第十一話 マエストロ
要塞攻略戦は継続している。
森の緑はみずみずしさを失い、灰を被っていた。
爆発音が轟く。
巨大な火の玉が弾けて爆発した。
ダヴェンポート中尉が咳き込む。
他の隊員たちも同様だ。
さらに一発、もう一発と陸戦空中支援部隊に襲いかかる。
フランシス准尉の防御術式を核として各々が身を守る。
部隊がまとまった状態。
防御が固くとも格好の標的になってしまっている。
「爆炎、必中、加速、それに」
ダヴェンポート中尉は射線に異常を感知する。
弾速は遅い。だが、射線が円を描くように曲がっていた。
明らかに防御の薄い背後を狙う動きだ。
ダヴェンポート中尉は悠然とその着弾場所へ腕を伸ばす。
防御術式をぶつけようとした。
弾丸が物理を無視して、それを避ける。
「誘導術式だと……!」
ならばと網目状に防御術式を展開して潰してみせた。
巨大な爆炎が弾け飛ぶ!
山中にいる『天眼』のクライブは絶叫!
その絶叫とダヴェンポート中尉のつぶやきとセリフが一致する。
「いったい、いくつの術式を同時展開してやがる」
ダヴェンポート中尉率いる陸戦空中支援部隊は、まだまとまった状態でいる。フランシス准尉の防御術式を核とした盾は厚く盤石だった。
だがこのままではジリ貧。
こうも一箇所に火力を集中されれば、盾が壊れるのも時間の問題だった。
「クソッ、分散して散らばれ! 四機一組でカルテットだ! 陸戦の応用をしろ! 亀の甲羅に身を隠せ! いいか、今は足元は気にするな!」
ダヴェンポート中尉は矢継ぎ早に指示を出す。
亀の甲羅とは陸戦魔道が殲滅魔法から防御する時の術式だ。四人一組、カルテットで術式を組み合わせることでより強固な防御術式を形成する。その術式が亀の甲羅に似ていることから軍内では『亀の甲羅』と呼ばれていた。
流石に誰も空戦でそれを形成したことは無かった。
この術式は亀の甲羅と呼ばれるだけあって、その腹の部分、足元の地上から攻撃には全くの無防備だったからだ。
「動け! 動け! 動け!」
四人一組、カルテットを維持したまま、回避行動を続ける。
上昇と下降、そして右へ左へと位置を激しく変えていく。
それでも、必要以上にバラけることは無かった。
見事な連動。
それぞれの一つの生き物の手足のように飛び回る。
その中心に必ずいるのがダヴェンポート中尉。
いまだに無線は途絶したまま。
大声の指示では届かない距離。
ミカエル・ダヴェンポート少尉。
彼は部隊の中心で悠然と構えていた。
彼自身が周囲に満たした薄く張った魔力を利用し、身振り手振りで見事に部隊を動かす。
空中に浮遊しながら優雅にそれをこなしていた。
合間、合間で大きく腕振り、いくもの術式を同時展開。そして、次々と弾丸を撃ち落とす。
大小様々の爆炎が現れては消えていく。
その轟音がオーケストラに彩りを添えているかのようだ。
空中に誕生したコンサート会場。
そこに身振り手振りで部隊を動かす指揮者がいる。
ハートフォード副隊長は感心せずにいられない。
『マエストロ』との異名は伊達じゃないのだ。
『天眼』のクライブのそばにいたマリーが悲痛な叫びを上げる。
「もう、やめて!」
クライブは鼻血を出している。
だが、それを気にする素振りもなく、不敵な笑みを浮かべたままだ。
マリーの声は彼には決して届かない。
『ヘルメスの眼球』たちも彼女からの思考は遮断していた。
指揮者がダヴェンポートならコンサートマスターもいる。
彼の意をくみとり、音楽の完成度を上げてくれるヴァイオリニスト。
その役目を務めているのがフランシス准尉だった。
彼女がダヴェンポートの意を汲み取り、魔力的にサポートをしている。時に指揮の先回りをし、ズレそうになれば上手に修正して見せた。
フランシス准尉なしではオーケストラの美しいハーモニーが生まれることはない。
ダヴェンポート中尉は一定の範囲内で航空隊が専用装備でもって辛うじて実現していた乱数回避を部隊単位でやってのけた。
まさに神業に近い所業だ。
誰が見ても申し分ない部隊連動。
宇宙の眼は、それを分析していた。
