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 後日、シーカからの書面による報告や今回の件にたずさわった傭兵とレンジャーたちの意見、見解などを受け、墓地街の自治局は赤い魔石に関する専門機関を立ち上げて本格的な調査を開始すると公表した。それには地上墓地周辺を管轄としているレンジャーたちも協力することになっており、墓地街の自治局およびその近隣の赤い魔石に対する認識や環境は多少なりとも改善したと言える。

 しかしその一方で、蘇生術を使う屍師やシーカ個人への不信感が一部では高まる結果になった。

 元々、蘇生術は神の御業を真似た恐ろしい行為だとして宗教家の中に反感を持つ者がおり、そこに赤い魔石を併用することで地上墓地の支配をたくらんでいるのではないかと邪推する者が加わったような形だ。それについてはモニカが蘇生を頼んだのであり、シーカの意思ではないと何度も説明がなされたが、そういった考えを持つ者がいなくなることはなかった。モニカの強引なやり方に賛同しない者が少なからずいたことや、独断で魔石を使わせたり蘇生を提案した彼女に何のおとがめもなかったことも反感を招く要因の一つであったと言える。

 自治局の長がモニカに対して一切の処罰をせず、不問に付した明確な理由は公表されていない。彼女のこれまでの功績によるものだとする者もいれば、私情によるひいきだと噂する者もいる。

 理由がどちらにせよ、そんな状況下ではモニカがシーカへの誤解を解こうと弁護すればするほど共謀の疑いをかけられる始末で、そうなっては彼女としてもいつまでも騒ぎ立てるわけにはいかず、問われればきっぱりと否定し、毅然とした態度で誠実に自分の役割を果たす以外に対処のしようがなかった。

 もっとも、当のシーカは自治局やその周辺における一部の評価などまったく気にした様子はなく、変わらず地上墓地で墓守じみたことを続けている。

 この件によりレンジャーは精鋭部隊のうち一人を、自治局は傭兵の二人を永久に失い、地上墓地からは四体の死霊の魂が消滅した。また、意外に深刻な被害が出たのは周辺の大地で、長年にわたり霊樹や自然、そしてシーカの建てた石塔により徐々に浄化が進んでいたものが、まき散らされた穢れの雫や肉片の残骸などにより汚染され、数十年の成果を一瞬で無に帰したとされている。

 しかし、そうして再び穢れた地上墓地の現状やレンジャーと傭兵の死を嘆く者はあれど、死霊たちのことを知るのも彼らを悼むのも一人の屍師だけであり、そんな彼の心情を気にかけたのは若草の民の少女だけだった。


「私に用とは?」

 墓地街の地下一階、地図屋の近くにぽつりと立つ街灯の下で何をするでもなくたたずんでいたシーカは、自分を呼び出した若草の民の少女がやって来ると開口一番にそう尋ねた。

 それにシアは愛想がないと不満そうに文句を言ったが、彼が何も言わないのであきらめたように肩をすくめ、「別に」と答える。

「用っていうほどのことは何もないんだけど、落ち込んでないかなって、ちょっと気になっただけ」

「何故?」

 少し驚いたような口調で言って、シーカはかすかに首を傾けた。相変わらずその表情は黒いフードに隠されて見えない。

 今日は死霊こそ連れていないが、全身闇のように暗い色のローブに身を包んだ彼の風貌は見るからに怪しげで、多少彼のことを見知っていたとしても気軽に話しかけようという気にはならないだろう。

 だが、シアはまるで親しい友人と話すように何の気負いもなく言葉を返した。

「だって、この前キミは友達の死霊を何人か亡くしたでしょ」

「……」

 『死霊を亡くす』というのはどこか奇妙な表現だったが、シア自身は特に疑問に思っていないようだった。

 言葉を返さないシーカに、まるで独り言でも言うようにシアが話を続ける。

「ボク、モニカ姐さんに聞いたの。キミは地上にいる死霊たちを休ませようとずっと頑張ってて、戦いで死んだあの人たちをもう戦わせるつもりはないし、召喚の魔術で支配するつもりもないって。だから石塔に死霊の番人をつけるのも反対したって聞いた。最初にボクが見た、盗掘者を追って来てた死霊――あの人も石塔の番人っていうやつなんでしょ? 石塔を守るために自分から番人に立候補したんだってね。でも番人になると石塔のそばから離れられなくなって縛ることになるから、キミはそれを望んでなかったって聞いた。結局は承知したみたいだけど、とにかくキミは死霊たちに何かをさせるつもりはないみたいだし、この前の様子を見ててもできるだけ守ろうとしてるっていう感じだったからさ。何人かがあの気持ち悪い塊に飲まれちゃって、落ち込んでるかと思ったの」

 よどみなく言葉を連ねたシアはそこで一度息をつき、何も答えないシーカを見上げる。両者の視線はシーカのかぶる黒いフードと、その中に落ちる影にさえぎられて交わることはなかったが、シアは確かにそこにあるはずの彼の目をとらえたつもりで「それでね」と一方的に言葉を続けた。

「もし落ち込んでるなら、キミはできることを全力でやったと思うし、キミはボクに謝ったけど、キミのせいじゃないっていうのは伝えておこうと思って」

 そう言って下から真っ直ぐに見つめてくるシアを見下ろし、シーカはフードの奥でかすかにその赤い目を細める。

「……気を遣わせたようだな」

 その返答にシアは再び不満そうな表情を浮かべて頬をふくらませた。

「何それ。もうちょっと何か他の言葉はないの? 何だか役人とか商売相手と話してるみたい。ううん、少なくとも商人ならキミよりはまだ親しみのあることを言うよ」

 こんな調子だから地図屋もレンジャーも彼のことを心配しないのではないかとシアは思った。彼女が地図屋のモニカやレンジャーの部隊長にそれとなくシーカの様子を尋ねても、彼なら大丈夫だろうと二人は口をそろえて言うだけだ。

 こうして直接会ってみても、まるで他人事のように淡々と話し、落ち着いた態度ばかり見せるシーカの言動は人を『心配して損した』という気持ちにさせる。

 だが、本当に彼がそれほど物事を気に病む性質ではなかったとしても、何かあれば心配になるのが友人というものだとシアは考えていた。そして、それがたとえただのお節介だったとしても、彼女の知ったことではない。自然と湧き出る感情を止める理屈など彼女にはないのだ。

 そんなシアの心の内を察したのかどうかは判らないが、シーカはほんの少しだけフードを上げて赤い瞳で彼女の姿をとらえ、普段より柔らかに聞こえる声音で言葉を返した。

「気を悪くしたのなら申し訳ないが、こういう性格なので気にしないで欲しい。気にかけてくれたことには礼を言っておく」

 やけにあっさりとありがとうを言われ、シアはすっかり肩すかしを食らった気持ちになる。本当に余計なお世話だったのかもしれないと思った。だが、それほど彼が落ち込んでいないのなら、それに越したことはないのだろう。

 シアは特に反論はせず、あきらめたようにため息をついた。

 そんな彼女に代わり、今度はシーカが「お前は?」と口を切る。

「え?」

「この地に来て早々、あの件に巻き込まれて大変だったようだが」

 その言葉に「ああ」と納得したような声をあげてシアは肩をすくめてみせた。

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