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二話

 三階からとはいえ、目が見えない状態での落下は、とにかく恐ろしかった。

 やたらと長く感じた落下は、「ベチャ」という予想外の音に終わった。

 衝撃はどろどろした液体によってほとんど吸収されていた。

「痛て……」

 僕が呻いていると、僕の服にひんやりしたものが染み込んできた。

「ってうわっ、気持ち悪っ」

 僕の服に液体が染み込んできて、さらに耳にも入ろうとしてきていたので、慌てて起き上がった。

 しばらくそうして立ち尽くしていると、次第に視力が回復してきた。

 予想した通り、僕はグラウンドに立っていた。しかし、僕の記憶が正しければ、学院のグラウンドに池などなかったはずだ。

 不思議に思って足元を見ると、何故かグラウンドの校舎付近の部分だけがぬかるんでいた。

 あらためて自分の身体を観察した。

 僕の服は、泥だらけだった。

「うわ……、早く着替えたいな……」

 先程まで死にかけていたとは思えないほど暢気なことを考えていると、僕から数メートル離れたところに何かが凄い勢いで落ちてきた。

 盛大に泥が跳ね、僕に降り注いだ。

 僕はげんなりして、落下してきた物をみやった。

「ゲホッ、ゲホッ、ガハッ……」

 落ちてきたのは人だった。

 気の毒なことに、頭から突っ込んだので、ものすごく苦しそうだった。

 これ以上泥を被りたくないので、僕はゆっくりと乾いた地面を目指して歩いた。

 よく見ると、僕の他にも泥だらけの状態で乾いた地面を目指して歩いている人が数名いた。中には怪我をしている人も居て、泥が染みて痛そうだった。

 ふと僕は自分の友達のことを思い出した。さっきまで自分の命が危険に晒されていたためにすっかり忘れていたが、彼らは無事だろうか。

 ホールで響いていたたくさんの悲鳴を思い出した。全体の十分の九はやられたのではないだろうか。そう思うと、涙が込み上げてきた。そして人のことをすっかり忘れていた自分に無性に腹が立ってきた。

 自分がここまで薄情な奴だとは思わなかった。しかし、現についさっきまで、他の人の命の心配など、全く頭になかった。

 しばらくそんなことを考えていたが、考えれば考えるほど悲しくなるだけなので、あまりのことに感覚が麻痺していたのだと無理矢理自分を納得させ、一先ず現実に目を向けることにした。

 足を縺れさせながら、何とか乾いたところに到達し、身体に着いた泥を出来るだけ落とした。

 他の人も近くにやって来て、一心不乱に泥を落としていた。

 誰も口を開かず、時折ホールから聞こえてくる魔獣の悲鳴だけが、グラウンドに響いていた。


 窓が割れた音がした。

 僕達は一斉にそちらを振り返った。直後、三階のホールの窓から黒い影が飛び出してきた。

 それは一直線に僕達の方に飛んで来ると、着地する寸前で全身から黒い触手のようなものをいくつも出し、僕らを捕まえた。

「うわっ!」

「ぎゃっ!」

「うおいっ!」

 僕らは悲鳴をあげて、訳も分からずもがいたが、その黒い触手がしっかりと僕達を捕まえて離さなかった。

 地面に着地したその何者かは、そのまま僕達を引っ張って走りだした。僕達は触手に引っ張られながら、必死に口元を押さえていた。……ぐるぐる回る視界に酔いそうだったのだ。

 流れる景色の中に、校門が見えた。さらに民家が見え、いつも使っていた商店街が見え、大路が見え、いつの間にか知らないところに入って……。

 相当なスピードで走っていたのだろう。周りの風景が目まぐるしく変わっていた。

 どのくらいそうしていたのだろうか。とにかく、体はあちこちぶつけるし、吐き気は収まらないし、精神的にもさっきのことを引きずっているしで、最悪な時間だった。


 僕達は見知らぬ土地で止まった。しかしあまりにひどい旅だったので、しばらくは誰も、口を利くどころか動くことすら出来なかった。

 何とか視界が回復したところで、僕達を引っ張って来た謎の人物を見た。そいつは真っ黒な鎧を着て、これまた真っ黒な手袋をはめて、とにかく全身真っ黒で覆っていた。さらに、何となくどんよりとした気配を纏っていて、近づき難いというか、話し掛けずらい雰囲気を醸し出していた。

 そいつがふと僕達の方を見た。兜から覗いた顔は、僕が以前学院で見たものだった。

「……教頭先生?」

 それは忘れたくても忘れられない、たった一度会っただけなのに僕の記憶にしっかりと残っている人物だった。別に顔が特徴的な訳ではない。しかしその圧倒的な存在感は、僕に忘れることを許さなかった。