事の進捗は彼らの思惑通り。
ただ回避運動の分析に手間取ったのは誤算だった。
人間には癖がある。ダヴェンポート中尉は限りなく乱数に近い運動を組み合わせた。『ヘルメスの眼』が一瞬、混乱したほどだ。
ただ癖を見抜くことは完了した。
そして彼の人柄を利用する。
『天眼』のクライブの膝が抜けそうだ。
マリーが必死に彼の身体を支える。
「あと三度で終いだ」
ダヴェンポート中尉は狙撃手の位置特定に目安が立った。必中や誘導といった術式が物理を無視するので時間が掛かったが10メートル四方程度には絞り込めている。
狙撃手は三箇所にバラバラに配置されていた。
ダヴェンポート中尉の魔術操作はずば抜けていたが、火力が足りていない。
「銃を構えろ!」
自らもライフルを構える。
標的は、中尉の陸戦魔道用ライフルでは射程内。
だが、他の隊員たちの空中支援用小型ライフルでは厳しい距離……
ライフル型の航空支援器具、その方針から打ち出される口径の大きい弾丸の火力は、そこらの戦車射撃より威力があるが、回避運動をしながら遠くを狙うことは無理だった。
隊員たちが背中のライフルを下ろして構える。
そして、一抹の不安が隊員たちによぎった。
回避運動しながらの射撃。
加えて標的は射程外だ。
隊員たちの不安をよそに、ダヴェンポート中尉は、カウンターを狙っていた。
狙撃した瞬間、敵の位置が判明する、そこへ弾を打ち込むシンプルな作戦。
刹那の静けさ。
激しかった狙撃の合間に生まれた間だ。
ダヴェンポート中尉の身体は反応で動いていた。
彼は飛行術式を最大で活性化させる。妖精たちが撒き散らす鱗粉のような魔力がきらめく。
そして、彼はフランシスの前へ勢いよく躍り出た。
その刹那、弾丸が彼を襲う。
薄く周囲に伸ばしていたダヴェンポート中尉の魔力。それらが主人の危機を察知するかのように防御膜を次々と展開する。
まるで魔力それ自身が意思を持っているかのような複雑で高度な自動展開術式。
幾重の強固な防御術式を、その弾丸は、いともたやすく破壊していく。
『必中術式』は必ず標的を捉える。
『加速術式』は摩擦を魔力へと転換、抵抗の無くなった弾丸は速度を増し、余る魔力は破壊力に転換される。
『貫通術式』は障害物に当たって弾丸が潰れることを防ぎ防御術式を破壊していく。
『爆裂術式』はその名の通り、ただし、貫通との併用は前例がない。
『属性添加術式』は地水火風空の五大属性を与える術式。主に上位の魔導士を標的にする際に込められる術式だ。
五つの術式が込められた弾丸。
属性は火と土。火は破壊力の最大化、土は水属性のフランシスと相性が最悪だ。
狙撃の標的はフランシス准尉に間違いない!
『ヘルメスの眼球』たちの狙いは、ダヴェンポート中尉の手足をもぎ取ろうとすることだ。
そして彼は、彼らの狙い通りに動いて見せた。
それらは、全て刹那の出来事。
フランシス准尉には、流れ星の矢がダヴェンポート中尉に直撃したかのように見えた!
事実、彼の頭蓋に弾丸が直撃!
その衝撃に、脳が揺らされる!
残りの弾丸は彼の身体に命中した!
「中尉! 中尉!」
ヒステリックな悲鳴。
フランシス准尉のその大きな悲鳴は、ダヴェンポート中尉には遠くからに聞こえた。
三半規管を揺らされグワングワンとした感覚が襲う!
その最中、ダヴェンポート中尉は、自らの頑丈さに感心をしていた。
「丈夫に産んでくれた親に感謝しないとな」
と思い、
「いや、育ててくれたか……」
などと孤児院の院長先生の顔を浮かべる余裕がある。彼にとっての母親の顔は、いつでも優しく微笑んでいた。
「丁度良い! 来いよ!」
彼はふらつきながらも片手で銃を取る。
「中尉!」
フランシスの叫びだ。
彼女を庇って命を落とした同僚の顔が浮かぶ。
その全てをダヴェンポート中尉がかき消す。
「准尉、落ち着け……大丈夫だ!」
フランシスの目の前にはダヴェンポートがいた。
被弾した頭を彼は抑えている。
頭をかく、彼のいつもの癖にも見えた。
「銃を構えろ! 来るぞ!」
ダヴェンポートが大声で叫ぶ!
