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第十二話 英雄へのあこがれ

「坊ちゃんはジッとしていて下さい」


 使用人は、幼児に言った。彼は、植木に背を向けながらハサミを入れている。


「なんで? 僕もやりたい」

「無理を言わないでください。私が叱られます」

 彼はずっと背を向けている。


「坊ちゃんは、名誉あるヴァルトニーニ家の跡継ぎです。そのままで立派です」

「何もしなくても?」

 幼児は両手に持っていたハサミとバケツのおもちゃをポトリと落とす。


「そのままできっと立派になられます」


 ピンク色のプラ製のバケツは地面の上を転げて止まった。


 立派なお屋敷。

 庭の花壇には四季折々の花が開く、芝生はいつも綺麗な緑色だ。


 寝室にあるふかふかのベット。

 部屋の灯りが静かにともる。


 そこで、幼児が寝る時、いつも母親が寄り添い、神話を読み聞かせていた。


「すごいわね。英雄さんがみんなを助けてくれるのよ。アーサーのことも、きっといつでも守ってくれるわ」


 彼女の読んで聞かせる物語の中で、英雄たちはいつでも輝いていた。


 幼いヴァルトニーニは、人々を守る英雄に憧れた。


 強大な敵に立ち向かい皆を助ける英雄たち。そして、その偉業が口々にたたえられていた。


 お話の最中、瞳を輝かせていた幼児は、いつの間にか夢の中へ。


 母親が本を閉じる。

 神話に子どもが喜ぶようアレンジを加えていた彼女。


 我が子の寝息に満足していた。


 彼女にとって我が子がそばにいる。

 ただ、それだけで幸せだった。


 そして、母親は、スヤスヤとねむる我が子の髪を優しい手つきで撫でてやるのだった。


「俺だって強くなりたい」

 幼児から大人へと近づき、ヴァルトニーニは強くそう思う。


 そして軍隊に志願書を出した。


 ある日、父親から書斎に呼び出される。

「これは、何だ?」


 彼が書いた志願書が絨毯の上に投げ出された。


「アーサーいい加減にしろ! 何が不満なんだ! 何一つ不自由はさせてない! ……しかも、一般志願だと……」


「家の力など不要です。余計なことはしないで頂きたい」

 アーサー・ヴァルトニーニは、志願書を拾い上げると、すぐに、彼は部屋を出ようとした。


 父親がテーブルを叩く。

「分からんのか、母さんを悲しませるな。兵隊だなんて、お前には無理だ」


「魔法だって使えるんだ。そこら辺の奴らより俺の方が強いって先生も言ってたぜ」


「あの、くだらん火遊びのことか……お前に家庭教師を付けたのは失敗だったな」

「くだらないのは父さんの方だ」

「何だと! 子どものお前に何がわかる!」

「世間体ばかり気にして、くだらない根回しばかり……志願だって勝手に」

「喜んで我が子を戦場に送る親が何処にいる? 言ってみろ!」

「どこにだっているさ!」

「それは金がないからだ!」

「そういうとこだよ! 金で俺を買うな!」


 父親は一瞬、愕然とする。

 そして、肩を大きく震わせた。


「もう一度、言ってみろ!」


「ああ、何度でも言ってやる! 金で俺を買うな! 俺は実力で成り上がる! 父さんみたいには……」


 ヴァルトニーニは父親を見て、その先を言うのをやめた。

 代わりに言葉を変えた。


「父さんだって、俺が英雄になって家の名が上がれば……」

「そうだな、勝手にしろ。だが、断言してやる。今のままでは、おまえは、英雄になんてなれない」


 父親は息子に出ていけと手で合図をした。


「なれないなんて……絶対、俺は、戦場で英雄に……」

 彼は部屋を出て行った。


「そういうことじゃないんだ、アーサー……いったい、なんで……ただおまえのことが……」

 父親はつぶやいた。


 練兵場でのこと。


「平民でも戦功いかんでは、騎士爵を得て佐官でも将官にもなれる。どうせなら、大将になってみろ!」

 訓練官は口癖のようにいう。


 そこで、魔法適正の高いヴァルトニーニは、めきめきと頭角をあらわしていった。


「叙勲を断った奴がいるらしいぞ」


 そこで彼はこんな噂を聞いた。

 なんでも孤児出身の少尉で叙勲を断った奴がいると……


 名誉ある叙勲を断るのは、後ろめたいことがあるからに違いないと思い、さらに『夜のプリマドンナ』という異名持ちだと知り、その思いは確信へ。


「情けない奴……」


 やがて彼は訓練過程を終え、一般入隊では異例の分隊長の役職を得た。


「そこらの将校より強い」

 練兵場での評価にヴァルトニーニは、より一層の自信を得てしまう。


 そして、意気揚々と前線に彼は赴いたのだった。


 だが、彼の父親が待遇が良くなるようにと裏で根回しをしたことを、ヴァルトニーニは知らない。そしてその父親も、伯爵家の私生児を処理するために息子が巻き込まれてしまったことを知らなかった。


