十七話
初めにやってきたのは、東の魔王だった。
ヒト型の魔王だが、身長は二メートルを裕に超え、溢れ出る魔法が黒いオーラとなって体を覆っていた。
南の魔王との戦いの直後では、流石の先生も厳しいのだろう。表情がかなり硬かった。
「逃げ切れると思うなよ。小僧ども。私が一瞬にして消し飛ばしてやるからな……」
くぐもった声で僕達を威嚇する声は、容姿と相まって、僕達に言いようのない恐怖心を引き起こさせた。
「少々調子が悪いからな……、出来れば城でゆっくりと休んでいたかったのだが、同士がやられたというのなら、黙っている訳にもいかないだろう。この私を煩わせるとは……、ガキどもの分際で、許すわけにはいかん」
無駄に長いセリフを終え、東の魔王は高く跳躍した。
僕達を遥か上空から見下ろす位置まで飛び上がり、朗々と呪文を読み上げた。
「code:0544c・炎の海を、我が手より解き放ち、敵を飲み込め」
芝居がかった様子からは想像もできないほど、凄まじい勢いで解き放たれた魔法は、避けることが出来そうもないほど広範囲にわたって炎を巻き起こし、僕らをその内に飲み込んだ。
僕たちは残ったわずかな魔力を振り絞って防御の魔法を唱えたが、それは自分達の体を守るので精一杯だった。結果、密集して生えていた樹木の水分を、強力な火の魔法があっという間に蒸発させて、森は文字通り火の海と化した。
自分の解き放った魔法を満足げに眺めていた魔王の表情が、火が森に燃え移って拡大していく様を見て明らかにこわばってきたのを見るに、自分の魔法が引き起こす結果をいまいちうまく予想出来ていなかったようだ。………………三流だな。
辺りに煙が充満し、視界がまともに効かなくなり、僕たちは初め右往左往していたが、僕達の位置をすぐさま突き止めた先生が、僕達を捕まえ、全力でその場から逃走を図った。
全身から大量の魔法を放出している魔王の位置は僕達に筒抜けだったが、逆に向こうからはさっぱり僕達が見えていないようだった。
おかげで、僕たちは上手く逃げ切ることができそうだった。
しかし、僕達が森から脱出しようと走る最中に、新たな敵がやってきた。
西の魔王である。
四本の腕と二枚の巨大な翼をもつ西の魔王は、やってくるなり東の魔王を罵りつつ、すぐさま魔法を放った。
今度は空から大量の水が落ちてきた。
決して雨とは言えないような、むしろ空そのものが落ちてきたかのような量の水が森全体に降りかかり、一気に森を消火した。
今度は大量に発生した蒸気で視界が塞がれたので、僕たちは見つかることはなかったが、蒸気はあっという間に無くなり、間もなく僕達の姿は白日のもとにさらされてしまうだろうことは容易に想像できた。
「どうしよう……、野営地はもうすぐだろうけど、それじゃあヘイド達を巻き込むだけじゃない……」
シリアが泣きそうな声で言った。
「だけどあいつらを置いて森から出るわけにもいかねえだろが」
「だけど僕達が野営地に着くころには、見つかっちゃうと思うよ」
「すっかり木が焼けて無くなっちゃったからね……」
僕が走りながら空を見上げながら言うと、レイも軽く頷き、
「まあ、なんかあいつらは揉めているようだがな」
と言った。確かに、レイの言うとおり、上空では二匹の魔王が睨み合っていた。
「なんかうまくいきすぎている気がするけどね……」
最初、南の魔王との戦いのときは謎の力が僕達の窮地を救い、東の魔王が来たときは魔王自身のミスによって危ういところを逃げ、そして西の魔王がやってきたら今度は東の魔王と争い始め、僕たちは運命の神に相当好かれていたのではないだろうか?
しかし、そんな僕の思考は、北の魔王がやってきたことで打ち切られてしまった。
空から虹色の光とともに現れた北の魔王は、東西の魔王を一瞥し、それから森の方を見て、しばらく目を凝らしていた。その細く、しかし威圧的な眼光は、遠くから見ていても分かるほど、鋭く、威圧的だった。
僕たちは今にも見つかるのではないかという強迫観念にかられ始めたが、何とか走り続けて野営地まで退避し、待っていたヘイド達に状況を説明した。
「ということは、中央の魔王以外全ての魔王が来てしまったということか」
グルーアルが感慨深げに呟いたが、正直そんなことをやっている余裕はなかった。
なんと、北の魔王が僕達のことを見つけたのだった。
凄まじい速度で真っ直ぐに僕達の方へ向って飛んで来た北の魔王は、これまた巨大な翼に、鷲のような頭を持ち、ドラゴンのような太くて長い尻尾を持っていた。
「やばい、このままじゃ不味いよ……」
ウィルが叫ぶと、すぐさま先生が指示を出した。
「二手に別れるぞっ!うまくいけばどちらか一方は生き残れる」
「っておい、そりゃどっちか一方は確実にさよならじゃねえか」
「そうしなければ全員確実にさよならだ!」
「だろうがなんだろうがあきらめてたまるかよっ」
「あきらめないからこそ生き残る可能性にかけるんだろうが!全員で玉砕などあきらめた奴のすることだっ!!」
先生とレイが言い争っているうちにも、北の魔王はどんどんと僕達との距離を詰めてきていた。
「時間が無いっ、別れの挨拶は無しだっ」
先生はそう言い放つと、素早く呪文を唱えた。
僕達が気がつくよりも速く発動した魔法は、黒い触手となって僕達を襲い、力ずくで僕達を掴み、その場から百メートル近く引き離した。
その直後、北の魔王が放った魔法が、つい先ほどまで僕達がいた場所を襲った。
その場に残っていたのは、先生一人、僕たちは、僕とセレナとグルーアルが先生から見て北西の方角に、他全員が北東の方角に飛ばされた。
ここから街に行くには、真っ直ぐ北に向かうのが一番早いことは分かっていた。そして、僕達とレイ達との間には南北にわたって巨大な川が流れていた。先生は何としても僕達を二分したかったらしい。
北の魔王の魔法を、凄まじい移動速度でかわした先生は、そのまま強力な魔法を連発し、魔王と戦い始めた。ぱっと見では互角に戦っているように見えたが、先の戦いで消耗している先生は、大分不利だろう。心なしか勝負を焦ってるように見えた。
しかし僕達がそこに加勢に行っても、邪魔にしかならないのは間違いない。ちらりとレイ達の方を見ると、先生の意向をくんで、真っ直ぐ北を目指して走っていた。
僕達も、軽く頷きあい、すぐに走り出した。目指すはここから十キロ近く北にある、エルミードの街。おそらく、さほど経たずして、上空で睨み合っている二匹の魔王達は僕達を追ってくるだろう。そうなったときは、僕たちはさらに二手に分かれるしかない。ここまで来たら、もう決断することを迷ったりはしないだろう。徹底的に合理主義を叩き込まれた僕たちは、いつまでも迷ったりはしない。
おそらく二度とレイ達に会うことはできないのだろうと思いながら、四分の一の可能性のために僕たちはひたすらに走った。