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第二五話 冬の魔女

 夜空から細氷さいひょうが降り注ぐ。

 闇夜にキラキラと光る凍りの粒。

 風に舞い、ゆらめきながら降ってくる。

 満天の星空が地上に降りてくる。


『天眼』のクライブは、美しさゆえに感じる絶望を初めて知った。


 彼は四人の配下を失っている。

 帝国軍の犠牲も多い……もっと、もっと多い。


 その全てが無意味になる瞬間が迫ってくる。


「『終末を告げる冬の魔女』か……」

『ヘルメスの眼球』たちはクライブに告げた。


 およそ魔法でどうこう出来る相手ではない。

 冬の魔女は魔法を否定する。


 クライブたちが生きているのは『ヘルメスの眼球』から無尽蔵の魔力供給を受けているから……だが、それも辛うじてといったところだ。


 イズモの吐く吐息は白い。

 それが、たちまち輝く氷粒こおりつぶに変じる極寒。


 黒光りした刃にも氷が張り付き、刀身を曇らせる。


行光ゆきみつ……あれを斬れるか……」

 彼は、震える手を懸命に抑えながら、刀身に語りかける。


 その日本刀の銘を『不動ふどう行光ゆきみつ』という。先祖代々受け継いできた由緒ある銘刀だ。


 黒光りするやいばの切れ味するどく。

 魔法ですら一刀両断して見せる攻防一体のかたな


 イズモはクライブとマリーをチラリと見る。

 そして、彼らの幼かった頃を思い出す。

 無邪気だった彼ら……いつも二人は兄妹のように一緒にいた。


「ああ、そういえば、あいつら……剣舞していると、いつもじゃれついて邪魔をしてくる……」

 口はわずかにしか開かない、声にならない言葉を思い浮かべる。そこに情景がかぶってくる。


 幼いクライブは、彼がかたなで魔法を斬ってみせると手を叩いて喜んでいた。その隣でままごと遊びをしたいマリーはふくれっつらを見せイズモを叩いてくる。


 叩くならクライブじゃないのか? などという疑問も懐かしい。


「年下に仕えるのも悪くない」


 相変わらず吐く吐息は白く、それが直ぐに凍る。

 まつげにも霜が降り、視界の邪魔をしていた。


 血が凍る気配。

 彼は腹の下にある丹田に力を込める。

 そして低い構えをした。


 クライブは諦めないだろうし、マリーはきっと無理をする。


 だから彼は命を賭すると決めた。

 クライブの配下になった時からの決まり事だ。


 そして、さむらいとしての決意、主君を守る、その務めを果たす時。それが、ここだと彼は構えた。


 ミカエル・ダヴェンポートは全てを見下ろしていた。

 腰の辺りまで伸びた銀白色の髪は、時より風にあおられ扇のように広がり踊る。


『無限の冬』に舞い降りた『終わりを告げる冬の魔女』は、その透き通った表情とは裏腹に戸惑っていた。


 過去二回(一回目は記憶が曖昧)は、顕現すれば決着がついていた。


 だが、今回は足元を見れば敵がかたなを抜いて戦う構え。その気配はただならぬ決意をミカエルに感じさせる。


 さらに二人、一人は軍人、そして……侍女じじょがいる。

 白いエプロンドレスに黒いワンピース、その背丈からかなり若いと察せられる。


「ここは戦場だぞ……いったい、どうなってる?」


 そして仲間たちの気配。

 フランシス准尉やガトリング軍曹たちの気配に安心もする。


 最後に標的である要塞は、結界に覆われ恐らく無傷と推察された。


 どれほどのことが出来るのか、ミカエルは戸惑っている。ミカエル・ダヴェンポートにとってもこの先は未知でもあった。


 ただ見下ろされる彼らは、正に心臓の凍る思いだ。


 圧倒的な存在から冷ややかな視線。

 そこに一片の慈悲も感じさせない。


 天を覆う鳳凰ですら瞬殺だった。

 数百という帝国兵が一瞬で散ったのも事実だ。


「……なぜ来ない」

 クライブは指に魔力を込める。すると以前は青く輝きだした指先が瞬時に凍る。漏れ出す魔力に氷が集まる。それでも無尽蔵の魔力を捻出。


 今度は地上を隆起させた槍ではない。

