第十七話 その日、大空は、幾千、幾億のほうき星に覆われた
ダヴェンポートは再び前進する準備を進めていた。
森を抜けて降り注ぐ日差しが弱くなってきた。
湿った木々の匂いが鼻をつく。
指さきで摘む銃弾。
真鍮製の薬莢は金色に輝く。そこには白銀で術式が刻印されていた。
それらを弾倉に詰めて、各々が小銃にはめ込む。
静かな森に、パチっと枯れた音が響き合う。
その度に戦う準備が整っていく。
ハートフォード副隊長が無線を終えたダヴェンポート中尉に気がついた。
「中尉、司令部はなんと?」
「開戦を告げた花火、呼称は『天雷』というらしいが……それを放つと言ってきた」
全員がダヴェンポートの話に耳を傾ける。
砲撃の音は、しばらく止んでいる。
銃撃音も遠のいていた。
早起きのリスが木の幹を駆け登る。枝で二匹が出会うと目を見合わせた。
「中央に花火を一撃」
ダヴェンポートが作戦地図で場所を指し示す。
そこは、ここから、そう遠くない場所だ。
「朗報がある。成功すれば、我々を本隊が回収するとのことだ」
「仕事を早退できるとは残念ですな」
ガトリング軍曹の一言に笑いがおきた。
「そう良いことばかりではないさ軍曹」
「給金が減りますなあ」
「それも、そうだ。ただ、着弾地点が近いぞ。また、あれに備えなならん」
ダヴェンポートの皆と視線が合うようにして見渡した。
軽口は叩いても気を抜いている者はいない。
最後にフランシス准尉がうなずいた。
「各自、岩場を盾にして備えろ! 今回は空中支援の者たちも地上待機、浮遊支援具は無くすなよ」
ダヴェンポートたちの『天雷』への備えは始まった。
王国側最前線ではステラ嬢がいつになく真剣だ。
普段はおちゃらけている彼女。
愛用の杖が細かく震えていた。
「ステラさまなら大丈夫です」
側近が彼女を見つめる。
「大丈夫に決まってるでしょ。必ず成功させるんだから。帝国に邪魔なんて、させないわ!」
杖の先に埋め込まれた宝珠が光る。
その杖の名はニーベルング、王族に伝わる国宝級の宝具だ。
『光のステラ』と称され、魔導に関しては幼い頃より、誰よりも才能を示してきた彼女。
彼女が強い決意をもって言う。
「失敗なんてするはずありませんわ。この一撃で戦いを終わらせますわよ! あなたたちは、帝国の妨害をきちんと阻止なさい! 伝えておいた通り、魔法陣のハッキングを狙ってくるでしょうから……分かったわね!」
ステラ嬢は瞳を閉じた。
口元が動いているのは詠唱をしているからだ。
彼女の身体の周りに淡く輝く魔力が光の粒となってあらわれた。それらは、彼女にまとまりつくホタルのように儚げに光っては消えていく。
そして、ステラ嬢が握るニーベルングの杖、その宝珠の輝きが増していく。
従者たちは、それぞれが四人一組、カルテット詠唱で帝国側の妨害に備えようとしていた。
そこから離れた場所。
王国軍最前線、中央。
中央突破軍集結地。
そこでグランツ中将は、戦場を見渡していた。
「閣下、ここでよろしいのですか?」
「タイミングは、お嬢に任せておるわい。そらに魔法陣が現れ、それからドーンじゃて……少し残念だが掛け声の必要もなかろう」
グランツ中将の頭上を雲が通り過ぎる。
太陽は隠れ、そこが影になった。
小さな稲光が瞬く。
それが数度……
まるで、それは、天を駆ける竜が円を描くかのようだった。
巨大な円が現れ、幾つもの稲光、やがてそれらは整然と形を作る。
『天雷』の魔法陣が空を覆い隠すように現れた。
「閣下、少し下がられた方が……」
側近は、息をのんだ。
それは、魔法陣ではない、隣に立つグランツ中将の顔を見たからだ。
「帝国軍要塞司令は机上演習は長けておった」
老人が遠くを見つめる。
「ご存じで?」
「帝国との士官学校交流に立ち会った際……ちとな」
頭上の雲が無くなり、太陽が、彼らをまぶしく照らす。
『天雷』の魔法陣が周りの物質を吸い込み始めた。
「帝国の司令官も中々じゃ。実戦も長けておるではないか。奴め今頃、作戦地図上で駒を試行錯誤、動かしてあるのであろう」
