四話
僕達は朝起きて、軽い朝食を済ませると、街に買い出しに行った。
地下の隠れ家に戻れば、周りには何も無いので、消耗品はなるべく沢山買い溜めしておかなければならなかった。先生からお金を受け取り、買う物を言い渡されて、僕達は街にくりだした。
日用品から、医療品(主にレイとセレナが戦闘して消費している)、そして大量の食料と、全部合わせると結構な重量だった。
大量の荷物を抱えて、人通りの多い道を歩くのは危険なので、僕達は大きな通りを避けて歩いていた。
幸い、治安はかなり良い街なので、危ない目にあうことは無かったが、大きな通りでは見かけなかったような、変わった人達に会った。
最初に見たのは、気温が二十度を越えているのに、フードを被り、マスクをして、だぼだぼの、真っ黒なコートを被って歩いている人。それも一人では無く、そんな怪しい格好をした人を五人近くも見てしまったものだから、僕達は気分が悪くなった。僕はレイが背負った少し短めの槍に手を掛けているのを見てしまった。
次に見たのは、先程の人達とは対照的に、真っ白な、やたらと裾の長い服を着た人達だった。
「あの服って、一体どんな素材で作っているんだろう?あんなに白い生地って……」
セレナがひそひそ声で疑問を口にした。確かに、聖職者の衣装でさえ、あそこまで白くはない。
「もしかして、鳥の糞を練り上げて作っているんじゃねえか」
「どうしてそんな汚い発想しか出来ないのよ」
レイがセレナに殴られていた。
その後も、あの生地は何から出来ているかという事について、十分近くも話していた僕達だったが、正直僕は、生地云々よりも、あれを着て歩き回っている人々の神経の方がよっぽど気になった。
少々気味の悪い路地を抜け、普通の人々が通る通りにでると、ちょうど買い物を終えたらしい先生に出会った。
「お、そっちも買い物を終えたようだな。じゃあ、このまま帰るか」
そんなこんなで、僕達は地下の隠れ家に戻る事になった。
流石に、重い荷物を持って走るような余裕は、僕達にはなかった。やたらと長い距離を、何時間もかけて歩き、途中適当な場所で食事を済まして、更に歩き、来たときの何倍もの時間をかけて、僕達は帰ってきた。
「やっと着いた~」
隠れ家に着くと、レイが荷物を下ろし、大きく伸びをしていた。
僕達は、買って来た荷物をしかるべき場所に移し、久々に「我が家」で体を休めた。
その日疲れていた僕達は、爆睡し、しかし次の日、相変わらず完璧な体内時計を備えたレイが、しっかりいつも通りの時間に僕達を起こした。
「いやーしかし街は楽しかったね」
ウィルが街で買って来たソーセージを頬張りながら言った。
「これで武器も手に入ったし、街で買って来た物もいろいろあるし、しばらく退屈しねえな」
レイが壁に立てかけてある槍を見ながら言った。
「ちょっと、レイ。何で食卓に武器持って来ているのよ」
「いーじゃん別に。このあと特訓しに行くんだよ。絶対今度はおまえをぶちのめしてやるから、覚悟しとけよ」
「その今度とやらは、私が生きている内に来るのかしら?流石に何十年も待てないわよ?」
「そんなにかかるかよ。一月も有りゃあ十分だ」
「ふーん。ほんの数日前にボコボコにされた奴のものとは思えない台詞ね」
「うるせぇ、俺の成長スピードを舐めんなよ」
「口だけじゃなくて、成果で示して欲しいものだわ」
「黙れっ!ラルク、練習に付き合え。飯食ったら外でやるぞ」
いきなり僕に白羽の矢が立った。
「まぁ、いいけど……」
結局、僕はレイの練習相手をつとめることになった。
いつもよりやや豪勢な食事を終え、僕は武器を持って外に出た。
何故か他の皆も着いてきて、結局全員が外に集まった。
「あれ、ウィルって、今日は薪集めの当番じゃなかったっけ?」
「良いじゃん良いじゃん。僕もラルクの戦う所見てみたいんだもの」
「えっと、もしかして他の人も……?」
「うん、実はこの間、みんなで話していたんだよ。ほら、僕とかヘイドとかはよくレイに相手させられているけど、ラルクだけなんだかんだ言って戦って無いじゃん。