 今では、苛烈さを増していく戦場、その只中にヴァルトニーニは身を置いていた。


 彼が望んでいた戦場だ。


 そこは、木々が鬱蒼うっそうと茂り、枝葉が空を覆い隠していた。暗い暗い森の中に、撃ち合う銃声が絶えず響き合っている。


 遠くから木々の合間を縫うようして帝国兵達が進んでいた。

 彼らは木の影から飛び出すとガトリング軍曹たちを執拗に攻めている。


 新兵のヴァルトニーニが、そこへ向かって飛び出す。


「このばか!」

 ガトリング軍曹の制止を彼は無視をした。


 ヴァルトニーニは、向かってくる銃弾の軌跡を皮一枚でかわして見せる。次に、途中にある地中から浮き出した大きな根を軽く飛び越した。


 それは、獲物を見つけた狼のような動き!

 そして最後には彼は敵を撃っていた。


「どうだ、今の見たか?」

 振り返ってはしゃいぐのは新兵のヴァルトニーニだ。


「邪魔だ! どいてろ!」

 その彼に仲間の兵がタックルをした。


「くそっ、何しやがる」

 牙をむき出したヴァルトニーニは、仲間が二人の敵を撃ち追い払うのを見た。


 その仲間は、何も言わず次の行動に出る。


「ちっ、俺だって」

 ヴァルトニーニは、ブーツ裏の泥を、岩にこするようにして落とした。


 すく隣でガトリング軍曹の対戦車砲が火を吹いた。

 轟音が響く。森の中が雷に打たれたかのように明るくなった。


 白い煙が広がる。

 銃声が止んだかのような静けさ、そして、撃ち合いがはじまる。


 それでも、ここでの敵の火線は弱まり、徐々に戦場は別の場所へ移動しつつあった。


 ヴァルトニーニは、新たな舞台の中心を目指そうとする。


 その彼を邪魔をする者がいた。

 戦車砲を片手で抱えるガトリング軍曹だ。


「こっちに来い!」

 彼は岩場の影に新兵のヴァルトニーニを引っ張り込む。


 軍曹は続けざまにげきを飛ばした。

「ニコ! ジャック! B班は三時の方向を抑えておけ。


 一緒に飛び出ようとするヴァルトニーニ。

 軍曹は頭を抑えつけた。


「慌てるな! 落ち着け!」

「邪魔するなよ、おっさん! 隊長だって俺に期待してるって言ってただろ!」


 軍曹はタバコに火をつけた。

 そして、一本、彼にすすめようする。


「そんな毒は吸わねえ」

 手で跳ね除けるヴァルトニーニ。


 軍曹はタバコの煙を空へとふかす。

「さっきみたいな危ないまねはよせ」

「ちっ、子ども扱いかよ」

「俺が親父ならそうかもな……だだ、あれは、いけない」


 軍曹は指に挟んだタバコを自分のほほのすれすれを通過させる。


「あんなヒョロヒョロ弾になんか当たらねぇよ」

「かもな、だが、それは俺が判断することだ。隊長から預かった命だ。無駄遣いはさせない」

「そんなこと知るかよ」

 横を向くヴァルトニーニ。


 軍曹は、もう一度、タバコをふかすと、それを消す。


「確かにさっきの動きには見どころがあった……」

 ヴァルトニーニの頭に大きな手をのせる。


「……だが、ここから落ち着いて見てみろ」


 岩場の周りでは仲間たちが戦っている。


 誰もが誰かの背を守り、他の誰かが敵を撃つ。

 皆が一つの何かに結ばれているようだった。


「今、目立っても損だ。周りを見ろ、そして戦え。命をかける時は、俺が命令をしてやる」

「命令ってなんだよ」

「命令は、命令だ。ただ覚悟した方が良いことが二つある。『突撃』って声が上がったら命がけでいけ」


「もう一つは」


「隊長が謝りながら命令する時だ。その時は……覚悟を決めろ」


 ヴァルトニーニは水筒の水をゴクリと飲んだ。


「さて、行くか小僧、離れるなよ」


 二人は岩場から飛び出した。

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