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4 蘇生(1)

     4


 結局、ただ巻き込まれただけであったはずのシアは、墓地街に送り届けるというレンジャーの申し出も、危険だと言うモニカの説得も断固として聞き入れず、今回の件の結末を最後まで見届けることになった。

 その場に居合わせた者すべてをあきれさせるほど彼女をかたくなにさせたのは、決して若草の民特有の好奇心の強さだけが原因ではない。彼女は彼女なりに、新たにこの地に暮らすことになった住人の一人として、この件に無関係ではいられない――他人事として素知らぬふりをするわけにはいかないと判断してのことだった。

 モニカやレンジャーの話からして、赤い魔石がこの先も墓地街やこのあたりの地域が抱える問題の一つになるであろうことは想像に難くない。ならばシア自身も赤い魔石に関する情報は持っておいて損はないだろう、というのが彼女の考えだ。いみじくもモニカが言ったように、未知のものに対する情報は多いに越したことはないのだから。

 シアがこの地に来る前にたずさわった最後の採掘作業も、貴重な鉱脈が見付かったという出所が曖昧な情報だけで行っていなければ、その結果は変わっていたかもしれない。

 ライバルのような存在であった近隣の流枝の民の山師たちに先を越される前にと、その山の詳しい情報も集めず、裏付けもない新たな鉱脈の話を鵜呑みにして採掘にとりかかった末に、彼女が加わった採掘チームは落盤事故にあった。若草の民の山師を煙たがっていた流枝の民の山師たちがわざと事故を起こしたと疑った者もいる。

 それが事故にせよ故意にせよ、少なくとも言えることは、彼女たちが事前にもっと採掘場所の情報を集めるか、鉱脈の情報の出所やその情報の信憑性を保証するような別の情報を得ていれば状況は変わっていたかもしれないということだ。

 目先の利益にとらわれ、大事なことを詳しく知ろうともしないのは危険だと彼女は身をもって知っていた。

 それに、と心の中でシアは呟く。

――ボクにぶつかって逃げようとしたあの男の人が何を望んでいたのかは判らないけど、その結末から目をそらしちゃいけない気がする。

 彼女にはもはや彼が本当の悪人であったのか、あるいは盗掘をしてでも何かを成し遂げようと願っただけの人であったのか判断はできない。

 ならばせめて最後まで見届けようとシアは思った。

 彼女は他人と仲良くなるのが得意で、友人も多い。それは何より彼女が縁というものを大事にする性格だからだ。たとえその縁が出会い頭に二言三言交わしただけのささいなものであったとしても、彼女にとっては簡単に切り捨ててしまえるようなものではなかった。

「あなたのおかげである程度の明かりが確保できたわ。ありがとう」

 すでに集まった精鋭部隊への指示がすんだのか、レンジャーが一人離れたところでぽつんとたたずんでいたシアの下へやって来てそう言った。

 彼女が視線を向けた先には、シアが作った即席のかがり火が見える。周囲の草木に燃え移らないよう工夫された、山や森での明かり用の火だ。それが四方に組み上げられ、森の暗闇にやわらかな光を投げかけている。

 そしてその中央には盗掘者の体が未だに乾いた大地に横たわり、それを他のレンジャーたちが遠巻きに取り囲んでいた。

「ボクにもできることがあって良かったよ。こういうのは山師は得意だから任せて」

 にこりと笑って胸を張るシアにレンジャーも微笑み返す。

「山師というのは立派なお仕事ね。私たちにも今度、あのかがり火の作り方を教えてくれないかしら」

「もちろん!」

 シアは元気にそう答えて親指を立ててみせる。

 しかし彼女はふと表情を曇らせ、「でも」と言いながら皆から少し離れたところにいるシーカの方へ顔を向けた。

「こんな大がかりなことをしちゃうと、もし本当に蘇生を中断しないといけなくなった時にやりづらくなったりしないかな」

「それは心配いらないと思うわ。たとえ戦力を集めたことが徒労に終わり、肩すかしになろうとも、まずいと思ったら彼は遠慮なく止めてくれるはずだから」

 シアの不安にそう答えたのはモニカだった。彼女の背後には傭兵とおぼしき者たちが集まっている。魔装を身にまとった魔術師が多いが、中には剣や弓を持つ者もおり、彼らの落ち着いた様相はいずれも戦い慣れした歴戦の猛者に見えた。

「こっちもそろったわ。準備が良ければシーカに蘇生を頼みましょう」

 モニカの言葉にレンジャーも頷く。

 シーカは幽霊のレイスの他に、一度姿を消した骨だけの魔術師メイジを再び従えて、戦力がそろう様子を黙って見守っていた。その彼の周囲には今もなお死霊たちが静かに控えている。彼らはかがり火の赤々とした光から逃れるように、光源の隅によどむ闇に身を寄せていた。そこからかすかにうめくような声と、乾いた骨の音が響いてくる。

 そんな異様とも言える状況に臆することなく、モニカはシーカに近付いて声をかけた。

「準備ができたわ。蘇生を試してもらえるかしら」

 それにシーカは黙然と頷き、地面に横たわったままの盗掘者の下に歩み寄る。肉が不自然なほどふくれ上がり、歪にゆがんだ状態の体を数秒の間見下ろすと、彼はそばに片膝をついて屈み込んだ。

 杖を持っていない方の腕を伸ばし、魔術師以外には判らない言葉で何事か呟く。

 その間にレイスはするりと音もなく宙を飛び、モニカとシアを守るべく彼女たちのそばに舞い降りた。

 手のひらを返したシーカの腕が何かを導くようにゆっくりと動き、変形した男の体に触れる。

 その瞬間、シーカの目には魔石と融合した魂がひとりでに男の肉体の中へ吸い込まれるように戻るのが視えた。

 本来魂を肉体に戻すには、屍師の完全なる誘導が必要だ。あるべき位置に魂をおさめ、肉体とつながるところまで屍師が誘導しなければ蘇生はかなわない――そのはずが、盗掘者の魂はまるで意思を持った生き物であるかのように男の体の中に自ら入り込んだばかりか、貪欲にもシーカまでも取り込もうとその腕を引っ張った。

 黒いローブに包まれたシーカの腕に、蔦のように伸びた魂が絡みつく。それに呼応するように男の肉体もぐにゃりとゆがみ、彼の腕をとらえようと盛り上がり始めた。

 シーカはすぐさまそれに気付いて蘇生を中断し腕を引っ込めようとしたが、男の魂も肉体ももはや彼の制御など及ぶどころか勝手に動き出し、己の中に取り込もうとする。

 真っ先に死霊たちの間でざわめきが生じ、ついでシーカの腕が男の体の方へ引っ張られるのを見てレンジャーや傭兵たちも異常事態であることを察した。

「射て!」

 レンジャーの鋭い号令でシーカの腕のそばに複数の矢が飛び、それらに貫かれて盛り上がった肉がひるむように引っ込む。それと同時に、死んだはずの男の口からすさまじい悲鳴があがった。

 その隙に傭兵たちがシーカを抱え、とらわれかけた腕を引き戻す。

「大丈夫か?」

「ああ……助かった」

 傭兵にそう答えたシーカの黒いローブの袖は酸にでもあたったかのようにボロボロに傷み、ところどころ穴があいている。手袋にいたってはほぼ原型をとどめておらず、彼が腕を上げると力尽きたように地面に落ちた。

「彼をさがらせて! 精鋭部隊は交戦準備!」

 レンジャーの凛とした号令が飛び、にわかにその場を緊張感が包み込む。傭兵たちの間でも、指揮官とおぼしき男の警戒をうながす声が響いた。

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