「なんで教頭先生がここに?」

 僕は思わずそう聞いていた。

「生徒を守るのは教師の義務だ」

 教頭先生はぶっきらぼうにそう答えると、僕達全員を見渡した。

 僕達がある程度落ち着くのを待って、教頭先生は僕達全員に話し始めた。

「サタンに追われている可能性が高い。見つかりたくなかったら私に着いてこい」

 そう言うなり、先生は歩き出した。

 先生が向かう先には、ぽつんと小さな小屋のような物が建っていた。周りにはただただ草原が広がるのみ、これではサタンも苦労無く僕達を見つけることが出来るだろう。

「どうする?」

 隣にいた僕と同年代の男の子が聞いてきた。

「どうするもこうするも、着いていくしか無いんじゃない?」

 僕の言葉に、彼は「それもそうだな」と言って、先生に着いて行ってしまった。

 あまりの切り替えの早さに、一瞬呆気に取られたが、僕も彼に倣って歩き出すと、それまで躊躇していた人も歩き出した。

 しかし小屋はあまりに小さかった。僕達は先生も含めると全部で七人だった。対するにその小屋は、内寸が二×二メートルくらいしかなく、全員入ると満足に座れるかすら怪しいものだった。

 どのくらいあの中に居なければならないだろうかと、僕が不安に思っていたが、その心配は杞憂に終わった。

 先生が小屋の端の方の床を軽く叩き、何か呟くと、叩いたところの床がスライドして、畳の一部と共に壁の中に入っていって、人一人がちょうど通れるくらいの穴が開いた。

「全員ここに入れ」

 先生はそれだけ言うと、脇に退けて僕達に穴を降りるように促した。

「うわ、なんかおっかねぇ」さっき話し掛けてきた少年がそう呟きつつ、真っ先に降りていってしまった。

 五メートルほど降りると、固い石の床に足が着いた。そこは結構な広さの部屋になっていて、僕達全員が入ってもまだ余裕があった。しかし、

「うわ、何も見えねぇ」

 明かりがない為に真っ暗で、僕達は声を頼りにお互いの位置を確認するしかなかった。

 最後に教頭先生が降りて来て、壁についていたスイッチを押して明かりを点けた。更に別のスイッチを押すと、入口がピッタリ閉まり、僕は何だか閉じ込められた気分になった。

「さて、何から説明しようかな」

 先生は面倒くさそうにそれだけ言うと、僕達をゆっくりと見回した。

「取り敢えず俺らをこんなとこに連れて来た理由を知りたいんだけど」

 いかにもチャラい感じの格好をした、僕と同じくらいの歳の少年が、ものすごく不機嫌な声で言った。

「魔獣の追撃から逃れる為。それ以上に説明が必要か?」

 と、これまた不機嫌な声で先生が返した。

 僕達は聞きたいことはたくさんあったのだが、先生の作り出す重い空気に呑まれて、なかなか質問出来ないでいた。しかしそんな空気をものともせず、さっき僕に話し掛けてきた少年が言った。

「じゃ、取り敢えず自己紹介しませんか?」

 結局、僕達は自己紹介することになった。

 最初は先生からだった。

「私は学院で教頭をやっていた、ドローチル=ヴェンだ。名前は忘れてもらって結構だ。闇と光の魔法で戦っている。以上だ」

 何人かは、この人が僕達の学院の教頭だということに驚いているようだった。

「じゃあ、次は僕でいいかな?」

 続いて遠慮がちに立ち上がったのは、さっき僕に話し掛けてきた少年だった。

「えーと、僕の名前はウィリアムです。ウィルって呼ばれてました。学年は二年です。得意な魔法は風系統の魔法です。よろしくお願いします」

 ぺこりとお辞儀をして座った。

「じゃあ次は俺がやる」

 そう言って立ち上がったのは、印象的な、真っ赤な髪をもち、耳にはピアスをし、反抗的な目つきをした、いかにも、毎日先生に注意を受けていますといった格好をした少年だった。

「俺の名前はレイモンド、レイって呼んでくれ。戦闘は得意中の得意だから、なんかあったら頼ってくれ。特に炎系統の魔法を使った戦闘が得意だから」

「へぇ、それならさっきホールにいた時に力を発揮してくれればよかったのに」

 レイとは対象的に、淡い青色の髪を持ち、瞳の色まで真っ青な少女が、挑発するかのように言葉を投げ掛けた。レイはむっとして反論した。

「いくら得意って言ってもサタンやらオーガ相手に勝てる訳ないだろ。まだ俺は二年だぞ」

「へぇ、サタンはともかく、オーガの一匹くらい倒しなさいよ。大事なところで役に立た無いんじゃ、全く頼れないわ」

「そういうお前はどうなんだよ。少しでもさっき人の役に立つことしたのかよ」

「私は一匹だけだけど、オーガを倒したわよ。あなたみたいな口先だけの男の子と違ってね。あ、因みに私も二年生よ。名前はセレナ。みんなよろしくね」

「っておい、まだ俺の自己紹介途中だっての」

「いいじゃない、どーせほら吹いているだけじゃない」

「何だと、てめぇ喧嘩売ってんのか?」

「あら、今頃気付いたの?鈍いわね」

「てめぇ……、勝負しろ。そんだけ大口叩くんなら、それだけの実力を見せてみやがれ」

「いいわよ、ちなみに私の得意魔法は水の系統。武器はお互い持ち合わせていないようだし、魔法戦でいいかしら?」

「構わねぇ」

 二人はもはや僕達の事を忘れてしまったようで、戦う気満々だった。僕達はとばっちりを喰らわないように、静かに壁際まで移動した。どうやら先生も止める気は無いらしい。それどころか、興味津々で、二人がおもいっきり戦えるように、魔法の結界を張っていた。

 二人は少し距離を置いて向かい合うと、静かに睨み合った。

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