空は青く晴れ渡る。
彼方の星が見える錯覚を抱かせる程、澄み切った青い空。
「わしは、ちまちまと駒を動かすのは性に合わん。この一撃で青二歳の駒を全て倒してくれよう」
「では、閣下は壕の準備が整っておりますので」
グランツ中将は動かなかった。
「貴官も一緒にどうだ? 終幕は特等席で見届けようぞ!」
彼は最後まで動かない。
要塞司令部は落ち着いていた。
ここからでも『天雷』の魔法陣は、はっきりと見えている。
司令官は珍しく窓の外から、それを眺めていた。
「トウノ少佐、貴官はあれをどう見ている?」
「正直、恐ろしいです。外交部に掛け合って、あれを国際法で禁呪指定にしろと訴えたいですね」
「ここ数百年、禁呪指定などないぞ……それこそ、諸外国は、クロノノート遺跡をそうしたいだろう」
「それでは、国益に反しますね」
「私は反対はしないがね」
司令部の窓が細かく震えはじめた。
あの魔法陣は全てを吸い込もうとしているかのようだった。
「さて、諸君! 我々は祈るのみだ! そして、我が帝国魔導士の実力を信じようではないか!」
帝国側、防御第二線、最前線。
そこに帝国魔導士が集結してい場所がある。
魔導士長が命じたのは、九人一組による九重奏詠唱。
現代戦術では、効率の悪さから滅多にされない複数人詠唱術式だ。
魔導士長は、あの『天雷』の魔法陣の完成度に着目をした。
芸術と言っていい常人の理解を超えた完成度。
正に天才の領域……
「ふん、あんなもの綺麗に解く必要はない」
これが魔導士長の得た回答だ。
「ノネットにノネットに重ねる。一ミリでも、それ以下でも術式に与えよ! さすれば、あれは勝手に崩れるぞ!」
九重奏の九重奏、魔術演算では81重奏による一点突破。
ハッキングなどという高度な術式では無く、詠唱術式による僅かな空間の揺らぎを作ることを狙った力技だった。
そして、そのキズは確かに『天雷』の魔法陣に刻まれた。
岩場の影に隠れるダヴェンポート。
その横にフランシス准尉がいる。
「貴官は、ハートフォード副隊長の補佐のはずだが?」
「ここが危険なら移動しますが……」
ダヴェンポートは頭をかく。
木々が大きく揺れている。
枝葉のせいで空は見えない。
ただ、嵐がすぐそこまで来ているのは明らかだった。
ダヴェンポート中尉は頭をかいた。
フランシスは笑った。
「いや、安全は保証しよう」
ダヴェンポートは、そう言った。
そして、近くの木々が数本、天に舞い上がった。
それは、ダヴェンポートの記憶にある、あの時とは違う現象。
「吸い上げは、魔法陣の直下だけでは無かったのか?」
反射的に作戦地図を確認。
ここは、着弾地点とは離れている。
衝撃波を堪えれば良いだけの場所だ。
目の前の木々が空へ、空へと引き抜かれた!
「まずい! 気をつけろ! 身体に魔力を込めろ! 地に貼り付け! 持っていかれるぞ!」
誰もが思い出した。
『天雷』の魔法陣に吸い上げられた戦車の末路。
全てが分解され、光のチリとなって消えていった、哀れな末路を思い出す。
「魔力を込めろ! 大地に貼り付け!」
ダヴェンポートは隣のフランシスを押し倒すようにして覆いかぶさった。
「中尉?」
「フランシス准尉、准尉、貴官は俺が守る!」
ダヴェンポートが叫ぶ。
「准尉、余裕があれば、一帯に防御術式を展開できるか?」
フランシス准尉は、彼の問いにうなずいた。
王国側最前線、その後方。
ステラは焦っていた。
「だめ、絶対にだめ!」
ニーベルングの杖、国宝にも指定されている宝具。
その宝具にはめられた大きな宝珠は、この世のものとは思えない程のまばゆい光を放つとはかなくも割れて散った。
その日、大空は流星によって覆われた。
幾千、幾万、幾億というほうき星。
地上の者たち天を見上げる。
その光景に誰もが覚悟を決めた……
そして、それらは地上に降り注ぐ。
死を振り撒く流星群。
敵味方の区別なくそれらは全てに降り注いだ……




