第二話 幕開けは派手が良い
遠くに見える山の稜線が輝きはじめた。
夜明けが近い。
冬の香りをまとった冷気が、肌を刺すように絡みついてくる。
ダヴェンポート中尉には、否応にも、あの風景が思い出された。
焼け落ちた教会。
鉄骨むき出しの建物の残骸。
敵も味方も消え去り、街は静まり返っていた。
生者のいない廃墟。
こうして生き残ったことが罰当たりの思えた。
空に浮かぶ雲がオレンジに輝く。
朝焼けだ。
「市街戦より幾分かはマシだな」
ダヴェンポート中尉は、透き通っていく夜空に目を細めながら、そうつぶやいた。
最前線の陣内は、まだ薄暗いというのに行き交う兵士が多い。その中に、砲弾を運ぶのに忙しい一団をダヴェンポート中尉は見つけた。白い軍服が、薄暗い陣内でひときわ目をひいた。
派手な軍服、その所属に心当たりがあったが見なかったことにしたい。他の兵士たちも同感のようで、そそくさと先を急いでいる。
彼の隊の女性兵士、フランシスが、その最中、ダヴェンポート中尉に駆け寄り呼び止めた。
「隊長、指揮所に顔を出すようにとの書面を預かってます」
差し出されたものを手に取る。
その際の違和感。彼女のわずかな抵抗に、何か含みを感じた。
「気になりますか?」
「できれば、この書面は無かったことしたい」
「燃やしても無駄ですよ。それと、私の査定に響くから、早く行ってください」
「評価は十分にしてるはずだ。なぜ出世しない」
「興味ありません」
ダヴェンポート中尉は、慣れた手つきで懐中時計を確認した。当然、そこに、時間の余裕はない。
「規律の無い軍隊は野盗になってしまう」
「屁理屈は良いですから、さっさっと行ってください」
彼女は、言葉と裏腹に、ダヴェンポート中尉のえりを慣れた手つきで整えはじめる。
「規律より、身だしなみをちゃんとしないと! 早く行かないとグランツ中将がお待ちですよ」
「そういえば、ここは、あの爺さんの持ち場か……やれやれだな」
フランシス准尉が口元に人差し指を立てシーとするゼスチャをする。そして、彼女はダヴェンポート中尉を放ったらかしにして、きびきびとした綺麗な敬礼をしてみせた。
彼女の視線は、彼の肩越しの向こう側。
つまり、この敬礼は彼に対してでは無い。
嫌な予感がする。
ダヴェンポート中尉の心情を見透かしたかのように、ご老人の笑い声。
「部下に慕われているようで結構なことだ」
中尉は振り向きざまに敬礼した。
杖をつく姿は年相応だ。
白いひげを蓄え、深いしわが目立つ。
ほがらかで人懐っこい表情……ただ、目が笑ってない。
鋭い眼光がダヴェンポート中尉を見つめている。
「グランツ中将、朝早くから見回りでございますか?」
「遅いから会いに来てやった。光栄に思え」
このジジイ、広い陣内、どうやって探した?
中将の脇。
一際目立つ白い軍服を着た女性が二人いる。
白い軍服といえば、自称聖女などという面倒くさい魔導士が率いている部隊の象徴だ。
ここにいるはずもない、参謀本部直下のエリート部隊……
その内、一人、金髪美人のお姉さんが、ドヤ顔をしていた。
どうやら、コイツの仕業らしい……
一瞬、目が合ってしまう。
関わりたくないので、無視することに決めた。
「あら? 無視されたのかしら?」
自称聖女はご不満らしい。
「ステラ隊長、あのような野暮な男には、隊長の美しがまぶしいのでは?」
「そうね、やっぱり、少し地味にした方が良いかしら?」
あーあ、上司が上司なら部下も部下もでトンチキな会話を繰り広げている。軍服の色の候補として「赤」「紫」「ピンク」が上がっているが、どれもやめてほしい。
普通にしろ!
普通に!
