第十四話 戦いの狭間で
一時の静けさが貴重だった。
たとえ遠くない場所から戦闘の気配が流れ込んでいても……
何よりも貴重だった。
ダヴェンポートたちは、森の中で休息する貴重な時間を得ていた。
木の幹に持たれて座る、ダヴェンポート中尉。
彼の懐中時計の針は、午後二時を指していた。
各員の応急手当て、それを、フランシス准尉が手伝っていた。
手慣れた手つき、包帯を巻くのがうまい。
時折、額の汗を拭いでいる。
「あの方が似合ってるな」
そうつぶやいたダヴェンポート。
隣にいた無線技師は、少し手を止める。しかし、声をかけるのも野暮だろうと、再び愛機の手入れに精を出していた。
怪我人は意外に多い。
防御術式があるとはいえ、無傷の者の方が少なかった。
フランシス准尉の手当てを怪我をしている兵たちが顔を赤らめながら受けている。それを、羨ましそうに見ている兵たちが、ダヴェンポートには微笑ましく思えた。
そして、騒がしい一団もいる。
「その時、俺がバババと敵を撃ったんだぜ」
新兵のヴァルトニーニが己の戦果を大袈裟に語る。
「テメェは無謀なだけだ。誰が守ってやったと思ってる」
そして軍曹の突っ込み。
皆の笑い。
ダヴェンポート中尉は、水筒の水を飲み込んだ。
時の過ごし方は様々だ。
他にも、武器の手入れする者たち、その眼差しは真剣で、手帳を開き、何かを書いている者は、心ここにあらずといった具合。
「隊長、無線が回復しました」
技師は声を弾ませた。彼にとっては、開戦して一年以上共にした愛機の復活だった。角ばった無骨な無線機を叩くと、それはパイロットランプをパチクリとさせる。
ダヴェンポート中尉から指示を待つ無線技師。
中尉が地図を見ながら思案をしていると、仲間の手当てを終えたばかりのフランシス准尉がそばに来た。
「准尉、お疲れ様。治療受けている時のアイツらの顔といったら……とにかく、貴官が居てくれて助かった。しばらく休んでてくれ」
「治療はまだ終わってません」
二人の会話に聞き耳を立ていた無線技師。
ガトリング軍曹が彼を呼んだ。
「フィリオ! こっちへ来い。機械音痴のコイツに教えてやってくれ!」
軍曹がヴァルトニーニを羽交締めにしている。
フィリオには、その状況でなぜ? という疑問。そして、これからが良いところなのに……という好奇心、それらが混ざるも軍曹を無視することはできなかった。
「機械音痴は軍曹もですよ」
無線技師は軍曹に嫌味を言いながら従うことにした。
「すまない、なら治療を続けてくれ」
無線技師は、まだ聞き耳を立てている。
彼は、離れる時、思わずため息をついてしまう。
「俺のことは気にかけるな。怪我人が優先だ」
朴念仁ここに有りと無線技師は苦笑する。
彼の盗み聞きは、ここまでだった。
砲撃の音が止む。
頭上の木々に小鳥たちが戻ってきた。
「怪我人は中尉ですよ」
「かすり傷だ」
ダヴェンポートはこめかみを怪我していた。
本人は気にする素振りを見せないが、流れ出した血の跡が、それを物語っている。
准尉はタオルを水筒で濡らす。
ダヴェンポートが「平気だ」と言う隙を彼女は与えなかった。
彼女が、彼の傷を優しく拭き取る。
するとダヴェンポートは、兵士たちが顔を赤らめた気持ちが少し分かる気がした。
簡単な応急処置を終えると彼女は彼の隣に座った。
小鳥の羽ばたきの音。
そよ風、枝葉を揺らす。
森の香りには硝煙の匂いが残っていた。
ダヴェンポートは夏の祭りを思い出し、不謹慎だと己を戒める。
時折、砲撃の音が聞こえてくる。
それも、どこか異国の出来事のようだ。
「休暇はどこに行かれるつもりですか?」
砲撃の地響きが身体を揺さぶる。
そよ風が肌に触れる。
硝煙の残り香は相変わらず。
戦いの真っ只中。
静かとはいえ、ほんのしばしの休息だ。
「休暇の話は縁起が良くないな」
ダヴェンポートは頭をかいた。
「そうですね。でも、ベルファス前線基地に戻られるのでしょ」
ダヴェンポートの隊の所属は、ベルファス前線基地になっていた。
「豊穣祈願祭に桜を見に来いって誘われてるんですよ」
豊穣祈願祭は、春分を祝う、春の祭りだ。
孤児院の庭に桜の木がある。
立派ではないが毎年、綺麗な桜を楽しませてくれる。
何処にでもあるような桜の木、ダヴェンポートにとっては思い出のある特別な桜でもあった。
「誘ってあげても良いですよ。どうせ、孤児院には顔を出すのでしょ。その桜もたまたま、同じ場所にあるみたいなんです」
ダヴェンポートは頭をかいた。
「返事は後でも良いですよ」
彼女は言う。
「皆が無事であれば、それが一番だ」
「そうですね、きっと上手くいきますよ」
彼女の視線の先、木々の枝葉を抜ける木漏れ日がキラキラと輝いている。
「そろそろ報告をせねばなるまい」
ダヴェンポートは、そう言って立ち上がる。
グラハム中将への報告。
それは、簡単に報告をするつもりだった。
侵攻は順調に進んでいるように思える。
日が暮れる前には大勢が決まる。
そうダヴェンポート中尉に思わせるほどだ。
帝国側に中央の戦略予備が、この戦場に投入された気配はない。
王国の、こことは別の侵攻先、海側のポートラン奪回作戦は難航しているということだ。
その意味でダヴェンポート中尉は囮を失敗したといえた。
しかし、彼の受け取った指示書には、その旨を記載されてなかったのだからと気持ちをすぐに切り替えることもできた。
「市街地線に投入されなかったのは、あのジジイの口添えか」
ダヴェンポートはつぶやかずにはいられない。
彼はポートランに良い思い出を持っていなかったからだ。
むしろ、あの戦いは彼にとって悪夢だと言っていい。
半分は夢うつつ、記憶も曖昧な最悪な戦場だ。
帝国は王国に対して突然、昨年の年明け早々、開戦を宣言した。
いや、それは世界に対しても同様だった。
電光石火の侵攻に、よその国と同様、王国も苦戦した。
海の要衝。
最大の軍港都市、ポートランも、丁度一年前の今頃には戦場になっていた。
ポートラン市街地戦。
多くの民間犠牲者が出た戦い。
帝国が『悪夢』と最初に出会った戦いだ。




