表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

23/62

第二三話 時は満ちた

 イズモがまとう炎は、篝火かかりびのように高く燃え上がる。そこから噴き上がる火の粉は、一粒、一粒が赤い。赤く燃え上がった羽虫のようにフラフラと風に踊りながら天高く消え、やがて、夜空の星となる。


『天眼』のクライブはライフルを支えにするように立つ。

 その瞳は青く輝く。


 夜の闇に、二つの瞳が不気味に輝き出していた。


 そして、遠い宇宙そらでは、『ヘルメスの眼球』たち、神代の人工衛星は活発を取り戻す。『天眼』のクライブへの魔力供給はすぐに整う。


 ただ、その配下、イズモの東洋魔術術式に少し手間取る。


 術式体系の異なる、それへの魔力供給は『ヘルメスの眼球』たちは、いつも戸惑いを隠せない。それでも彼らは「ジジジ……」「ジジジ……」と交信を交わし合い、イズモへの供給波長を合わせていく。

 イズモの詠唱は第二節、力の集約の段階だ。

煉炎れんえん赫々(かくかく)として燃え広がり ……」


 炎をまとっていても、その姿は驚くほど無防備に映る。


 実際、ダヴェンポートから、彼の目からイズモのまとった炎は辛うじて視認できている。

迂闊うかつすぎないか……」

 彼のつぶやき、最前線で詠唱魔術とはあまりにも無防備。

 護衛役がいるとしても、あそこまで目立てば、格好の的だ。


 試しにダヴェンポートは小銃を構えて狙ってみる。

 彼の隊員たちも、誘われるように火力をそこへ集中する構えだ。


 ただ、ダヴェンポートには嫌な予感がよぎる。


 その頃、イズモの詠唱は第二節二句に入っていた。

烈火れっかは天地を貫き、悉皆しっかいを包め……」


『天眼』クライブの指先が動く。

 瞳を閉じる。まぶたの隙間から僅かに青い魔力が漏れている。

 口元が微かに動く。

 小指や薬指、両手の指全てが軽やかに踊り出し、空気を叩く。

 左右に平行に動くさまは、見る人に鍵盤けんばんを連想させる。


 そして、重心の動き、ペダルを踏むように動くつま先。

 空気が踊る、無音の音楽が響きわたる。


 一人の兵士が見惚れてしまう。

 我に返ると他の兵士と混ざっていった。


 ダヴェンポートは狙いを変えていた。

 彼の放った銃弾は、クライブを捉える。


 マリーは既に動いていた。

 エプロンドレスとスカートが風を切るようになびく。

 そして、銃弾を腕で受けて見せる。


「雑音は許さないわよ」


 彼女の腕は無傷。当然、衣服にほつれはない。

 そして、風を含んだスカートはゆっくりと整っていった。


 イズモの詠唱は第二節を終え、第三節、発動命令の段階

「紅蓮の焔よ、怨敵おんてきことごとく焼き尽くし……

 不浄ふじょうの徒を灰燼かいじんへと帰せ……」


 ダヴェンポートには宙に舞うという、大胆な選択肢もあった。

 ただ、それは格好の標的でもある。

 彼らを取り囲む大勢の帝国兵。

 宙に舞えば、彼らはきっと互いの射線を気にすることなく銃弾を浴びて来るだろう。


 だからダヴェンポートが宙に舞うのはまだ早い。

 要塞を彼の夜の力の影響圏内に収めるには、まだ少し遠い。ほんの少しだけ遠いのだ。


 要塞とダヴェンポートたちを結ぶ線。

 その途中にクライブたちがいる。


 ダヴェンポートたち、背後の帝国軍が手薄になっている。

 それは、敵の射線が開けてきたということ。


「散れ!」

 ダヴェンポートは、仲間に向かって叫ぶ。


『天眼』のクライブは、目を見開く。

 彼の演奏は一つのクライマックスを迎えていた。

 腕を大きく振りかざし、指が無音の和音を繰り出していく。


 呼応!


 ダヴェンポートたちの足元が揺らぐ。

 次々と大地が槍に変貌して、突き上げるようにして襲い掛かってくる。


 ダヴェンポートは進む!


