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第十六話 砂塵と自称聖女

 王国側最前線も慌ただしい一日は続いていた。


「タンカだ! タンカが通るぞ!」

 アルミフレームに質素な布地が張られた担架。

 そこに寝かせられた人は出血が多く、うめき声すら上げていない。


 カチャカチャというアルミの金属音は軽く、前後の取手を掴んで運ぶ兵士たちの小走りは、無表情でとても軽やかに見えた。


 戦闘による地響きは続いていた。

 空は晴れている。そこに雲が悠然ゆうぜんと漂う。


 花を探して漂う蝶が、風に流され舞っていた。


「どいてくれ、クリティカルだ! クリティカルの兵を運んでいる! どいてくれ!」

 兵士は歯を食いしばりながら仲間を運んでいる。


「頑張れ、凄腕の医者は直ぐそこだぞ」

 返事のない仲間に彼は話しかける。


「今度は、お姫さま抱っこかよ」

 頭に包帯を巻いた兵がつぶやく。

 そしてタバコを吸おうとするも、ライターに火はともらず、何度も火花だけが散らしていた。


 お姫さま抱っこをされていた兵士の腕は力無く地に向かって垂れている。救護テントに入る間際、その腕が揺れた。


 景色を見ていた兵士は、やっとの思いでタバコを口にくわえると、さよならをするように手を振って見送る。


 ステラ嬢が救護テントからでてきた。

 彼女は長い黄金色こがねいろの髪をとかすようにして汗を拭いた。


 彼女に続くように、先ほどの兵士が出てくる。

 仲間の兵士を抱えてた、あの兵士だ。


 うつむきながら肩を震わす彼にステラ嬢は声をかけた。


「あなた、自分が何をしたのか分かってるの? これだけの状況で仲間を助け出したのよ? そんな顔をしてる暇があったら、少しは胸を張りなさい! このあたし、聖女たるステラが認めてあげるんだから、ありがたく思いなさいよね!」