「でもそれならシリアだって……」
「私は補助しか出来ないから……」
「まぁ、別にいいだろ?みんないても」
レイが目を輝かせて僕を見ている。何気に彼も僕の実力を見てみたかったらしい。というかそのためにわざわざ僕を誘ったのかも知れない。
「まあ、別にいいんだけど……」
でも本当は、セレナに目を付けられそうで嫌だな……。とか思っていた。
「よし、じゃあ一発、勝負しようじゃないか。実力見るには勝負するのが一番だしな」
いつの間にか、レイの訓練から、僕の実力審査に変わっていた。
「いきなり実戦形式ですか。……仕方ないか」
僕は覚悟を決めると、適当な距離をおいてレイに向き合った。
レイは準備体操をしていた。僕は軽く肩を回し、まだしっかり馴染んでいない剣の握りを確かめつつ、戦略を練った。
「では、二人共、準備はいいか?」
当然のように、先生が審判についた。僕らが頷くと、先生は何か呟いて、軽く手を振った。同時に、大きな光の円が地面に描かれ、そこから光の壁が飛び出した。
「では、試合開始!」
先生の合図と共に、僕達は呪文を唱え始めた。
「code:0334a・熱よ、激しくあれ」
「code:1121a・取り巻く水よ、盾となれ」
取り敢えず僕は、いつかのセレナと同じことをしてみた。たまたま、レイもセレナと戦ったときと同じ呪文を使ったので、あの時と同じ状況が生まれた。かに見えたが、そうでも無かった。
僕が身に纏った水の守りは、レイの放った熱の波に触れるや否や、全て蒸発してしまった。セレナの魔法の威力が凄かったのか、レイがあれから成長したのか、どちらが原因なのかは定かではないが、ともかく、この撃ち合いは僕が軽く熱に晒される結果に終わった。
魔法が放たれると直ぐに、レイは走り出していた。
水蒸気で視界の悪かった僕は、槍の間合いの一歩手前までレイが迫ってきて初めてレイの接近に気が付いた。
レイの鋭い突きを、剣で弾いて何とか避けた。そのままレイとの間合いを詰めようとしたが、レイが別の呪文を唱えているのに気が付き、逆に間合いをとらざるを得なかった。
レイが再び放った熱の波に対して、僕は目一杯距離をとることでダメージを軽減するしか無かった。
しかもレイが槍で追撃をかけて来るので、火傷に構っている余裕がなかった。
幸い、こちらに聞こえないくらいの小声で唱えられた魔法だったので、威力は低く、そこまでのダメージは無かったが、痛みでいつも通りに動けなかった。
そこからは、レイは呪文を唱えるのをやめ、槍での攻撃に集中してきた。
僕は小さい頃からずっと繰り返してきた動きをなぞり、槍をかわしたり、払ったりしながら剣の間合いまで詰めようと試みた。しかしやはり身体が思うように動かなかった。このまま打ち合いを続ければ、後数合の内にやられてしまうだろう。そう判断した僕は、距離を詰めると見せ掛けて、それに併せて一歩後退して槍を奮ったレイから、思いっきり後ろに跳んで離れた。
レイが追撃をしようと距離を詰める間に、呪文を唱え始めた。
「code:3021a・大地を揺るがせ」
レイの攻撃をほとんど無意識に防ぎながら、地の属性の中では最も簡単と言われている、ちょっと周りの土を揺さぶるだけの呪文を紡いだ。しかしそれだけでも、戦いにおいては十分な隙を生みだせる。
レイが地面の揺れに足をとられ、体制を崩した隙に、僕は一気に間合いを詰め、レイの首へと吸い込まれた。
勢い余って刃がレイの首に当たったが、戦いの前に魔法で切れなくしてあるので問題無い。はず。
「よし、試合終了。勝者ラルク」
先生が適当に試合終了を告げた。
「ふう、何とか勝てた」
一気に疲れが押し寄せて、僕はその場に座り込んだ。
「お疲れー」
ウィルが救急箱を持って歩いてきた。他のみんなも少し遅れて着いてきた。
「まさかラルクが勝なんて、正直びっくりだよ。レイも強いのに」
ウィルが救急箱を開きながら言った。
「というか、レイって案外たいしたことないんじゃないの?」
セレナが痛烈な一言を浴びせるも、レイが反応する様子は無かった。