そして背中に向かって小声で言う。
「准尉は無理しなくても良いぞ。防御を任せる」
ダヴェンポート中尉は抑えていた頭から手を離す。
いくもの魔法陣が宙に描かれていく。
それらは複雑に絡み合い形も色も様々だった。
全てが合わさると天空に一枚のステンドグラスが出来上がる。
「気を使わなくても大丈夫ですよ……バカ」
フランシス准尉も銃を構えた。
そしてハッキリと皆に伝える。
「狙え! 後は中尉が補正してくださる!」
ダヴェンポート中尉は、十七発に及ぶ弾丸全てを補正、そして術式を込めた威力ある弾丸にして敵を始末するつもりだ!
隊員全員が自信を持って銃を構える!
誰もが、これで決着がつくと信じて疑わない。
「言葉が足りないのよ」
フランシス准尉も必ず当てると意思を銃に込めた。
『天眼』のクライブの「二発目」というつぶやき。
彼の膝はもう地面に付いていた。
山腹から狙撃手が狙い撃つ!
ダヴェンポート中尉は、寸分と違わない時間に叫んでいた!
「撃て!」
弾丸の射線が交差する。
その数、三と十八!
これで山腹の狙撃兵とは決着がついた。
その少し前、ダヴェンポート中尉が「撃て」と叫んだ時。
彼の足元に人影があらわれた!
以前、ダヴェンポートたちがあえて見逃した帝国兵。その彼が、ダヴェンポートの足元に見える。
ダヴェンポート中尉は、その立ち位置を木々の生えていない空き地へと誘導されていたのだ。
無防備の足元。
ダヴェンポートには、防御術式を展開する余裕はない……はずだった。
『ヘルメスの眼球』の計算では、彼に、これ以上の余力は無いはずだったのだ。
これ以上は伝説級の域を超えている。
足元の帝国兵。
クライブが憑依し『ヘルメスの眼球』から無尽蔵の魔力供給を受ける存在。
その最大火力がダヴェンポート中尉の足元から迫る。
彼は足元に防御術式を瞬時に展開。
先程の流れ星同様、次々と破られ、その身体に被弾してしまう。たが、先程同様、ダヴェンポート中尉に致命傷を与えるのには至らない。
『ヘルメスの眼球』とクライブに手を緩める気は、さらさらなかった。
彼らにとって、ここが正念場だ。
帝国兵の目から血が噴き出す。
彼の身体は限界を超えた!
そして、二撃目を狙う!
それをフランシス准尉が阻止をした。
彼女は躊躇うことなく帝国兵を狙い撃ったのだ。
ダヴェンポート中尉が足元に銃を構えた時。
帝国兵は、息を引き取った後だった。
地面に横たわる帝国兵。
「無理をさせて申し訳ない」
と言うダヴェンポートに
「バカを言わないでください」
とフランシス准尉は返事した。
『天眼』のクライブは『ヘルメスの眼球』たちとのつながりを閉ざした。辛うじて、彼の意思で、それが出来た。
クライブは、手をマリーへと差し出す。
彼女から薬を受け取るためだ。
数粒では足りず、瓶ごと手に取ると、かなりの量をがぶ飲みした。
マリーは黙ったまま……
「悪いな、決着まで少し時間がかかりそうだ」
クライブは、いつになく肩を落として、そう言った。
宇宙では『ヘルメスの眼球』たちが大騒ぎをはじめた。
ジジジ、ジジジという機械音があちこちから飛び交う。
「能力の更新」
「原初の魔法」
「クロロノート」
「四季の魔女」
これらのワードが飛び交い、最後には、
「冬の魔法使い」
という言葉も出た。
大勢の『ヘルメスの眼球』が否定した。
最大の理由は「性別が違う」ということだ。
『冬の魔女』因子をダヴェンポートがもっていたとして、その因子は女性で無ければ活性化しない。
これは、誰も否定できない現実だった。
ジジジ、ジジジという機械音は、しばらく続くこととなった。
『ククルース神話』は、この星で経典のように扱われている。
その外典に『クロロノート』というのがあった。
四季の魔女は、そこに描かれている神話だ。
『冬の魔法使い』が全てを終わらせたという内容もそこにある。
そして、冬の祝典は、一人寂しく世界に残された冬の魔女をなぐさめる為の催事が起源とされている。
ダヴェンポート中尉は、地上のガトリング軍曹と合流した。