「おっさん、この尖った岩、なんだよ!」

 ヴァルトニーニは「うわっ!」と悲鳴を上げながら、地面から突き上げてきた大地のやらを間一髪で避ける。


 軍曹は腕力任せ、対戦車砲を振るって砕いた。

「おい! おっさんって俺のことか!」

「あんた以外にいねえだろ!」

 ヴァルトニーニが軍曹に噛みつく。


 さらに迫る岩の槍。

 それも結局、軍曹がなぎ払う。


 隊員たち、各々、突き上げてくる槍の数々をやり過ごす。


 帝国も大慌てだ。

「『天眼』め余計なことをしやがって」


 もちろん、彼らを襲う槍はない。

 だか、地面が隆起し出来た槍の数々。


 それが、邪魔で銃火器に頼った追い討ちをダヴェンポートたちに加えることが出来なかった。


 イズモの詠唱は最終句の最中。

燼滅じんめつ烈波れっぱ……」

 そのタイミングを天が見計らう。

 宇宙そらに座する九つの衛星『ヘルメスの眼球』たち。

 地上から肉眼で捉えらる程の輝きを発する。


 夜空に見慣れぬ一等星。

 イズモへと魔力を供給。


 さらに、クライブがダヴェンポートへの攻勢を強める。

「いい加減、アンタも終われよ!」

『天眼』の指先がさらに激しく、もっと激しく。

 身体にまとう青白い魔力、そのきらめきがまばゆく光る。


 ダヴェンポートは進む。


 一撃を駆けながらかわし、二撃目は身体を反らし、三撃目は、少し跳ねて場所を変え、四撃目は姿勢を低くし潜り抜けて頭の上でやり過ごす。


 クライブが狙う。

 ダヴェンポートの足元に異変。


 大地が隆起する。

 規模が大きい。

 ダヴェンポートの背中から彼の足元を持ち上げた。


 斜めにそそり立っていく大地。

 土から岩へと変容させ、その槍先にダヴェンポートを乗せている。


 詠唱を終えたイズモ。

 二本の指で作った剣を火打石のようにぶつけ合う。

焔嶽えんがく煌牙こうが……鳳凰ほうおうよ! 顕現せよ!」


 闇夜に炎で一線が引かれた。

 空の端から端まで炎が続く。

 燃える天弓のような弓なりの曲線。

 空が歪む。


 星が瞬くのを止める。


 クライブの背に戦車の車列が横一線に並んでいた。

 帝国の体勢は整っている。


 だが……


「なんだ……あれは……」

 誰もが、そう思う。


 イズモが放つ術式。

 誰もが爆炎術式……それに類する東洋式だと想像していた。


 詠唱術式とはいえ三唱節では顕現し得ないような現象。

 あり得ないほど荘厳、そして恐れ抱かせる。


 岩の槍、その刃先を踏む台に天高く持ち上げられたダヴェンポート。

 その炎の線へまるで立ち向かっているかのよう。

 それは、余りにも無謀な戦いにしか見えない。

 それだけ彼は矮小でアリのような存在に見えていた。


 帝国の士官たちは好機に勘付く。

「狙え! 狙え!」


 それは自然のことわりでもある。

 クライブの術によって槍上に隆起した地面。

 今、射線が通って狙えるのは宙にいるダヴェンポートしかいない。

 槍先を踏み台に宙に立つダヴェンポート、彼を狙う絶好の機会!


「おい……」

「流石に……」

悪夢ナイトメア』の隊員たちが、動き止め天を見上げている。彼らは、天を見入る。息を吸うたびに、闇夜に白い吐息が浮かぶ。


「中尉……」

 フランシスは、ダヴェンポートからもらったロザリオを握りしめる。


 最前線の只中。

 一人、宙に立つダヴェンポート。


 足元に広がる敵の数々。

 すべての武器は、彼を狩ろうと狙っている。


 そして、人智を超えた現象が夜空に顕現していた。

 そこに立ち向かう格好でダヴェンポートは立っている。


「俺もいい加減、終わりにしたい」

 ダヴェンポートはつぶやく。


 足元の人物に向かってつぶやいた。


『天眼』のクライブは、ダヴェンポートを指差す。

 はっきりと彼を指し示している。

「まだまだ、これからだぜ」


 夜空に引かれた天弓が上下に割れて口を開く。

 中から異界が覗いている。


 闇よりも暗い深淵の黒が漏れ出した。

 そして、炎、炎だ。


 火山のように……

 大地から溢れ出すドロドロの溶岩。

 その炎の揺めきは鈍くゆっくりと熱い。


 鳳凰ほうおうの顔がのぞく。

 黄金の炎を纏い、紅い火の粉が地上へと舞い落ちる。


 巨大な翼が天をおおった。

 その姿は畏怖の対象であり、神獣と呼ぶに相応しい。


 死と再生を司る不死の存在であり、その炎は全てを焼き尽くし防ぐ術は無いとされている。


 例えダヴェンポートが神話級の力を持っていたとしても、鳳凰には敵わないと言い切れる。


 それほどの格の差が見てとれた。


 クライブの背後に戦車の列。

 その戦車砲が狙いを定める。


 人と神獣、全てがダヴェンポートを滅するために動いていた。


 時は満ちた。

 そして、ダヴェンポートも要塞を捉えた。


「ロザリオを握れ!」

 彼は叫んだ!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