表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

22/62

第ニニ話 アドレナリン

 戦場がアドレナリンで満ちていく。


 敵影が行き交う。

 銃声が耳をつんざき、乾いた金属音が鼓膜を揺らす。

 煙と焦げた火薬の匂いが鼻をつく。


 視界の隅で誰かが肩を撃ち抜かれた。

 それに追い討ちをかけようとする敵影!


 集中力。

 銃口を向け、狙う。

 視界の中で動く影ーー敵だ。

 撃つ!


 一つ一つに意識がいく。

 引き金を絞る指の感覚。

 銃口を弾が抜けていく瞬間。

 全てに思考が巡る。


 ダヴェンポートは、次の指示を出そうとした。


 だが、それを無視して、新兵のヴァルトニーニが誰よりも前に行こうとする。

「どけどけどけ! ヴァルトニーニさまがやってやる!」

 小銃が立て続けに火を吹いた。


「あのばか!」

 反射でつぶやいたのはガトリング軍曹だ。


 隊の輪が乱れる。

 手薄な場所が生まれてしまう。


 そこを敵が狙う。

「狙え!」

 帝国の分隊長は指を指す。


 ハートフォード副隊長が、そこをカバーに動く。

 フランシス准尉は、小銃で牽制をした。


 そして、軍曹の対戦車砲が火を吹いた。


「新兵! 落ち着け! 乱射して弾倉を空にすんじゃねえ!」

「へ! そんなバカはしねえ!」

 ヴァルトニーニに迫る敵兵。

 彼は、それを防ごうと引き金を絞った。


 そして空砲……

「えっ! マジかよ……」


 代わって敵の銃口が、彼を狙って火を吹く!

 至近距離!

 敵の弾は抜かりなく『魔導士殺し《マジシャンズキラー》』の刻印弾!


 ヴァルトニーニは手をかざしていた。


 防御術式が弾けてきらめく。

 それは、至る所で見られた光景!


 彼の死角から、ダヴェンポートがヴァルトニーニへ肩からタックル!


 新兵の身体が飛ぶ。

 彼は弾かれ地面を転がる。

 砂煙が舞い上がる!


 ヴァルトニーニは、回転する景色の途中、自らに向けられた射線の行方を見てしまう。


 ダヴェンポートが、彼の代わり弾を受け、それは脇腹を貫通していた。


 その時、ダヴェンポートは不思議と痛みを感じなかった。


 心臓が脈打つ。

 ドッドッドッと脈打つ感覚。

 生きていると確信出来た。


 呼吸が浅い。

 酸素が足りない。


 それでも足はよく動く。


 アドレナリンがヴァルトニーニを支配している。


 彼は冷静な一撃を放っていく。

 そして、決して敵兵を寄せ付けない。


 その姿にヴァルトニーニは、お伽話の英雄を重ねていた。


 ガトリング軍曹が地に倒れた新兵を引き起こす。

「空じゃねえか! このバカ!」

 彼は、新しい弾倉を新兵に手渡した。


「なに、ボォーとしてやがる!」

 軍曹がヴァルトニーニの背中を叩く!


 ヴァルトニーニは、ダヴェンポートの傷に気づいていた。

「いや、隊長が……」


 何か言おうする彼を、ダヴェンポートは手で制する。


 そして、

「寄せろ! 寄せろ! 離れるな!」

 とげきを飛ばす!


 軍曹はニヤリと笑う。

 そして、対戦車砲を要所、要所をぶっ放した。

 そして、突っ立っているヴァルトニーニに語りかけた。

「早く弾倉を差し替えろ! 生き残れ! それ以外は俺がなんとかしてやる」


 軍曹は「無謀はするな」とか「和を乱すな」とか、説教をしたい気持ちがあった。もっと端的に言うなら「ぶっ飛ばしたい」とも思う。


 ヴァルトニーニ、彼のせいで隊長が怪我したのだ。

 そのことに軍曹も薄々、気がついていた。


 ヴァルトニーニが弾倉を差し替える。

 無駄のない動きで隊の連携にハマっていく。


 時折、狼のようなキレのある動きを見せていたヴァルトニーニ。

 無謀も多く、危なかしいところが目立つ。

 元々、才能がある彼だ。


 その動きに不思議はなかった。


 軍曹は目を細めた。

「あいつ、さっきは、なんて顔をしてやがった」

 乱戦の最中、軍曹は我が子のことを思い出していた。


 その我が子は目を輝かせている。


 演劇で語られる英雄譚。

 その主人公の役者を目を輝かせて見てる我が子の姿とヴァルトニーニが重なった。


「くそつ、あんなデカい息子はいらねえぜ」

 軍曹の対戦車砲が豪快に火を吹いた。


 一人の不和で生まれた部隊の隙間。

 そこを埋めようとすると、その隙も移動する。


「回れ! 回れ! 回れ!」

 ダヴェンポートの指示。


 彼も動く。

 ダヴェンポートの突進は、一時停滞した。


 だが、それは、部隊を立て直すのに必要な時間でもあった。


 無線技師のフィリオも必死だ。

 ランドセルのような無線機械を背負っている彼。

 重い鉄の塊は、混戦での動きを制限してしまう。


「ベイツ! ベイツ! フィリオをカバーしてやれ!」


 防御術式の弾けるきらめき。

 至る所で、宙で弾けるそれは、割れたガラスのようにパラパラと地上に降り注ぐ。


 フィリオをカバーしようとするベイツ。

 彼のズボンの太もも付近が、銃弾で裂ける。

 その部分の軍服が色が濃くなる。直ぐに、誰が見ても血が滲んでいると見てとれた。


 そこに気を配る余裕は誰にもない。

 誰も彼もが、何処か怪我しているかもしれない。


 だが、彼らは、けんを切られるまで止まらない!


