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5 友人(2)

「ボクも下手するとあれに飲み込まれちゃってたんだよね。それを思い返すと今でもちょっと怖くなるけど、ボクは結構単純だからさ。のど元をすぎちゃえばそんなに引きずらないタイプなの」

 そう言ってにこりと笑顔をみせる。

 しかし、それに対して何も言わず見下ろしてくるシーカの視線にうながされるように、やがて彼女は「でも」と呟くように言った。

「ちょっと気になるんだよね。ここって死んだ人が来るところみたいだけど、羽の生えた人たちに選ばれないと来られないんでしょ? わざわざ選ばれて来るような人に悪い人なんているのかなって……。ボクみたいに戦いが得意じゃない人も呼ばれて来てるみたいだから、いろんな人がいるのかもしれないけど、悪人を招く必要はないんじゃないかと思って。だったら、赤い魔石でああなっちゃった人も本当はいい人だったんじゃないのかな」

 シアのそんな疑問にシーカはわずかに沈黙をはさんだあと、静かに答えた。

「鳥たちはあくまでも『最後の戦いの時に戦力となる魂』を召喚しているだけで、それが悪人か善人かは問題としていない。一説によれば、善人ばかりではいずれ発展しなくなるため悪人も招き入れていると聞く」

「どういうこと?」

 不思議そうに首をかしげたシアに、シーカは少し面倒くさそうに短い沈黙を返したが、そのまま黙り込むことはせずに言葉を続けた。

「たとえば『安全な家』を作ろうと考えた時、もしも周りに泥棒も空き巣もいなかったら誰も家に鍵などかけないだろう。門も必要ないし、頑丈で複雑な鍵を作る技術などおそらく失われるに違いない」

「それで戦いの時が来ちゃったら、身を守る技術がない状態になってるってこと?」

 シアの言葉に黙ったままシーカが頷く。

「そういったことが起きないよう、さまざまな人間が招かれていると言う者もいる。真実は鳥たちにしか判らないがな」

 それを聞いてどこか安心したような声で、しかし複雑な表情を浮かべながらシアは言った。

「じゃああの人も……本当に悪い人だったかもしれないんだね。いい人だったかもしれないけど」

 その言葉にシーカは相も変わらず平板な口調で応えた。

「善悪というのは主観的なものだ。誰かから見れば善でも、敵対する誰かから見れば悪にもなりうる。第三者のお前に善悪を判断する材料がないなら、信じたい方を信じればいい。そしてそれを否定する証拠がないなら、誰もそれをとがめたり批判することもないだろう」

 それにシアは「そうだね」と小さく呟いた。

「……話がそれだけなら私は薬師の仕事があるので帰るが」

 シアは死霊や魂、屍師についてもっといろいろ訊きたい気がしたが、それ以上尋ねるのは何となくはばかられ、代わりに別のことを口にした。

「そうだ、キミは薬師だったっけ。ボク、薬草の採集もできるから必要なものがあれば言ってよ。ボクが採ってきて、友達価格で売ってあげる!」

「友達価格……?」

「うん。ボクたちもう友達でしょ?」

 そう言ってシアは再び満面の笑みを見せる。そして元気に手を差し出して言った。

「名乗り忘れてたけど、ボクはシアっていうの。よろしくね」

「……私はルル・シーカだ」

「うん、知ってる。『るるたん』って呼ぶね!」

 黒い手袋に覆われた体温が感じられないシーカの手を取り、シアが元気いっぱいに言う。フード越しでもシーカが絶句しているのが判ったが、彼女は何も気にしなかった。

「ああ、でもキミとビジネスの話をする前に何が高く売れるかとか、取引におすすめの素材とか、知ってたら教えて欲しいんだよね。ボクまだここの需要とか相場とか全然判ってないからさ」

 死んでからもお金を稼ぐことを考えるなんておかしいけど、とシアは笑いながら付け足すように言う。

 はじめにこの地に来た時にも彼女はそう思って一人で笑ったが、少しの間生活してみて何となく彼女は理解した。死後であろうと魂だけになろうと、おそらく人間の営みというものは基本的に何も変わらないのだろうと。

