壊れた映写機のように、同じ風景が繰り返される。


 ーー2号車「ホワイト・ファルコン」


 ミカエルは憲兵の無線の返答を分析する。

「定時巡回は継続」この言葉の真意は何か。


 単なる拒否ではない。

 指揮系統が異なる以上、憲兵隊が軍の要請を断るのは不自然ではない。だが……


「定時巡回は継続、異常があれば排除」


 憲兵たちもループ現象に気づいているはずだ。

 それなのに、有事に対する警戒が感じられない。妙に落ち着きすぎている。


 ーー冷静すぎるのだ。


 ミカエルは無線を飛ばした。

「憲兵諸君、了解した。2号車を通過する際は、合言葉を厳守せよ。どうぞ」


「了承した。合言葉、確認済み。以上」


 憲兵の返答に迷いはない。


 ミカエルは指先でそっと耳元の髪をいじりながら、微かに口角を上げた。

「……演技派だな。どんな合言葉か楽しみだ」


 そもそも、合言葉など存在しない。

 そもそも、憲兵隊の定時巡回はミカエル自身が丁寧に断っている。 それを無理に押し通そうとするなら、何か裏がある。


「総員傾注、憲兵隊の通過を許可せよ。各自、門を開けよ。マナー違反の客の歓迎はファルコン(2号車)で引き受ける。以上」


 ミカエルの目は冷静に分析を続ける。

 ——憲兵隊に異常がある。

 それも、内部の問題ではない。外部からの介入だ。


 憲兵隊に扮している者たちが、すでに乗車している。


 侵入経路は?

 最後尾、乗員詰所(9号車)——そこが無事かどうかも、今となっては怪しい。


 本来なら、8号車以降を切り離すのが最善策だ。

 実際、そのための準備は整っている。


 護送計画の段階で、万が一の緊急事態に備え、連結の切り離しと後続列車への警告方法は確認済みだった。

 鉄道局との打ち合わせも終え、ミカエルの部下たちにも手順を共有済みだ。


 ……だが、今は列車がループしている。


 切り離した車両がどうなるか、保証がない。

 むしろ、切り離した車両が先回りして前方に現れる可能性すらある。衝突の危険性……


 ### **修正後**


 いや、それ以前に……


「ビースト(機関室)に命ずる。繰り返す、ビースト、直ちに減速せよ。少し時間を稼げ」


「ビースト、了解」


 ガトリング軍曹の応答の後、無線の切りが遅れたせいで「おま……」という声が漏れた。無線を聞いていた者たちは、頭の中で自然と「おまえら、減速しやがれ」とつなげていた。


 しかし、ミカエルは列車を完全に停止させるという選択肢は最初から除外していた。なぜなら、列車は走り続けているからこそ隔離されているのだ。


 ミカエルは折り曲げた軍服の裾を軽くつまみ、車内を歩き回る。

 小刻みに揺れる車内に合わせ、銀白色の髪が柔らかい曲線を描いた。


 列車が大きく揺れた。

 どうやら、線路に大きな継ぎ目があったらしい。


 彼女の視線がふと座席に向かい、亡命者一家の父親、エリックと目が合った。

「あなた方は、落ち着いていらしゃいますね」

 ミカエルは少女らしく微笑みかけた。


 その可憐な姿で語りかけられて、嫌味に感じる者はいない。

 彼女は無意識のうちに、自然とそう振る舞っていた。それは、亡命者の男の子とその両親に、心から感心していたからだ。


 親が慌てなければ子は平静を保ってる。

 ミカエルはそう思っていた。


「いえ、私の息子の面倒を、あなたの部下の方がよく見てくださっているからですよ」

 父親のエリックは、照れくさそうに眼鏡をいじっていた。隣に座る母親は、ミカエルに丁寧にお辞儀をした。


 ミカエルは、父親を学者と判断していた。帝国の軍事的な機密を知っている可能性も考えたが、尋問は自分の性に合わない。その役目は別の機関の仕事だと割り切っていた。


 しかし、今はその知識を借りるべき時だと判断する。

「ループという魔法は存在しますか?」

 ミカエルは、事態の核心を突いた。


 ある程度の対策は講じた。

 次にすべきは、このループ現象の真相を究明することだ。


 彼女の耳には、無線機からの報告が次々と入ってくる。

 4号車では、乗客たちが列車を止めろと騒ぎ始めている。

 最も厄介になると予想していた5号車では、「止めろ」「止まるな」「軍人さんに従え」と、乗客同士の言い争いが始まっていた……


「そんな魔法は聞いたこともありません。今の私にはどうにも……」

 父親のエリックは首を振り肩を落とす。


 なら「昔」なら知ったいたのかとも思うが、詰め寄っても仕方がない。解決するのはミカエル自身だと割り切りもしていた。


 エリックが問うてきた。

「あなたは、どうですか?」

「さて」

 ミカエルは小さなかたをすぼませて首を振った。

 そして彼女は愛らしい唇を強く結ぶ。

 そして

「どちらにせよ、無事に送り届けることを約束いたしましょう」

 とだけ伝えた。


 子どもが大きな声を出した。

「違うよ! お兄ちゃん!! 全然、間違ってる!!」


 耳に報告も入ってきた。

「こちらオーバーウォッチ(7号車)土産を持った憲兵が通過した。以上」


 偽憲兵が、ミカエルたちへと向かっていた。

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