第十五話 市街地戦と守るべきもの
大通りを戦車が走っている。
大破した民間のトラックが道脇に放置されていた。
その荷台には「楽しい毎日」という文字……
帝国の機甲師団は、既に軍港都市、ポートランに侵入していた。
「砲撃の依頼をなされますか」
部下の問い。
建物の窓は、どれもこれも割れていた。
戦場のキャタピラが街の瓦礫を踏み付ける。
瓦礫の潰れる音をかき消し、キャタピラが不快な音を撒き散らしていた。
「市街地は座標の特定が容易……」
ダヴェンポートは、廃墟に人影を見た気がした。
「砲撃は中止」
「それでは?」
兵たちを見渡した。
ダヴェンポート少尉は小隊を率いていた。
参謀本部直轄の『悪夢』ではなく、中隊に所属している普通の小隊。
魔導士中心で編成された魔道歩兵小隊だ。
任務の大半は、最前線、そこは陸戦魔道小隊とは変わらない……ただ、魔道適正の無い歩兵、防御術式を持たぬ彼らが混じる小隊は、今ほどの戦力は保持していなかった。
その頃の彼自身も、今ほどは強くなく、また、戦場での経験が足りてない……
軍曹は歳下のダヴェンポートをジッと見ていた。
ガトリング軍曹は低い声で言う。
「迷う必要はありません。敵の進軍を遅延させるのも任務でしょう」
彼の手には、まだ対戦車ライフルは無く、小銃だった。
巨体には似合わない、小さな小銃……
ダヴェンポートは、自分で自分のほほを叩く。
「路地に誘い込み……」
彼は地図を見た。
震えている地図をしばし眺める。
ダヴェンポートの視線に軍曹はうなずく。
そして、襟元の無線から、各分隊長に指示を出す。
「車列を射撃する。奴らを路地に引き込むぞ。砲撃はあきらめろ。民間人の保護を優先したい」
各分隊長は、快い返事が来る。
「団体客をもてなしてやりましょう」
などと陽気な返事も混じっていた。
「すまない、苦労をかける」
ダヴェンポートはそう言った。
軍曹は、彼の肩を叩くと戦車を狙う。
戦車の地響きに天井からチリが落ちてくる。
割れた窓から差し込んでくる日の光。
筋だった光の束は充満しているほこりをあらわに光らせる。
ダヴェンポート少尉は銃を構えた。
今、もてる力を、小さな小銃に託す。
そして彼は命じた。
「撃て!」
速やかに兵士たちは、それを実行する。
乾いた銃声が帝国軍を襲う。
何発かは帝国兵に当たり命を奪う。
魔道の心得があるものは威力ある一撃を加えた。
ダヴェンポートのそれは、戦車を不能寸前までに追い詰めた。
だが、大多数の弾丸は威力が足りない。
戦車の装甲は、それら全てを弾き返す。その度に響く金属音が、王国兵の無謀な戦いを嘲笑っているかのようだった。
戦場の砲身が、ゼンマイ仕掛けの玩具のように、カタカタと音を立てながら回る。そして、ダヴェンポートたちに狙いを定めた。
戦車砲が火を吹いた!
建物が震え、もろくなった外壁をパラパラと地上に降らせる。
正確には、48口径75ミリライフル砲、標準のズレは少なく威力も高い。破壊を目的に作られた中空弾が小隊を襲う。
着弾と共に炸薬が破裂!
たった一発……ダヴェンポートは、彼の大切な分隊一つを失った。
そして戦火は街全体へと広がっていく。
至る所で発砲音が聞こえる。
時折、明らかに一方的な虐殺と思える悲鳴と気配も混じっていた。
武器を持たない人たちがいる。
戦う術を知らない年端のいかない幼い子供たち。
瓦礫の先に怪我人だ。
夕暮れに空は赤く染まっていた。
太陽が、建物の影に隠れようとしている親子を照らしている。
ダヴェンポートには彼らを放って置けなかった。
他の兵士も、彼と同意見。
軍隊とは国民を守る剣だ。
国民が怪我をしている。
なら助ける。危険があれば、それを排除し、さらに、そこに危険が潜んでいても……だ。
兵士であれば、当然の職務だった。
彼は、そう思い込むことに決めた。たとえ、兵士は国益を優先すべきと教本に書かれていても……だ。
瓦礫の向こうに人が倒れている。
小さな子を守るようにして母親が覆い被さっていた。
子どもは「お母さん、お母さん」と言いながら泣いている。
その時、ダヴェンポートは、ハンドサインで兵士たちに命じた。
そして、一人の兵士が親子に駆け寄ろうとする。
パァーンと言う乾いた音。
銃弾が、兵の頭蓋を貫く。
そこから血飛沫。
それが、コマ送りのようにダヴェンポートの脳に焼き付いた。
赤い血がコンクリの地面に染みて広がる。
ダヴェンポートは、倒れた彼と目が合った気がした。
兵士たちが周囲を警戒する。
子どもの泣き声が大きくなった。
その子を牽制するような銃撃。
銃弾がコンクリに刺さっていく。
「おじちゃんたちが行くまで、待ってなさい」
ある兵が子どもを引き止めようと必死だ。
瓦礫を盾にして、別の兵士が動いた。
また乾いた銃撃音が響く。
一発目とは別の方向だった。
狙撃手は複数人。
「くそ! どこにいやがる!」
飛び出ようとする兵士の首根っこをダヴェンポートが辛うじて掴んだ。
別の兵にダヴェンポートが問う。
「狙撃手の位置は掴めそうか」
「一発目は、あの辺りではないかと……」
兵が指差す。そして「二発目は」と言って首を振った。
ダヴェンポートは思案をしようとした。
天は彼に、そのひまを与えない。
「お前たち!」
男性の声だ。
「お父さん、お父さん、お母さんが!」
はぐれていたであろう父親が、その妻と我が子を見つけたのだ。
よろよろと歩いていた父親は、子どもの声を聞くと勢い増していく。
まさか敵も民間人を撃つまい。
そういう甘い考えがダヴェンポートを支配した。
むしろ、兵士が救助にからむより安全ではないか?
