十三話
拷問の憂き目にあった男が顔面蒼白で語ったことには、この研究所は元々、対魔獣用の強力な魔法を開発するために建てられた研究施設だったらしい。
しかし、その研究が、遥か昔に封印された危険な魔法に及ぶようになったために、政府が研究打ち切りの命を下したのだとか。
納得のいかなかった研究者達は、希望者だけがこっそりと集まり、取り壊されることなく放置されていた研究施設を勝手に使って研究をしていたらしい。
最初は禁断の呪文と呼ばれる、かつて封印された魔法を研究するだけにとどまっていたのだが、いつからか、それでは物足りなくなり、過剰な人体実験にまで手を出すようになったらしい。そのモルモットには、魔獣の被害に合って故郷を追われた人々をさらって使っていたのだとか。
グルーアルも、他の黒服の男も、ほとんどがそういった経緯でモルモットにされた人々で、彼らは皆、魔獣化の魔法の実験に使われていたらしい。なかでもグルーアルはごく最近にモルモットにされたのだが、グルーアルが研究員達の予想を大きく上回る力を手に入れてしまったために、精神操作の魔法が上手く効かず、その異常な筋力に任せて研究所を飛び出してしまったらしい。
その後、研究員達は必死にグルーアルを探したものの、グルーアルはあのやたらと広い森に逃げ込んでしまったために捜索は難航し、しかし幸運にも人目に付かない森の何所かに行ってしまったので、そのまま誰にも発見されないことを祈って捜索は中断されたらしい。
そうやってあきらめていた折に、偶然グルーアルがラルクと現れ、しかも記憶を失っているようだったので、そのまま再びとらえて研究を続けようとしたというのが、事の顛末だったようだ。
「でもどうしてシリアとヘイドがここに?」
ラルクが聞くと、
「なんだか嫌な予感がして……、私達だけずっと隠れ家にいると、不安で仕方がなかったんだもの」
どうやら、シリアの直感?によってここに来ることが決まったらしい。その時に、教頭に事の次第を告げる手紙を残してきたのだとか。
教頭はと言うと、隠れ家に帰ってきたと思ったら私達全員がおらず、シリアの手紙が机に置かれている事に気がつき、そこから全速力で走りぬけてきたらしい。なんでもここの研究所のことはかねてから知っており、良くない噂も沢山聞いていたので、ラルク達がゼルメスに行って行方不明になったと聞いたときに大体のことは予想がついたらしい。
「何の準備もせずに敵の本拠地に乗り込むやつが何所にいるかっ。お前達の実力でそんなことをしたらやられるにきまっておるだろうがっ」
珍しく教頭が大声で怒鳴り、それまで展開されていた拷問の光景と相まって、私達は本当に生きた心地がしなかった。
「ところで先生、この後どうしますか?」
あれだけ恐ろしい迫力で怒鳴られた後なのに、ウィルはけろっとして聞いた。――――ある意味大物だと思う。
「まずはこの研究所をどうにかせねばな。どうせ兵士の類は魔獣討伐でてんやわんやで、こんなぼろくさい研究所の事なんかかまっていられんだろう。どうする。周りに被害が及ばないように結界で囲って一気に崩すか?」
「そ……そんな…………」
哀れな研究員の悲鳴にも近い小さな抗議の声は、教頭の一睨みで黙らせられた。
結局、ただ破壊してしまうのは勿体無いというウィルの意見によって、先に使えそうな物を勝手にいただいていくことに決まった。
「……泥棒以外のなにものでもないよね……」
ラルクが呟いていたが、知ったことではない。人を攫ったりしているようなやつらにくれてやる慈悲は持ち合わせていない。
あらかた物色が終わったところで、一応研究員達を兵士につきだして、私達は適当な宿に泊まっていくことになった。
私達のけがも酷かったので、宿に着いたらしっかり治療をしようということなのだが、最近は医者なんてのは需要が多すぎてこんなちょっとした街にはおらず、私達は結局シリアの治療に頼るしかなかった。
治療をしながら、シリアは自分もレジスタンスに入ると言いだした。
「私でも出来ることはあるんじゃないかと思って……。敵と戦うことはできなくても、こうやって治療はできるんだし、他にも色々と手伝えることはあると思う。何も直接戦うだけがサプレサーじゃないもの」
「戦えないって……、シリアは十分戦ってたじゃない。私でもあんなに強い魔法使えないわよ」
私はシリアによって放たれたcランクの魔法の威力を思い出しながら言った。
しかし、シリアは首を横に振るだけで、何も言おうとしなかった。
――――何か言えないような事でもあるのだろうか、この年でcランクの魔法を扱えるのは、普通じゃない。しかし、攻撃魔法を唱えている時のシリアは、それ以上に普通じゃなかった。まるで何かに脅えているように。力を抑えようとしているかのような呪文の唱え方。きっと口に出したくない事情があるのだろうと思って、私はそれ以上深くは追求しなかった。
「そういえば、ヘイドはどうすんのよ。これで私達、ヘイド以外は全員レジスタンスのメンバーになっちゃったんじゃない?」
「…………、僕も手伝いだけなら入れるけど、戦うことはできそうにないよ」
「別にいいわよ。名目だけでも入っておけば、やっぱり一人だけ不参加ってのは精神衛生的に良くないわよ」
「それにヘイドなら武器の魔法付加とかできるんじゃねえのか?それで充分だろ」
レイが傷の手当てをしてもらいながら、ぼそりと言った。
「よし。じゃあこれで今日から隠れ家のメンバー全員がレジスタンスだね」
「でも、グルーアルはどうすんだよ」
「え?と言うかグルーアルって隠れ家のメンバーなの?」
「セレナ……、それはあんまりじゃねえか」
「だって、とりあえず何所の誰かも分かったんだし、もう隠れ家にいる必要もないじゃない」
「でもよ、結局研究所は教頭が粉砕しちまったじゃねえか。結局帰るところもねえんだしよ、実力も十分なんだから、レジスタンスのメンバーに加えちまった方がいいじゃねえか」
「教頭がなんて言うかしらね……」
「大丈夫だろ。これで素性も知れたんだし、これでもう疑う必要もねえだろ」
レイが丁度そう言った時、部屋の扉が開いた。
「お前達は気安く人を信じすぎだ」
「げっ、教頭……」
『げっ』て……。
「確かに今回グルーアルは敵じゃなかったが、魔獣が人に化けていることだってあるんだぞ。大体、なんで絶対安全だと言われていた学院が落ちたと思う?」
「なんでって……、魔獣の強襲にあったからじゃないのかよ」
「そう簡単に魔獣に侵入を許すような守りでは無かった」
「まあ、そりゃ、学院の守りが丈夫だってことは聞いてはいたけどよ、実際にやられたんじゃないか」
「学院の鍵の一部を預かる教師が、愚かにも魔獣にだまされたのだ。奴が魔獣を学院に招き入れるような真似さえしなければ、少なくともあれほどすぐに学院が陥落することは無かっただろう。魔法のエキスパートたる、学院の教師までもが、魔獣にだまされたのだ。お前らなど、魔獣の格好の餌食でしかない」
教頭がやたらに人間不信だと思っていたら、そんなことがあったのか。
学院で事件が起きて以来、ずっと隠れ家にいたから、学院での事件の顛末などさっぱり知らなかった。今度街で新聞でも買って読もうかな……。
そんなことを考えながら、私は長かった一日の疲れを癒すべく、深い眠りについた。