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第四話 不条理

 天才は理屈を超える。


 ステラ嬢は、光学術式を体系化したが、その術式のなぜそうなるを説明しない。だが、文句を言うものはいなかった。


 空に描かれた四つの魔法陣。

 いつのまにか、明るくなっていた空は夜に戻っていた。


 遠く地平の彼方には太陽が顔を出したいうのに、星々は天高くきらめきはじめた。


 その全てを打ち消すように魔法陣の輝きがまばゆい。


 あたり一体の光が、そこに集積されているからだ。


 学者なら、魔法陣が重力レンズの代わりに成していると……そして、それは、光が質量ゼロであることをふまえ、魔法陣が空間を歪曲させていると推測するだろう。


 やがて、歪曲された空間は地表に及ぶ。

 木々が根本からぬけ空高く舞い上がる。

 やがて、それらはキラキラとした光になって魔法陣へと消えていく。


 ダヴェンポート中尉たちがいる場所からも、遠目にその様子が見られる。


 浮かび上がった敵軍らしき戦車の末路を見た時。


「気の毒な花火だ」

 と彼はつぶやく。


 懐中時計は、作戦開始の時間になっていた。


 あれに巻き込まれるのは御免だな……

 ただ、「不可能を可能にする」というグランツ中将の言葉が頭にはあった。


 一瞬の躊躇ちゅうちょ


 そして、

「出るぞ!」

 の後に、

「作戦終了後の皆の休暇は申請しておいた。たがら、一人も欠けることは許さん!」

 と叫ぶ。


「死人の名前は、却下されるに違いないですな」

「そりゃそうだ」

 などとあいづちを打ちながらついてくる。


 小隊各員に余裕が感じられる。

 流石は我が戦友といったところだ。


 陸戦魔道と肩書きは伊達ではない。

 身体強化された肉体の運動能力は、およそ人の領域を超えて、内燃機関を備えた車両程度の速度に達することができる。


 一陣の風となったダヴェンポート中尉が敵陣へと駆けはじめた。


 ハートフォード副隊長の「行くぞ!」の声。


 空中機動ライフルのまたがった兵士たちが宙に浮く。


 フランシス准尉が副隊長の言葉に補足を入れる。

「対地高度は100以下、頭を上げるな! 必中術式の餌食になるぞ!」

 彼女の言葉は、屈強の兵士にも響く力が込められている。


 ダヴェンポート中尉ひきいる『悪夢ナイトメア』小隊には、これより先は、グランツ中将を信じるしかない。


 頼むからステラ嬢を上手く使ってくれ!

 あれは、絶対になにも考えてないぞ!


 と中尉は、心の中で叫んでいた。


 本陣の後方。

 砲兵隊の構える一角にステラ嬢率いる小隊が鎮座している。


 天空に輝く四つの魔法陣、その術式展開を、彼女が一人でおこなう。


 流石に、冗談? いつも本気かもしれないが……言葉を発する余裕はない。


 彼女は部下たちは、何人かは周囲を警護するよう行動をし、残りは、砲台をいじっている。


 ステラ嬢と砲兵たちに合図を出すのは、グランツ中将自身が買って出た。その時は、「カッコイイ役はワシじゃ」などと軽口を叩き場を和ませていた。


 今は、誰も彼も真剣。

 ただただ、中将の一挙手一投足に注目していた。


 中将が手をあげ、そして、振り下げる。


 ただそれだけで、全てがはじまる。


 ステラ嬢は、一言、

「天雷」

 と言う。


 魔法陣に集積された光は、光粒子プラズマとなって地面に注がれた。


 それらが地表に到達するまでは一瞬もかからない。

 きっと刹那よりも短く、およそ神ですら測ることが叶わない時間の最少単位。


 全てが色を失う。


 それでも、数千の砲弾が本陣が敵、最前線へと打ち出されたの流石というべきだ。


 四つの光の柱が地表の全てを奪う。

 そして、数千の砲弾から敵最前線へと打ち込まれた。


 光と爆炎の共演は、派手な花火という言葉以上に大スペクタクルを展開する。


 帝国側。

 カラドール山脈、この渓谷に位置するセヴリョウス要塞でも王国の第一撃は観測された。


 ことの次第を司令官に伝える伝令の息は荒い。

「以上、王国の第一撃の威力凄まじく。前線の被害甚大。今もなお、苛烈な砲撃が継続しております」


 ただ可哀想に、この伝令の興奮とは裏腹に司令室は落ち着いていた。


 幾人かいる佐官の一人が、

「戻りたまえ」

 と言ったのみだ。


 伝令は素っ頓狂な表情をするも、大人しく司令室を出ていく。


 眼鏡をかけ、やせた将官はため息をつく。

「つまらん、情報部の言ったとおりだったな」


 青白い彼こそ、この要塞の司令官だった。


「それでは兵を引くべきだったのでは?」

 一人が司令官に詰め寄る。


「必要な犠牲だ。致し方なかろう」

「しかし……」


 司令官は、作戦台に広げられた地図を長い指揮棒で最前線を差しから、王国軍が展開している地域から要塞の方へと線を引いた。


「手薄すれば、奴らは進軍してきて要塞に直接、打ち込むのでは?」


 指揮官は極論を言っている。

 実際は、前線を下げる形になるだろう。

 そうすると結局……という訳である。


「王国で最大火力を誇る光のステラ、彼女もしばらくは撃てまい。それに、彼女は、戦場では扱いにくいと聞く。魔法を極めた、マスタークラス。その豪華な固定砲台という評価が正しいだろう」


「犠牲者は、百は下らないそうです」

 ある佐官の肩が震えている。


「君、下がりたまえ。戦争に犠牲は必要だ。感情でなく数字で論じられるようになるまで休むほうが良い」

 司令官は、付き添いに連れられ出ていく彼を見送った。


「勘違いするなよ。我らが兵士、その命を奪ったのは王国の奴らだ」

 指揮棒が王国陣内を叩きつける。


 幾度も、幾度もだ。


「術式は『天雷』というそうだ」

 司令官がつぶやく。


「さて、高名な『光のステラ』は、ひとまず置いておく。もう一人、新進気鋭のネームドが投入されているらしい」

 指揮棒は最前線で止まっている。


「光学術式が展開されたのは四箇所」

 その場所を指揮棒が正確に指していった。


「昨年、我らが帝国、屈強な帝国軍……その大隊を、ほぼ一人で殲滅させた王国魔導士の名前を覚えているか?」

「はっ、帝国の『悪夢ナイトメア』、ダヴェンポートであります」

「奴め、この戦果を持って、今でも、陸戦魔道の小隊長に出世しているらしい」


 青白い司令官の顔。

 そのほほが少し熱をおびたように見える。


「感情は判断を誤らせる」

 司令官は、なぜか、深呼吸をした。


「王国の大物魔導士が、この戦場に二人来ている。『光のステラ』と『悪夢ナイトメア』だ。最終的には、この二人とも狩るつもりだ。最初の……」

 指揮棒は、一箇所を指し示し、そこを中心として円を描く。


「目標は『悪夢ナイトメア』だ。奴め、一小隊でこの要塞に突っ込んでくるらしい。なら、歓迎しようではないか」


 皆が司令官に敬礼をした。


「帝国魔道の真髄を奴に見せてやる。『天眼』につなげ! 王国の奴らに不条理を教えてやれ!」


 司令室は息を吹き返したかのように慌ただしく動き出した。

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