とも彼は思う。
なぜ母親が倒れているか?
その場から動かないよう牽制射撃をしていた事実。
現実が彼の考えを否定しているというのに……
「ミミ、今、お父さんが……」
もう少し、あと一歩のところ……
そこで父親は倒れた。
子どもがわめく。
「少尉、ダヴェンポート少尉、いけません」
軍曹の声が聞こえる。
兵士たちが彼を抑えようとした。
それらを振り返りダヴェンポートは飛び出していた。
指揮官として失格。
軍人としても落第。
彼は一人の人間として飛び出した。
一撃目の狙撃。防御術式で辛うじて防ぐ。
二発目は、『魔術師殺し』の弾丸だ。
防御術式はきらめきながら割れてしまう。
弾丸がダヴェンポートに突き刺さる。
弾丸の威力は、この頃の彼の肉体強度の限界を超えていた。
肩から血飛沫が舞った。
帝国の狙撃は苛烈になる。
魔導士は標的として優先順位が高いからだ。
その時の弾丸はダヴェンポートに致命傷を与えたはずだった。
当然、彼も、それを感じていた。
軍曹が小銃を乱射しながら飛び出す。
そして、ダヴェンポートに駆け寄った。
弾を打ち切ったのか、はたまた満足のいく戦果を得られたせいか、帝国の狙撃が止んでいた。
太陽は、いつの間にか沈み、辺りは暗くなっている。
沈みゆく赤い空の下、やがて夜空に星が静かに瞬いていた。
「少尉、あなたって人は……」
ガトリング軍曹が、血だらけのダヴェンポートを抱きしめる。迷うことなく軍曹は、血だらけの彼を抱きしめたのだ。そして、母親の亡骸の下から幼女を救い出す。その子にもダヴェンポートの血がついていた。
意識が遠のく中、ダヴェンポートは父親の姿を見た。
命を失い倒れた彼の手とその妻の手は触れ合っていた。
パァーンと狙撃音。
軍曹が膝をつく。
ダヴェンポートは、この地獄を終わらせたいと思った。
道中、民間人の死体はあちらこちらに見掛けられた。
それらに……
それらを……
その方々のことを、彼は想う。
軍人でありながら、戦争が憎いと真に思う。
全て終われば良いのに……
それがポートラン市街地戦でのダヴェンポートの記憶は、ここで途切れる。
気が付けば見知らぬ場所に立っていた。
廃墟となった教会。
静寂に包まれた氷の世界が彼の周りに広がっていた。
物音一つないそこに、彼の慟哭がこだまする。
彼が落ち着くまでにはかなりの時間が必要だった。
それから時が経ち、夜明け前に王国軍と合流、その容姿、その美しさから一部の兵から『夜のプリマドンナ』と呼ばれはじめた。
敵味方問わず、ダヴェンポートが記憶を失った地点から周囲五キロほどに生存者は数名を除いては生存者は確認されていない。
生存者は、ダヴェンポートの血を浴びていたガトリング軍曹とコンクリに染みた彼の血のところにいた兵士たち、そして戦災孤児となってしまったミミ……彼女は、ダヴェンポートが育った孤児院で、今はスクスクと育っている……だった。
一度目のダヴェンポートの覚醒。
そして二度目にある実験がされた。
そこで、いくつかの事が判明した。
ダヴェンポートは魔術の境地、世界創造を具現化できる域に達していること、そして、その副作用として容姿と性別が変貌してしまうこと……
そして最後に最大の長所と欠点が同居していることも判明している。
世界創造による破壊力は苛烈だが無差別に襲う。そして、世界創造は覚醒直接にしか展開できず、さらに、その消費魔力から一日に二度はできない……一ヶ月に二度すら可能とは断定できなかった。
他人と共に行動できない。
その短所を、ダヴェンポートが隊員たちに配った血のロザリオが辛うじて解決をした。
そして、ダヴェンポートの兵器としての運用が、王国内でまとまったのだ。




