第二七話 つなぐ
『天眼』のクライブ。
彼が焦がれる平和には彼女が必要不可欠だった。
イズモは同志だ。
だが、マリー違う。
例えば誰もいない世界。
そこは争いはなくひどく静かで平和だろう。
そこに意味を見い出せる人は狂ってるに違いない。
大切な人が平和に暮らし幸せを感じられる世界。
自分がそこにいなくても、それこそが意味ある平和だ。
クライブは一歩前に出た。
その時は誰も気が付かない。
マリーは『無限の冬』この凍夜の中、全てが凍え沈黙を強いられている世界、だが、彼女の吐き出す息の白さは、唯一、熱気を感じさせる象徴になっていた。
イズモは刀を構え重心を低く置く。
まるで静寂に佇む岩のようだ。
そこに込められた想いは強固なものに映る。
その刃に込められた決意は、なによりも重い。
ミカエル・ダヴェンポートはイズモの剣が自身には届かぬと体感していても、行く手を阻む大岩は無視はできぬと感じた。
ミカエル・ダヴェンポート。
『昼のマエストロ』そして『夜のプリマドンナ』
昼の指揮は『マエストロ』という異名に相応しく仲間たちを一糸乱れず統率をしてみせた。
『夜のプリマドンナ』は『無限の冬』とともに顕現し、天使の歌声と神の旋律で世界を静寂に導いた。
その根源。
神話の時代より人の血に眠り脈々と受け継がれて眠っていた『冬の魔女』の因子。
静寂を願い、それに絶望した『終わりを告げる魔女の因子』
それが戦う相手を得て歓喜した。
身体の彼女は心の中の彼に、この先は委ねると決めた。
ミカエルが動こうとする。
彼女の狙いはイズモだ。
マリーは強敵と認識している。その戦いの最中、小石につまずき思わぬ結果に……などという懸念を払う為でもあった。
クライブは一歩前に出ていた。
その時は誰も気が付かなかった。
嵐の前の静けさ。
誰もが敵を倒そうとしている最中。
静寂に人の声はよく響く。
「やめろ! やめろ! 本気じゃない奴を相手にはするな!!」
マリーはクライブを見てしまった。
イズモはジッと主の言葉を耳できく。
ミカエルは「本気じゃない」という言葉に異を唱えたい気持ちだ。
彼女は多少、本気になりかけていた。
ミカエルが口を開く前にクライブが言う。
「狙いは俺だっただろ? 『悪夢』……いや、ミカエル・ダヴェンポート中尉殿」
ミカエルが小さく目を細めた。長いまつげがわずかに揺らぐ。
彼女は油断なくマリーの様子を窺う。
クライブの嘆息。肩を軽くすくめ、半ば呆れたような演技をする。
「彼女は兵士でない。軍服を着てないだろ? ダヴェンポート中尉、あんただって本意じゃないはずだ」
クライブにとってこれは賭けだ。
『ヘルメスの眼球』たちが戦いを望んでも、彼は反抗する気だった。ミカエル・ダヴェンポートを倒すのは昼しかないと彼は断じる。
そして、どんなに、わがままと非難されようが、マリーの命が危険にさらされることが、吐き気がするほど嫌だった。それが頭の中で理由を言語出来ていなくても絶対に駄目だと本能が叫んでいる。
「軍服を着ていない……」
ミカエルがクライブの言葉を小さな口で反復した。
彼女とて言われて見ればという思いがある。
エプロンドレスに黒いワンピースのメイド姿。
初めて彼女を見たときの疑念がよみがえる。
魔力を帯びていた銀白色の髪が、警戒おさまる。
張り詰めていた毛並みが、風に撫でられたように静かに落ち着く。その様子は警戒を解いた子猫のように見えてしまう。
マリーもつられるようにして力を抜く。
イズモは構えを解くことはすれ、侍らしい自然体は崩してはいない。
戦場の空気は和らぎ。
ミカエルの次に皆が注目をしている。