 彼女の不器用な励ましを兵士は背中で聞いていた。


「ほら、そこのあなた、タバコでも分けてあげなさい。こういう時、殿方はタバコを吸うのでしょ」

 などと、座っていた兵士に声もかけた。


「ステラ嬢は、ここにおったか」

 グランツ中将が側近を引き連れ現れる。


 座っていた兵士は、立ち上がり緊張の姿勢。


「あなた、そこにいるだけで邪魔なんですけど? いいから黙って大人しく指揮でもしてなさい!」

 彼女は胸を張って堂々と中将を威嚇した。


 何人かの兵士は、その姿にプッと吹き出す。

 中将がジロリと見ると顔を彼らはこわばらせた。


 彼は地面に杖を突き立てた。

 そこに身を預けるようにして立つ。


「よいよい、楽にせよ」

 ほがらかな笑顔、そして鋭い視線。


「こんな時に散歩はよろしくなくてよ」

「お嬢が手当てを手伝うなら兵たちも喜んでおったじゃろ」

「別に……暇だっただけよ」


 彼女の白い軍服は汚れていた。

 血の染み込んでいるような跡もある。


 中将が誘うようにして、二人は、その場を離れるようにして並んで歩きだした。


 砲弾を運ぶ兵とすれ違う。

 軍用トラックが兵士たちを乗せている。


 無骨なエンジン音を鳴らすとマフラーから黒い排気ガスが出た。


「ステラさま! ステラさま!」

 ゼーハーと激しい息で追ってきたのは、彼女の側近だ。


「あら、あなたはまだあそこに居てよろしくてよ」

 などと言う彼女に側近はキョトンとした。


 側近を横に置いて、ステラ嬢がふと立ち止まる。

 低い唸り声のような地響き。

 王国側にも帝国からの砲撃が着弾した。


「勝てますの?」

 彼女は聞く。


「敵もなかなかやりよるわい。あと一歩で崩しきれん」


 兵士たちが小走りで駆け抜けていく。

 揺れる装備からは規則正しいすれ合う音が聞こえてきた。


 キャタピラの音。

 砂煙が舞い上がる。

 荷台には物々しい重装備に兵士たちが乗っていた。


 戦車ではなく兵士輸送用のキャタピラ車だ。


「技術屋も頑張りよる。あれは、焼け焦げた大地でも走破できると太鼓判を押してきおった」


 ステラ嬢は砂ぼこりに目を細め、そっとただ払うような仕草をした。


「派手に開幕したいくさじゃ……なら、幕引きも派手にというのはわがままかな?」


「『天雷』のことかしら? まっ、べ、別にどうでもいいけど! 無駄なことして余計な手間増やさないでくれる? 本当に面倒なんだから!」

「心配は無用じゃ……対抗はしてくるはずじゃが、この短時間では無理じゃろうて。ただ、間違いなく最後の花火になるはずじゃ、それで二度とあれを戦場で使うことはないじゃろう」


 キャタピラ輸送車と戦車の車列が目に入ってきた。

 整然と並ぶ戦力。


 兵士たちの機敏な動き。

 そして、真新しい兵器の数々。


 最大級の戦力が集結しつつある。


 グランツ中将は、杖を地面に刺す。そして、そこに身体を預けた。いつもの、彼らしい姿で立っている。


 そして、持ち上げた杖を再び勢いよく降ろす。

 大砲の着弾より凄まじく見える勢いだ!


「中央に『天雷』を一撃じゃ! それで、日が暮れる前に決着がつく。ダヴェンポートの小僧に手を借りるまでもなくな……」


 山々を背景に森のいたるところから煙が立ち上がっている。

 青い空も、ここから見るとセピア調ににごって見えた。


 ステラ嬢は機関銃のように言葉を続けて、中将に応戦した。


「ダヴェンポート中尉……別にあの方を評価してるわけではなくてよ? 彼に任せればいいんじゃなくて? あたくしのお姉さまのお誘いを断った無礼な男ですけれど、実力だけは認めてあげてもよろしくてよ。でも、勘違いしないでくださる? あたくし、あんな無神経な殿方なんて大嫌いなんですの。ただ、お姉さまが認めていらっしゃるようですし、そこは仕方なく譲歩してあげるだけでしてよ。決して、あたくしがあんな人を気に入っているわけではございませんからっっ!」


 グランツ中将は大笑いする。

 彼女の側近は「ステラさまは、あの男を評価しすぎです」などと言い出す始末だ。


「あんな頼りにならない男なんて、どうなっても知りませんわ!」

 などと大騒ぎ。


 行き交う兵士たちも彼女たちの言動に動きを止めた。

「さぼるな! 動け! 動け!」

 士官の怒号が飛ぶ。


 銃撃音もハッキリと聞こえる最前線のそばまで彼らは来ていた。


「『天雷』は、もう打ち止めかな?」


 グランツ中将は戦場を見渡すように立っている。それはいつも彼が口癖のように言っている「戦場地図で駒を動かすより、現場の空気が重要じゃ」というのを実践していた。


「撃てるに決まってるじゃない……」

 彼女は言った。

 そして一呼吸。

「……あの男が頼りないから、ただそれだけ……そこんところ、誤解なさらないでっ?」

「撃てるのじゃな?」


 彼女の脳裏には『天雷』の惨状がくっきりと残っている。

 熱せられた大地。

 生き物の気配が消え、今後もずっと続くであろう、誰も生きることができない土地だ。


「べ、別に帝国の方がどうなろうと、あたくしの知ったことではありませんわ。ただ、あまり無様にやられるのを見るのも、少しばかり目障りというか……」


 中将は『天雷』の惨状を見たときのステラ嬢の表情を思い出した。「少し休むわ」と言い出した彼女を見つけたのは救護所だった……


「心配は無用じゃ。勝敗も命のやり取りも、全て、わしが責任をとってやる。お嬢に残るのは賛辞だけじゃ」

「そんなもの、いらない……」

 ステラ嬢は小さな声で返事した。


 その声をかき消すように怒号が響く。


 そして、彼女は、二発目の『天雷』の準備に入った。


 王国は中央に戦力を集中し『天雷』で生じた敵の防衛第二線を、そこを起点に打ち破る準備。

 その準備は、ほぼ完了した。

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