十一話
僕の意識はすぐに回復した。
ぼんやりとしか見えない曖昧な視界で辺りを見回すと、まだ太陽は高くにあり、僕の魔力はいまいち回復していなかった。意識を失ってから数十分から一時間といったところだろうか。
僕は誰かに担がれているようだった。不規則な振動が、殴られた腹に継続的にダメージを与えていた。
僕はげんなりとしながら、何者かの手から逃れようとしたが、恐ろしいことに、体にまったく力が入らなかった。麻酔の一種だろうか。僕は何とか自分の思い通りに体を動かそうと色々試みたが、動くのは瞼と指先くらいで、僕をかついでいる男は僕が目をさましていることにすら気が付いていないようだった。
僕を担いでいる男は、真っ黒なコートを着ていたので、おそらく僕達と戦った男なのだろう。周りを見ると、他にも黒服と白服の男達が何人か、並んで歩いていた。そのうちの一人の黒服は、僕と同様に気を失っているグルーアルをかついでいた。
いつの間にか、ゼルメスのどこか細い通りに入っていたようだ。流石に気を失った人を二人も担いだ状態で表の通りを歩くことはできなかったのだろう。誰も歩いていないような薄暗い道を進んでいた。
僕は何とかしないと不味い状況だという確信のもと、わずかな期待を寄せて仲間達にメッセージを残しておくことに決めた。とはいっても皆がこれを見つける可能性はごく薄かったのだが。
僕は腰にくくりつけていた布袋を、何とか取り外して、うまく動かない手を必死に動かして、仲間達にメッセージを残すことに成功した。
とはいえまともに文字が書ける状態ではなかったので、いくらか暗号じみたものになってしまったが、まあ、皆ならわかってくれるだろう。
僕が残したのは、チェスというボードゲームの絵。このボードゲームは、白と黒の駒が互いの王をとろうとするゲームなのだが、何を表したかったかと言うと、要は白黒の服を着た連中が事件の原因だと言うだけのことだったのだ。
後で分かったことだが、皆は僕のこの暗号を発見したにも関わらず、誰も僕の意図に気がつかなかったのだとか。暗号は分かりやすいものにするに限るということを僕はこのことから学んだ。
で、その後僕がどうなったのかと言うと、まあ、なんとなく想像は付くだろうけど、僕はこの後にセレナ達が侵入した、あの『研究所』とかいう建物に連れ込まれた。そしてそこで、中から脱出できないような部屋に無理やりぶち込まれたのだった。
「というわけだ。しばらくこの部屋で大人しくしているこったな」
僕たちを運んできた男は、そう言うなりどこかへ行ってしまった。
僕が閉じ込められた部屋は、小さな窓が一つだけの、薄暗い部屋だった。
この部屋に閉じ込められてから少しすると、僕の体も少しづつ動くようになってきたので、脱出できないかと、いろいろと調べてまわった。しかし、一つしかない重たそうな扉は、しっかりと鍵が閉められ、窓を割って脱出しようとしても、やたらと硬くて丈夫な窓がはまっており、どうあがいても脱出できそうになかった。
グルーアルは何所か別の部屋に連れて行かれてしまったので、僕はひとり孤独に部屋をうろうろするしかなかった。
歩きまわるのにも疲れ、僕が壁に寄り掛かって座り込んでいると、不意に扉が開いた。
入ってきたのは、神経質そうな白服の男だった。彼は、手に持った盆を扉のすぐそばに置くと、さっさと扉を閉めて行ってしまった。
あまりにあっという間のことで、僕は脱出を試みることすらできなかった。
その盆には、質素な食べ物が載せられていた。
冷え切った食べ物を、一人静かに食べながら、僕はどうしたら良いのか考えていたが、それこそ次に扉が開いたときに強行突破するしかないだろうという、あまりに心許ない案しか思い浮かばなかった。
それで簡単に脱出されるような場所に閉じ込めたりしないだろうなと思いつつ、扉の近くで待ち構えていると、ほどなくして、再び扉が開いた。
僕は勢い良く部屋を飛び出し、扉を開けた白服の男を突き飛ばして脱出しようとした。ところが、案の定というか、部屋の周りに結界が張られていて、部屋の外に引かれた白線に僕が近づくと、体中から力が抜けていって、白線をまたぐ前に後ろから追ってきた男に取り押さえられてしまった。どうやら何か良からぬものを僕の体内に入れられてしまったようだ。男は白線に近づいても、全く苦しそうな様子はなく、白線付近ではまともにやりあうことができなかった。念の入ったことに、魔法すら、上手く使うことができないようになっていたのだ。
「無駄だ無駄だ。あんたはここを脱出できない。この部屋で大人しく待ってな」
「……僕を閉じ込めてどうするつもりだよ」
僕が悔し紛れに言うと、律儀にも質問に答えてくれた。
「ああ、ちょっとな、良からぬ物を見られた可能性があるんでな。解放するわけにはいかないんだわ。まあ、安心しな。何も口封じのためだと言って、無駄死にさせたりはしないからよ。あんたは、あれだ、我らが実験の栄誉ある被験者にしてやるからよ。魔獣を全滅させるための一大実験だ。あんたもサプレサーなら、本望だろう?」
「実験……?」
「ああ、そうさ。我々は秘密裏にだな、素晴らしい古代魔法を復活させようとしているのさ。人間を無期限に強化する魔法。上手くいけば、それこそ、誰でも一人で魔王と十分以上に渡り合えるようになるはずなんだ。まあ、今のところは、そこそこ強いって程度の強化だがな。それでも無期限で強化されるから、魔力の継続的な消耗もないし、並の強化魔法よりははるかに強いぞ」
「無期限て……、そんなの聞いたことが無いや。大体そんなに素晴らしい魔法なら、なんで秘密裏にやっているんだよ。堂々とやれば、予算も支給されるだろうに」
「それがな、この実験を良く思わない人間が多いんだよ。倫理がどうのとか言っちゃってさ、そんなこと言ってる場合でないっての。魔王が五匹もいるんだぜ。未だかつて、一つの時代に四匹以上の魔王が君臨していたことなんてあったか?この緊急事態に、何のんきなこと言ってんだよ」
どうやら相当おしゃべり好きなようで、その後も彼らがどんな実験をしているのか、やたらと詳しく教えてくれた。僕が囚人であることを忘れていたのではないだろうか?
その男が言うことには、彼ら研究グループは、大昔に発明された、今は無き、人を魔王に変える魔法を研究しているらしい。魔王に変わっても頭の中は人のままだから、世に君臨する魔王と戦うことができるのだそうだ。しかし、魔王になってしまうと、どうしても考え方が魔王のそれに近くなってしまうから、魔王化させた人を確実にコントロールする魔法も同時に研究しているのだとか。今のところは、魔王よりは幾分か低級な魔獣にしか変えることはできていないようだが、人を完全にコントロールするのは、人々が反対するのも良く分かる。自分が人に操られて、自分の意思で動けないのだとしたら、それ程恐ろしいこともないだろう。少なくとも僕は、そんなのはまっぴらごめんだった。
しかし、いくら僕が嫌だと言っても、今や囚われの身、僕の意見は尊重されるはずもなく、その男は最後に、
「多分明日にでもあんたを使って実験が行われるだろうから、楽しみに待ってな!」
と言い残して部屋を後にした。
――――結局何しに来たんだよ。