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4 蘇生(3)

「お姉さん、ボクをあの木に登らせて!」

 突然発せられたそんなシアの力強い声がモニカを現実に引き戻す。

 小さな少女は真剣な面持ちで近くの背の高い木を指差していた。

「遊びじゃないのよ!」

 思わず声を荒らげてモニカは言ったが、シアは「そうじゃなくて」と首を振って木を見上げた。

「ボク、すごく目がいいから、見晴らしのいいところからなら心臓を見付けられるかも」

「あなた、若草の民……」

 驚いた様子で呟くモニカにシアは頷いてみせる。

 子供のような見た目に反し、若草の民の身体能力は流枝の民の大人に引けを取らず、何よりどの種族よりも目がいいことで有名だ。しかも多少の夜目も利く。かがり火があるとはいえ、充分ではない明かりの中で探し物をするなら彼女ほどの適任者は他にいないだろう。

 モニカはシアに頷き返し、何とか彼女を背の高い木の枝の一つに登らせようとその小さな体を持ち上げた。しかし、あと少しのところで一番近くにある枝に手が届かない。

「もうちょっと……」

 そう言いながら腕を伸ばすシアにおもむろにレイスが近寄り、見えない手でつまむようにしてその小柄な体を持ち上げると、木の中腹ほどにある太い枝の上に彼女を乗せた。

 それに目を丸くしながらシアが黒い幽霊を見下ろす。

「あ、ありがと……」

 レイスに礼を言い、そこからさらに何度か足をすべらせそうになりながらもシアは木を登る。

「木は切るのが専門で登るのは得意じゃないけど、ボクだってできることはやらなきゃね」

 先ほどの頬をぬらした一滴が涙だったのかどうかは彼女には判らないが、死霊たちを守ろうとしている様子のシーカが何人かを目の前で失ったのは確かだ。その痛みは知る由もないが、少なくとも少女を普段以上にやる気にさせた。

「よく考えたら心臓がどんな形なのかもボクはよく知らないけど……それっぽいのを探すしかないよね」

 何とか木のてっぺんに近いところにたどり着いたシアは心の中でそう呟き、薄闇の中に目をこらした。

 レンジャーや傭兵たちも心臓を探し、隠すなら内側だろうと考えてわざと深くえぐるような攻撃を中心にし始めている。

 複数人のレンジャーたちが同じ場所に矢を放つと、小さな鋼鉄の刃が立て続けに肉をうがち、奥深くまで貫いた。

 しかしその矢すら飲み込むようにして傷跡がふさがり、太い手足のように伸びた肉の塊が彼らを押しつぶそうと何度も地面を叩く。そのたびにぐらぐらと大地が揺れ、悲鳴をあげるように木々のきしむ音や葉ずれの音、土や石の割れる音が響いた。

「彼らにあいつを誘導してもらえないか言ってみるわ。隠すなら戦っている彼らの死角でしょうから、あなたの方に死角が向くようにしたら見付けやすいかも」

 不意に思い立った様子でモニカはシアにそう声をかけ、シーカやレンジャーたちのいる方へと駆けていく。彼女は自分の力のなさを充分に心得ているため、普段ならそんなことなどせずただ成り行きを見守っているだけだが、シアに感化されたのか、この時ばかりは何かをせずにはいられない気持ちだった。

 そんなモニカを追うようにレイスもついて行く。

 するとやがて徐々に肉塊は位置を変え始め、それに対峙する者たちもわざと一か所に集まって気を引くような派手な攻撃をくり出し始めた。もはや溶けた肉のように崩れた塊に前後があるのかは不明だが、一定の方面を集中的に狙う形だ。

 それが功を奏したのか、激しく波打ち、暴れる肉の塊の中に一定のリズムで収縮を続けながらもその場からあまり動かず、形を変えようとしない部分があることにシアは気付いた。

「何かあのあたりをかばうように動いてない? 陰に隠れるようにしてる塊みたいなのがあるし」

 シアのいる木のそばに戻り、彼女と共に心臓を見付けようと目をこらしているモニカにそう言いながら、シアは肉塊の下の方を指差してみせる。

「この距離でよく見えるわね。私には判らないけど……確かなの?」

 モニカは目を細めてシアの言う方を見たが、それらしきものを見付けることはできなかった。

 しかし、シアは木の中腹まで滑り降りて枝から身を乗り出し、「やっぱりあそこに何かあるよ」と確信を持った声音で言う。

「判った、伝えてくるわ。それが心臓だと信じましょう」

 シアが指し示した方を見て顔をしかめたモニカは、再びレイスを連れて正面で戦っている者たちの方へ向かった。

「地面に近いなら弓では難しいわ。気付かれないように少数の魔術師にそっちに回ってもらって、狙い撃ちしてもらいましょう」

 モニカの話を聞いてレンジャーがそう応える。

 それに頷き、モニカは近くにいたシーカに「あなたはどうする?」と尋ねた。

「こっちで気を引こう。私の魔術では力不足だ」

 そう言って小さく息をつく彼の様子からは、わずかに疲れが見てとれた。

「代わりにレイスを使ってくれ。彼女は戦いを嫌うが、戦いを終わらせるためとあれば力を貸してくれる」

「判った。じゃあ傭兵の魔術師たちにも伝えて、こっちでやってみるわ」

 あえてそれ以上の言葉はかけず、モニカは傭兵たちのいる方へと今度は足を向ける。

 それについていく黒い幽霊は何も言わなかったが、闇色のベールの向こうから彼の言葉にあらがう意思は感じられなかった。それが信頼によるものなのか、召喚の主従関係によるものなのかは判らない。あるいはそのどちらでもないのかもしれないが、モニカにはこの死霊と魔術師たちを頼る以外に方法はなかった。

「私は私にやれることをやるしかないわ」

 心の中で自分にそう言い聞かせたモニカは、二人の魔術師の傭兵を連れてシアの下に戻ると、彼女に心臓とおぼしきものの正確な場所を尋ね、相手に気付かれずそこに攻撃が届く最適な位置へと彼らを移動させた。

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