 だから善人もいれば悪人もいるし、こんな世界でもお金には一定の価値があり、それを稼ぐために悪いことをする者もいれば、赤い魔石のようなもので一儲けしたがる者もいる。その一方で何の利益もないのに死霊のために心を砕く者もいて――結局のところ、この地もまた彼女がいた世界と大した違いはないように思えたのだった。

 ならば普段通り、自分のやりたいようにやろうとシアは考える。その現在やりたいことの一つが、友人と得意先を作ることだ。

「ねえ、るるたん、聞いてる?」

 そう声をかけられ、呆然としていたシーカはやがて氷が溶けたかのようにぎこちなく首を回らせ、疲れたように息をついて尋ねた。

「この街の地図は持っているのか?」

 それにシアが不思議そうな顔で首を振って応えるのを見て、シーカはおもむろに地図屋の方へ歩いて行った。日暮れ前のこの時間に地図屋のカウンターの向こうにいるのはフランクだ。

「街の地図を一枚。あとペンを貸して欲しい」

 フランクから地図とペンを受け取ると、シーカは買ったばかりの地図を裏返した。それをカウンターの上に置き、何も書かれていない裏面にすらすらと文字を書き込んでいく。

 背伸びをしてカウンターをのぞき込んだシアは、それを見て驚嘆の声をあげた。

「うわあ……飾り文字を実際に書く人、初めて見た」

 それには応えず、シーカはやがて何かを書き終えた地図をシアに渡して言った。

「これ以外の細かなことは地図屋に訊くか、自分で市場を見て調べてくれ」

 そして別れのあいさつもなく、彼は地上に続く階段の方へと去って行った。

 シアはシーカに渡された地図の裏面をしばらく眺めたあと、首をかしげながら言う。

「ボク、飾り文字はあんまり判らないから自信がないんだけど……これ、素材の取引表?」

「見せてみな」

 フランクがそう言って地図の裏面に書かれた文章を途切れがちに読み上げ始める。

「素材名、買い取り価格……えーと、この装飾だとこれは……市場の高需要素材?」

「やっぱり」

「あいつに持ち込んだら買い取ってくれる素材と、その値段が書いてあるな。相場よりちょっと高めになってる。それ以外の、市場で安定した需要がある素材の一覧がこっちだ。あと最後に、高級素材だが需要が不安定でリスキーなものも書いてある」

 高額で取引されているが、入手や保管に手間と資金がかかる上に日持ちせず、買い手がいない時だとかなりの大損になるような特殊素材だとフランクは説明した。

「こういうのは市場で価格を見てるだけじゃ判らない情報だな」

「ねえ、るるたんってもしかしてめちゃくちゃまめで親切な人?」

 それを聞いてフランクが吹き出す。

「るるたんって、シーカのことか?」

「うん」

 散々笑ったあと、フランクは息を整えながら「少なくとも悪人でないことは保証するよ」と言う。

「死霊のためにわざわざ墓代わりの石塔を建てるなんてのはよほどの物好きか、お人好しくらいだろうさ」

「……かもね」

 そう言ってシアはシーカが立ち去った階段の方を見やる。

 そして少しの間何事か考えていた風だったが、やがて意を決したように頷いて言った。

「よし、市場の情報はありがたくもらうとして、取引表の方は訂正しなくちゃ。友達価格は相場より安くするって決めてるんだから」

「ほう、それならあいつから薬を買う時は相場より高く買うのか?」

 感心したようにフランクが言うと、シアはまさかと言わんばかりの顔で首を振って答えた。

「相場より安く売ってもらうに決まってるじゃん。それなら公平でしょ?」

「なるほど、それは確かに適正な『友達価格』かもな」

 フランクはそう言って豪快に笑う。

 そして、シーカからの報告書を読んだ彼は思った。今回の件で墓守は数人の友人を失ったようだが、その代わりに小さな新しい友人を一人得たようだ、と。

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