グランツ中将が杖で地面をつく。
その動作で辺りに静かさが戻る。
「グランツ中将、わざわざ、ありがとうございます。特に用件が無ければ」
とダヴェンポート中尉は、懐中時計を見るふりをした。
「そう急くこともない。作戦に多少の変更があった」
中将は、白い軍服の二人に目配せをする。
そして、ダヴェンポート中尉に耳打ち。
「ほれ、あの嬢ちゃんたちは美人じゃが……」
その先は、中尉に察しろということだ。
「ワシは奇襲作戦の本質は不可能を可能にすることと思う。多少、派手な出撃になるが目標達成に励みたまえ」
「は? 派手な出撃とは?」
本隊が攻撃を開始する前に、我が隊が出撃。
先行突撃して要塞の機能を沈黙させる。
これが、ダヴェンポート中尉が聞いていた作戦だ。
「貴君の出撃に先駆けて、本隊が敵、最前線に砲撃に面制圧をする。いや、そうしろというのが参謀本部の御命令だ」
フランシスがダヴェンポート中尉の脇腹を肘でつつく。どうやら彼のせいだと言いたいらしい。
小隊内の編成については、ダヴェンポート中尉に一任されている。昨日の配置変更を受けて参謀本部が作戦内容を変更したという推測だ。
昨日の今日で、これだとは何とも素早い。
ただ、あくまでも憶測だ。
最初から変更するつもりだったのかもしれない……
「南の方でも進軍を開始するという噂ですが?」
カラドール山脈から遠く離れた海沿いでも進軍すると軍内ではささやかれていた。
戦争の局面を左右する要素として、敵側の予備戦力がある。帝国後方の予備戦力を、これをどちらかに、しかも出来る限り早い段階で誘いたいのだろうと、ダヴェンポート中尉は予測した。
つまり、我らがカラドール山脈攻略隊は、見事、囮に当確したということだ。
「貴官は任務に専念したまえ。それに、奇襲とは不可能を可能にすることじゃ。狙って奇襲を仕掛ける者は小賢しい」
グランツ中将は、愛用の杖を地面につく。その勢いは凄まじく砂塵が、そこを起点として同心円状に舞うほどだった。
ダヴェンポート中尉は、砂が目に入り痛いのをこらえ、中将を見つめた。
「兵士の本分は生きることじゃ……死んでしもうては、こきつかえん。それじゃ、つまらん。そういえば、貴君のコードネーム『マエストロ』じゃったな」
ダヴェンポート中尉は、うなずいた。
「その生き様で、何を奏でるのか楽しみじゃわい。出撃の祝いに、派手な花火を四本を打ち上げてやろう。それで良いじゃろ?」
グランツ中将がステラ嬢の方を向く。
自称聖女のこのお嬢さまは、グランツ中将の「四本」という部分に不満があるらしい。
「一本なら全てを消し炭にしてみせてよ。あたしだけで十分でしょ?」
この「でしょ」は、ダヴェンポート中尉に向けられていた。しかし、当の中尉は、彼女のことを無視すると決めている。
「あっ、また無視した」などという、ステラ嬢の言葉に応じるのは、彼女の副官のみだ。「きっと照れてるんです」とその副官の言も、的を大きく外れていた。
「四本じゃ。光学術式をこの規模でこの本数を同時発動できるのは、嬢ちゃんしかおらんと思うのじゃが……不可能であれば……」
「できますわ。光に愛された女神のあたしに出来ないことは無くてよ」
ステラ嬢の副官は、拍手喝采をしている。
この短期間に、彼女は、自称女神から、その上司、女神へと昇進を果たしたようだ。
「ほれ! 急がんか!」
さんざん人を足止めしといて、なんて爺さんだとダヴェンポート中尉が思っていると、さらに、中将は、彼に握手を求めてきた。
「そんな不機嫌な顔をするでない。演者は自由に動け、部隊はワシが整えてやろう。貴官は、本隊に先んじて道を開け!」
最後に、グランツ中将は、フランシス准尉に人懐っこい笑顔でウインクをしてみせた。
彼女は、苦笑しながら敬礼で返答をする。
二人の背中を見ながら、グランツ中将は、
「ほれ、貴君の小隊の部隊呼称は『悪夢』に決定したぞ!」
と伝えた。
ダヴェンポート中尉は、片手を上げて、それに応える。その態度は、下士官にしては、いささか不敬だ。
なのに、中将は目を細める。
「可愛くないやつじゃ」
「当然ですわ。一番、美しいのは聖女たるあたしですわ」
とステラ嬢が、それに返事した。