第三話 天雷の合図
ダヴェンポート中尉とフランシス准尉は、小隊が待つ方へと進む。
すれ違う兵士の雑談が耳に入る。
「あいつら、ずっと直立不動だぜ」
「武闘派の陸戦魔道だよ。関わらない方がいいぜ」
「バーカ、俺だってお貴族さまには近寄りたくねぇーよ」
「平民出だよ。軍服に家紋の刺繍がないからな」
「どちらにせよ」
「陸戦魔道は脳筋だからな」
知ってたけど、もしかしたらステラ嬢の扱いよりひどいかもしれん。
彼女は、あれでも光学術式の第一人者だ。
対空防御に欠かせない必中術式。100m四方に障害物が無ければという欠点があるも、空間内の物体を魔力的に識別してマーキングするというのは、彼女が体系化した光学術式があってこそだ。
「ダヴェンポート中尉、舌打ちは控えてください」
彼の隣に並んで歩く、フランシス准尉は、笑いをこらえ肩を揺らしていた。
確かに異様だな。
先程、すれ違った兵士たちが歩いてきた方向に、周りとは一線を画す集団がいる。
我が小隊は、なんともまあ……律儀だな……
ダヴェンポート中尉は、小隊のそばに来て発した第一声は、
「楽にしろ」
だった。
周囲に溶け込めるよう適度に列を乱せとの意味も込められていたが……
より一層、小隊には緊張が走ったようで……
彼らは、ビシッと姿勢をより正すとダヴェンポート中尉の次の言葉を聞き逃すまいと、彼を注視している。
「なんで?」
と中尉は小さな声でつぶやきもれる。
フランシス准尉は、小走りで列に戻る間際、
「いつもと同じだからですよ」
と言い残し去った。
確かに!
最初の一言は「楽にしろ」だったかも……
フランシス准尉と代わって、ハートフォード副隊長が駆け寄ってきた。
「ダヴェンポート中尉、自分を含め小隊25名、揃っております」
中尉に対して敬礼をするハートフォード副隊長の胸元に家紋の刺繍はない。私生児だからなんだろう……
一方、もう一人の伯爵家のご子息、ダヴェンポート中尉に熱い視線を送っているヴァルトニーニは、本人の希望に違いない。彼の理由は、少し傲慢に思える。
それにしても、ヴァルトニーニの奴、少し生傷が増えてないか?
「なにか?」
「ハートフォード君、すまん。少し考え事をしていた」
副隊長が勢いよく敬礼を下すと、肩に刺繍された隊章が見える。小隊各員にダヴェンポート中尉自らが術式を刻印したロザリオを配布している。
そのロザリオは隊章としての機能も果たすが、肩口の刺繍は、少し違う。
「ロザリオと杖の隊章……次に配給される軍服には、隊章のした部隊呼称が刺繍されるそうた」
「中尉は、それは、とても名誉なことです。それで、部隊呼称は何と?」
「悪夢だそうだ」
ハートフォード副隊長は、誇らしげな声を上げる。
「皆、聞いたか、部隊呼称は『悪夢』だ!」
小隊各員は感嘆の声で応えた。
杖とロザリオの下に『ナイトメア』の刺繍だとぉ!
冷静になって考えるて正に悪夢だ!
「列を乱すことを許す。ハートフォード副隊長は、フランシス准尉から話を聞いておけ! それと、ガトリング軍曹とヴァルトニーニは、こっちへ来い!」
列が少し乱れる。慌てた様子で二人がハートフォードの元へ来た。
身長2メートル越えのガトリング軍曹、今日は対戦車砲を抱えているので、さらに巨体に見える……と昨日、ダヴェンポート中尉に反抗的だったヴァルトニーニだ。
「ヴァルトニーニの生傷の説明をしろ」
なになに?
二人の説明によれば、ヴァルトニーニが自分より実力が劣る奴には従わないと言い出し、それでちょっとした運動をしたとのことだ。
「つまり、暴力ではないと?」
ここは、念を押しておく。
部隊内での暴力沙汰は御免だ。
筋肉では、なにごとも知的に解決したい。
陸戦魔道は決して脳筋ではないのだ!
「喧嘩上等だ!」
「はい、運動です!」
物騒なことをいうヴァルトニーニより、知的なガトリング軍曹の声が大きい。
「よろしい。運動であれば結構なことだ。次は、私も呼びたまえ」
とダヴェンポート中尉は、二人に言っておいた。
「望むところだ! 次は、負けねえ!」
次?
まだ、ヴァルトニーニとは運動をしたことはないが……
昨日、ダヴェンポート中尉がヴァルトニーニの腹に放った一撃、
「あんなもの、運動に入るはずもないな」
と彼の考えが漏れ聞こえる。
それを聞いた軍曹は、ガハハと笑いながらヴァルトニーニの頭を小突く。
暴力はいけない。それが愛情表現でも微妙だろう。
だが、我らは兵士だ。
つまり、王国の暴力装置。
出撃の時は近い。
「総員傾注! 出撃に備えよ! 後方C、D分隊は空中支援だ! 準備せよ!」
ダヴェンポート中尉は、号令を発する。
その声に、小隊はもちろん、その他の関係のない兵士たちも緊張し襟を正すほどだ。
ずいぶんと明るくなった空に魔法陣が描かれている。複雑な幾何学模様、そして、何処となく人の心を魅了する芸術性が感じられる魔法陣だ。
その数は四つ!
それは、グランツ中将が打ち上げると宣言した数と一致する。
ステラ嬢の光学術式だ。
世界随一といっていい光の使い手!
自称聖女……時折、女神か……が、全てを木っ端微塵にブッ飛ばすと自慢する威力!
「こうして見ると、打ち上げるというより、打ち下ろしだな」
ダヴェンポート中尉は知らないが、ステラ嬢は、この術を「天雷」と命名している。正確に言うと「ビューティフルサンダー」と彼女は命名したが、グランツ中将が却下し「天雷」となった。
魔法陣の輝きが限界に近い。
「皆、俺について来い!」
ダヴェンポート中尉の出撃に皆が合わせる。
陣の後方からは、砲撃の音が響きはじめた。
四つの天雷が敵の最前線に落とされると、その激しい輝きで、全ては色を失った。