そして彼女は言った。
「貴官の言葉は、『投降を申し出た』と受け取って良いのか?」
銀白色、背丈に合ってない軍服はぶかぶかの萌え袖姿になっている。
軍人口調は違和感でしかない。
ただその一音、一音に込められたミカエル・ダヴェンポートの意思は確かで強かった。
「投降? 違うぜ……これは、交渉の申し出だ。戦争はそうでなきゃ……意味がない」
クライブはわざとらしく要塞を見た。
結界で覆われた要塞は静かに構えている。
そこを沈黙させることが『悪夢』の目標だ。
目の前の敵を倒すことは、その過程でしかない。
それしても……とミカエルは呆れる。
クライブは堂々を装っている。その演技は完璧だった。
どこにも怯える素振りはない。
『夜のプリマドンナ』
『終わりを告げる冬の魔女』の顕現。
その圧倒的な力をミカエル自身、感じていた。
自分自身ですら底が知れない力だ。
我を失えば敵味方問わず滅ぼしてしまう力。
記憶に無いとはいえミカエルは、ポートランドの惨劇を忘れはしない。
今度は、ミカエル・ダヴェンポートが肩をすくめる番になった。
「貴官は狡猾だな」
クライブも同じ仕草で返す。
要塞攻略戦。
この戦いは幕開けから派手に、そして、今となっては敵味方共に多くの犠牲を出している。
ミカエル自身、部下を失う経験をしたばかりだ。
仲間の無念を晴らすために全ての敵を倒し続ける。
復讐心……
普通なら感情で戦いを継続してもおかしくない状況。
メンタルの弱い者であれば囚われても仕方がない……
『天眼』のクライブは飄々としている。
単にこれ以上の犠牲を出したくないのか、それとも何かを狙う策士なのか……
ただ……どちらでも構わないとミカエルは思う。
目の前にいる男が軍人たると思えたからだ。
「昼間の狙撃には悩まされた。あれは貴官の仕業だな」
ミカエル・ダヴェンポートは昼の一幕を思い出した。
遠くからの狙撃。
彼女自身、何度か被弾した、あの昼間の激戦を思い出したのだ。
そして、なぜか、それが彼の仕業だと確信していた。
「あの時は俺もお前には驚かされた……『天眼』のクライブ、『天眼』……この二つ名だけでも覚えておけ。次は、お前を倒す」
クライブは片目閉じると、指鉄砲で「パーン」とミカエルを撃つ真似をした。
笑える奴。
これはミカエル・ダヴェンポートの率直な感想だ。
「貴官は部下に恵まれたな。昼間の部下に感謝しろ! さあ交渉をしようではないか……それと、次も俺たちが勝つだ」
彼女はむふーとしたドヤ顔を見せた。それは、大人に勝った子どもが見せる少女の自慢げな笑顔だった……なんとも憎むことができない表情だ。
だが、そこには確かな軍人としての誇りが混じっている。
そして、『俺たち』という言葉には彼女が率いていた部隊に対する思いも垣間見れた。
この時、昼間の配下たちの奮戦を誉めるミカエルの言葉に、クライブも救われていた。
クライブが配下に憑依していたことをミカエルは知らない。
操り人形だったと言いかえてもいい状態だ。
それでもクライブは知っている。
『ヘルメスの眼球』その魔力供給の辛さを。
そして、それに耐え、見事な仕事を成した彼の配下の凄さを『天眼』のクライブを知っていた。
「俺も優秀な部下には感謝してるさ。さあ……交渉だ。お互い、次に繋げる義務を果たそうぜ」
マリーはため息をはく。
クライブはもちろん、王国の軍服を着た少女姿の軍人にも呆れるばかりだ。
イズモは黙ったまま自然体を解く。
宇宙に浮かぶ人工衛星『ヘルメスの眼球』たちも、この交渉を見守ることに決めた。
彼らは彼らで次の繋ぐ収穫を得たからだった。