どうしたのかと思ってレイの方を見ると、レイは本気で落ち込んでいた。
「ラルクにも負けた……、セレナにも負けて……、俺って弱い……」
何だか相当落ち込んでいる様なので、取り敢えずそっとしておくことにした。というか、僕ってそんなに弱そうだったのだろうか。セレナに負けたときは悔しがってはいたが、そんなに落ち込んではいなかった気がする。
「ラルクとセレナさんが戦ったらどうなるんだろう」
突然、ウィルが余計なことを言ってくれた。
「そんなの私が勝つに決まってるじゃない。レイ相手にあんなに苦戦しているようじゃ、私の相手じゃないわよ。まあ、今度戦ってみるのも悪くはないわね。ラルク、回復したら、今度は私とやるわよ」
なんだかんだ言って、僕と戦う気満々らしい。僕に拒否権は無いようだった。
「ふむ、なかなか、戦い好きな奴が多いのだな。流石学院の生徒だ……」
「いや、先生、それは二人だけですよ」
ウィルのツッコミを、軽く受け流した先生は、この後とんでもないことを言い出した。
「おまえ達、魔王を倒してみないか?」
『へ?』
一瞬、空気が固まった。
「先生、何の冗談ですか」
いち早く現世に復帰したウィルが、恐る恐る尋ねた。
魔王は、よほど訓練を積んだサプレサーでないと、倒すのは難しい。普通の人が大人数で魔王の城に押し寄せても、逆に目立ってしまって、遠くから魔法で殲滅されてしまう。なので小数精鋭で挑むしかないのだが、それは普通、所謂天才が、かなりの経験を積んで挑むのであって、大多数のサプレサーは、せいぜい、魔王の勢力を削るだけなのである。勿論、僕達だって、いずれは魔王を倒したいとか思ったりはしていたけれども、そんなに軽々しく出来ることではないのは、誰だって分かっていたはずだ。
しかし先生は自信たっぷりに言った。
「安心しろ、何も今すぐという訳ではない。しばらくは私がおまえ達を訓練してやる。その後で、時期を見て、私と共に魔王を潰しに行こうではないか」
「そんな簡単にいくものですか……」
ウィルが心配そうに言った。他のみんなも、先生がおかしくなったのでは無いかと訝しんでいた。
「大丈夫だ。私はこう見えてかなり強いぞ。多分一対一ならたいていの魔王には勝てる。おまえ達はそこまでの道を作ればよい」
「それなら少しは手伝えるかもしれないわね……」
セレナがぽつりと呟いた。
「俺はやるぞ。先生に稽古つけて貰えるんなら。どのみちサプレサーとしても、魔王に戦いを挑まねぇんじゃ、意味がねぇ」
「ふむ、強制はしないが、出来るなら参加して欲しい。このままでは、魔王の勢力が膨らむだけだ」
「なら僕もやります」
ウィルが名乗りでた。
「……私もやるわ」
続いてセレナが参加を決めた。それに続いて、僕も参加を決め、レイが改めて参加を宣言した。
「ヘイドとシリアさんはどうするの?」
ウィルが聞くと、二人は少し間を置いて、しかし首を横に振った。
「私はみんなみたいに戦えないし……、それに、この前学院で襲われたとき、私は心底怖くて……、正直、サプレサーには向いていないんじゃないかって……」
あの日のことを思い出したのか、シリアは震えながらそう言った。
「僕は……戦えない。……ごめん。でも、もう戦えそうにない」
ヘイドは小さく呟いた。僕達は学院での悲惨な光景を思い出して、しばらく沈黙が続いたが、やがて先生が、
「まあ、無理しなくてもいいさ。取り敢えず四人いれば戦える。二人共気が変わったらいつでも言ってくれ。とにかく、四人は今日から特訓していくぞ」
といって、場の空気をかき消した。
「先生、その前に名前を決めませんか。僕達のチームの名前を」
ウィルがいきなりそんなことを言い出した。
「ふむ、構わんが……、何がいい?」
「じゃあ『|レジスタンス・フォース《抵抗勢力》』でどうでしょう」
ウィルの提案に、セレナが「長すぎる」と文句を言い、結局、僕達の組織名は、「レジスタンス」だけになった。
何とか更新できました……
親に隠れながら書く破目になっているのでいつストックが切れるか……
更新できなかったらすみません。