「寄せろ! 離れるな!」

「動け!」

「前進! 前進だ! 二時方向『大砲』に注意しろ! 来るぞ

 !」

 ダヴェンポートが右手を振るう。


『大砲』や『砲台』は魔導士を指すスラングだ。


 ダヴェンポートの言うとおり、帝国側も騒がしくなってきた。

 彼の指を指した方向。

悪夢ナイトメア』が進む方向、そこから見て二時の方角、つまり右斜前方の帝国軍だ。


 兵士たちが、ダヴェンポートたち撃退する準備を進める中。

 小銃を構え、王国の少数部隊を迎え討とうする彼ら。


 その群衆に、際立つ、一人の兵士がいる。

 帝国軍の制服。

 ただ、趣が違う。

 その兵士は、腰に刀を差していた


 軍刀やサーベルではない、東洋に伝わる反った刀身の細い剣。

 そして、艶やかに黒光りする剣のさや

 さらに、握り手の柄にも丁寧な細かい装飾がされていた。


 気配なく、そして突然、そこに現れていた兵士。

 他の帝国兵は、彼に注目を払う。


 明らかに、彼から漂ってくる空気が違うからだ。


 その兵士が手で印を結ぶ。

「繋げ……繋げ……」

 低く腹の底から絞り出したような声が響く。


 両手は止まることなく動き続ける。

 指先は一瞬たりとも迷いを見せない。定められた形を正確に結んでいく。

 指が絡み合い、開き、交差し、再び閉じる。その動きは滑らかで、それが儀式であることを物語っている。


 それを見ていた兵士たちは、思わず足元を見つめた。

 地面が揺れたように感じたからだ。


 近いはずの銃声が遠くに感じる。

 戦場の日常が遠のいた感覚。


 これが霊気が満ちるという感覚だ。


 それは、東洋人が扱う希少な魔術の前兆だった。


 士官は、東洋式魔術を詠唱している兵士の制服にある紋章を見つけた。

「くそ! 我らを巻き込む気か!」


 よく知る紋章を彼は見た。

 幾何学的な瞳の紋章。

『天眼』のクライブの配下であることを示す印だ。


「そいつを止めろ! トウノ少佐と同じ術を使うぞ!」


 東洋の島国出身の士官。

 司令室で司令官の横にいるトウノ少佐。

 彼も東洋式魔術を扱えた。


 そして、その威力を彼らは見たことがあったのだ。


「クライブさまが、ちゃんと根回しをしないから」

 マリーも帝国軍に加わっていた。

 白いエプロンドレスにメイド姿の彼女は、刀を腰に差した兵士より悪目立ちをする。ただ、誰も、声を発するまでは気に留めてはいなかった。


 そして、その横に、当然、彼もいた。

『天眼』のクライブだ。


「クライブさま、トウノさまに抜かれましたね」

 マリーは知った名を聞いたので、クライブを少しからかった。

 それは、

「あとは、クライブさまより偉くなったトウノさまにお任せしたら」

 と言いたかったからだ。


 彼女としては、こんな戦争はどうでも良かった。

 国が無くても、彼らは生きていけるからだ。

 だが、彼女とて大切なものを失えば世界を意味を失う。

 生きてはいけないとも想像をしてしまう。


「偉くなったのであれば、トウノ家の者に酒でも奢ってもらうさ」

 クライブは、大きく息を吸う。


 彼は、慌てている士官の背中から大声を張り上げる!


「落ち着け! 貴官は指揮にでも集中しろ!」

 後陣に引っ込んでいた『天眼』が前衛に出てきた。


 クライブは、よく通る声で士官への言葉を続ける。


「イズモの詠唱は、三章節だ。あまり時間は無いぞ」

『天眼』のクライブ、配下の名前と術式発動までの猶予を伝えた。


 士官のそれを聞き、頭を巡らす。


 このままの乱戦では帝国が不利だった。

 狭い戦場では、数の利が活かせない。


 なら、距離を取り、数に任せた物量と集中砲火。

 それが帝国側の理想だ。


 そして『天眼』のクライブは、そうする為の時間を稼ごうしていた。


 士官が無線を飛ばす。

「貴様の部隊は下がれ! 敵侵攻方向に向かって二時から『天眼』が仕掛けるぞ! いいか、敵侵攻方向から向かって二時! 二時だ! デカいのを放つらしい! トウノ少佐の術を思い出せ、あれの三章節の時間と威力だ!」


 イズモという名のクライブの配下。

「繋げ、繋げ……」の詠唱と印の力で術式の準備を整えていく。


 彼の身体はことわりを捻じ曲げる未知を受け入れる準備を整えた。


 声の音程が変わる。

 腹の底よりもっと低い、地の底から湧き出たような太く低い声。


赫焔かくえん従類しるべ、遥かなる霊域れいいきより来たれ……


 大地を穿うがち、けがれを浄めんため……


 その業火ごうかをもって、この世に顕現けんげんせよ」


 こうして彼は、第一章節を唱え終えた。


 夜空は満天に。

 闇が濃く深くなっている。


 そこに炎がともる。

 焚き火の炎。

 それよりも大きい大火。


 炎がゆらめぎ、ぱちっぱちっと音をたてながら火花を散らす。

 地獄の業火。

 罪人を罰する容赦なき炎を、イズモはまとう。


『天眼』のクライブは『ヘルメスの眼球』と再びつながった。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