 宙に無数に存在する細氷を利用した。


 氷のやいばでミカエルを貫くのが狙いだ。


 ミカエルの方は、そのやいばを認識していた。

 ただ、彼女は華奢になった自分の身体に慣れていない。


 以前より小さくなった身体のせいで軍服は少しぶかぶか萌え袖だ。


 だからこうなる。


 ミカエルの目には全てがコマ送りでハッキリと見えていた。


 宙に浮かぶ細氷が魔力を帯びる。クライブの魔力だ。

 一つ一つ小さな粒が集まり固まり形を成していく。

 数百を超える無数の刃。それらが全て彼女に向かってきた。


 だが、彼女にとっては全てがゆっくり、穏やかに進んでいる。

 一瞬の集中力が彼女に悠久の時を与えていた。


 心の中の彼と彼女は不一致の不協和音。

 目で捉えていても身体が言うことを聞かない。


 ミカエルは一つ目のやいばに手を伸ばした。

 ふるとどうだ、全ての時は戻り、彼女は悠久を失った。


 結局、全てがミカエルに命中したように見える。


 ただそれは見えただけで、全てはミカエル・ダヴェンポートには触れることすら敵わない!


 彼女に触れようとした物全ては凍るだけだ。


 クライブは次を考える。

「そうなると思ったぜ」

 彼は再び、ミカエルを指差した。


 これは宣戦布告ではない。

 魔力をそこに集めるためだ。


 宇宙そらに浮かぶ人工衛星『ヘルメスの眼球』……クライブの眷属たちが彼を全力で支援をしている。


 神話に終わりを告げた『冬の魔女』は『ヘルメスの眼球』たちの真のあるじ、全智の存在にとって最大の敵だ。


 クライブの身体を無尽蔵に駆け巡る。


 全ての魔力を否定する『無限の冬』は彼にとっては意外なほど相性が良かった。いつもなら身体を破壊してしまう『ヘルメスの眼球』たちからの限界を超えてくる魔力供給が『無限の冬』の魔力否定で緩和される。


 指先で指定した場所へただ魔力を放つ、そこに集約をさせていく。


 狙いはミカエル・ダヴェンポート。


 彼女は、クライブの狙いを直ぐに察する。

 一瞬の集中力で全てを見抜き予想する。


 氷の膜がミカエルの周辺に出来上がりつつある。

 それは、まだ薄くもらい氷だ。


 それらが互いに手を伸ばし、その身を重ねようとしている。


 クライブの狙いはミカエルを氷に閉じ込めることだ。

 それも、とてつもない大きさの氷塊にするつもりだ。


 跳ぶか、動くか、防ぐか、攻めるかの選択肢がミカエルの頭に浮かぶ。


 身体に思うように動かない中、攻撃手段を彼女は一つしか知らない。


 神秘的な歌声が響く。

 ミカエル・ダヴェンポートはソプラノを歌う。発声練習のような曲調、それでいて美しい調べ。


 それ音色の意味を誰も知らない、ミカエル・ダヴェンポート本人ですら知らないことだ。


 ただ、彼女の中の深い深い記憶に眠る調べをたどりミカエルは、声を発す。


 その音色は天使の歌声。

 その調べは神の旋律。


 音が世界を取り戻す。

 全てのことわりを正しく戻す。


 ミカエルを閉じ込めようとする氷塊は砕ける。


 フランシス准尉やガトリング軍曹の周りに突き出た岩の槍も氷になって砕けて散った。


 そして、ミカエル・ダヴェンポートが立っていた夜空に突き上げた鋭峰も氷になってキラキラと砕けて消えた。


 足場を失ったミカエル。


 自業自得とはいものの彼は「きゃっ」と悲鳴を上げてしまう。


 その一瞬、彼女は顔を赤くする。

 冷静冷徹な『昼のマエストロ』であるミカエル・ダヴェンポート。


 そこに覗く乙女の部分に彼女の中の彼は顔を赤くする。


 そしてもう一つ、頭によぎる言葉。

「やだ、パンツ見えちゃう」


 などという戦場に似つかわしくない思いに彼女は呆れる。


 なのに、勢いよく地上を目指すミカエルは、少し内股でスカートを抑えるような仕草。


 もちろん彼女は軍人なのでスカートではなくズボンを履いていた。

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