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第二十話 特攻

 防御術式が崩壊して魔力の破片がきらめき散った。


 銃弾がほほをかすめる。

 初めてであれば、心臓をわしづかみにされる瞬間。

 慣れていても肝を冷やす。


 弾丸が耳元でヒュンと鳴りながら空気を切る。

 摩擦で生じた熱が時に熱く、そして冷たく頬をなでる。


 耳鳴り。

 そして一瞬のスローモーション。


 ダヴェンポートたちは『突撃』ではなく『特攻』をしている。


 帝国の残存兵力が『悪夢ナイトメア」の行手を厚い壁で阻んでいた。


 空の雲が赤く染まり始めた。

 せっかちな月が藍色の空に輝きはじめる。

 夜は近い。

 要塞は、まだ少し遠かった。


 太陽がまだ元気だった頃。

 ステラとの無線の後、ダヴェンポートは皆を集めた。


 生ぬるい風が吹く。

 蒸れたブーツ。

 厚手の靴下。

 硬い生地の軍服。

 汗の匂いが鼻をつく。


 快適さなど皆無の世界。


 口をきつく一文字に結び彼らは整列していた。


「アイツらはヴァール宮殿に行った」

 ダヴェンポートは語る。


 ヴァール宮殿とは、ククルース神話、そのお伽話で語られる戦死した者たちが招かれる宮殿のことだ。


 ガトリング軍曹が表情を緩める。

「俺たちを置いて、豪勢な酒盛りとは、ひどい奴らですな」


 お伽話の中で招かれた戦死者たちは、豪華な酒と料理でもてなされる。そして飲みすぎた酒は、彼らにひどい二日酔いを与えてしまう。その間、地上の争いが消えるというお話。


「軍曹の言うとおりだ。だが、三日三晩の酒と料理、その後の苦労を思うと奴らも気の毒……だ」

 ダヴェンポートの語気が細くなってしまう。


 ガトリング軍曹は重いまぶたを無理やり持ち上げ、空を見ている。

 至る所から、鼻をすする音。目を押さえている者もいた。


「さて諸君、さきに謝っておこう。すまないが命令に従ってもらう」

 ダヴェンポートは皆を見渡す。

 一人一人と目を合わすように、顔をしっかりと見ていく。


 力強く見つめ返す者。

 目をつむり何かを思う者。

 軍服の胸の辺りをつかみ己れを鼓舞する者。


 皆、様々だった。


「戦争とはなんだ?」

 低くつぶやくように問いかける。ダヴェンポートは手のひらをジッと見つめ、拳を握る。


 生き残った隊員たちは、あごを引き姿勢を正す。


「帝国が先に殴りかかってきた。それは事実だ。だが、この戦争に正義を求めるな。正義とは、勝者が語るもの! 我らが殴り返すのは、次の和平の席で声を持つためだ! 弱者に言葉はない。それをきもに命じておけ!」


 隊員たちが一斉に背筋を伸ばす。


「おうっ!」

 皆の声がそろった!

 その響きは血を鳴らし、空気を震わせた!


「これから諸君らに命じなければならない。そして、帰りたい者は帰れという野暮も言うつもりない」

「目的地は、最初から同じであります!」

 どこからか声が聞こえてくる。

「腕が鳴るぜ。帝国にヴァルトニーニの名前を刻んでやるぜ」

「おいおい、鳴ってるのは腹だろ?」

「漏らすなよ新兵!」

「その時は、帝国のクソ野郎共に世話をしてもらうんだな!」


 新兵のヴァルトニーニの顔は真っ赤だ。

「テメェら、良い度胸だ! ぶん殴ってやる!」

 拳を握る姿は、直ぐにでも飛びかかりそうな勢い。


 だが、彼の表情を見れば、そうはしないと直ぐにわかる。


 ダヴェンポートが手で「静粛に」のゼスチャーをした。

 ザッという軍服がすれ合う音。


 そして静寂が返ってくる。


 ダヴェンポートは声を発する前に唇をかんだ。

 そして堂々と胸を張る。

「諸君らには『特攻』を命じる。『突撃』ではなく『特攻』だ。多くの戦友を失い、これ以上の進軍を本隊には期待できない状況だ。我らも戦友を失い、隊は半減している。教本に沿えば部隊は壊滅したと評するのが相応しい」


 壊滅した部隊が取る選択肢は、撤退による友軍との合流しかない、

 だが、彼は撤退もせず、合流もしない。


「勝ち筋は、我らだけだ。俺を、要塞まで運べ! 陽が沈み夜になった、その時に俺が要塞にいなければならん! それが、唯一の勝ち筋だ!」


 王国の勝利は、それ以外にない。

 それ以外に停戦へ外交の場を設ける手段はないと彼は自信を持って言い切れた。


 帝国の勝利は問題外、両国痛み分けやの引き分けは、事実上、王国の敗戦であった。


 そうなれば、王国が無くなるまで帝国は侵攻をやめないだろう。

 帝国は『世界統一による平和実現』を掲げている。

 彼らは、彼らなり『正義』のもとに他国を侵略しているのだ。


 それを思い止まらせる為には、強い打撃が必要だった。


 だから、ダヴェンポートは力を込めて隊員たちに告げる!

「要塞への『特攻』を命じる。勝つぞ」

 力強い言葉、だが声は低い。


 大声を交え熱弁を振るう。

 ミカエル・ダヴェンポートは、決意を持って彼らを鼓舞した!


「だが勘違いはするな! 生きることこそ、兵士の本分だ! 先に逝った仲間を追うことは許さん! ヴァール宮殿のうたげに遅れるのは、先に迎えられた戦友への侮辱だと心得よ……たとえ死が迫って来ようとも、生きて、生きて、生きて、戦え! さあ、諸君! 要塞に命懸けの突撃だ! そして勝って、先に逝った戦友たちに安らぎを与えてやれ!」

 ダヴェンポートは大きく腕をふった!

「おうっ!」

 背筋を伸ばした敬礼が揃った。


 そして夕暮れが迫る今。


 彼らは死闘は、始まっていた。

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