九話
短いです……
私のノックに抑え切れない怒気が篭っていたのにも関わらず、中からは丁寧な対応が返ってきた。
「何のご用件でしょうか?」
柔らかい物腰の、男性の声が返ってきた。
対応を考えていなかった私は、何とか怒気を鎮めて、見学させて貰えないかと尋ねた。
「極秘の研究を行っているため、見学は受け付けておりません」
体よく断られ、私はいきなり最後の手段に出る事にした。
「私の友達がお邪魔していませんか?黒い髪の少年なのですが」
「いいえ。此処には研究者と、モルモットしかいませんよ」
「モルモットに……、人間を使っているだろ」
とうとう抑え切れなくなった私の怒りが、言葉という刃をもって、扉を抜けた。
しかし相手は一切慌てた様子もなく、
「何を根拠にそのようなことをおっしゃるのですか?」
と言った。
「あんたらが、度々人を眠らせて此処に運んで来ていることが、街で噂になっている」
「根も葉も無い噂ですよ」
「しかし……」
尚も私が言い募ろうとした時、
「ちょっどいてくれ」
真っ白な服を着た男が、私を押し退けて、建物に入ろうとした。
「……その手に抱えているのは誰だ」
私は、男が背負っている中年の男性を指差して言った。
すると男は、
「ん?ああ、こいつな。こいつは、あれだ。ちょっと酒を飲み過ぎてな、酔い潰れちまったから、こうやって運んでたのさ」
おもいっきり目を泳がせて、いかにも今思い付いたような嘘をついた。
扉の向こうからため息らしきものが聞こえてきた。
私は直ぐさま、担がれている男を、魔法で強制的に目覚めさせた。
「ふにゃ……俺の目玉焼き………………って、え?何処だ誰だ?」
目覚めた中年の男は、はっきり呂律が回った口で、「まるで」酔っ払いみたいな事を口走った。しかし酔っ払ってはいない。
「……仕方ありませんね」
観念したのか、扉の向こうから諦めたような声が聞こえてきた。
と思いきや、私達の頭上に無数の氷の塊が生じた。
防ぎきれないと悟った私は、目の前の扉を蹴破って中に転がり込んだ。遅れてレイとウィルも入ってくる。
「うおっ、危ねぇ!」
外にいた男が叫んでいたが、私は無視して建物の中にいた男を睨んだ。
と思ったら男は別の部屋に駆け込んでいるところだった。
「逃げるなっ!」
私は怒鳴るなり、直ぐに追い掛けた。
後ろからレイ達もついてきた。
怪しい小物や、何やらよく解らない試験官が散乱している部屋を通り過ぎ、地下に向かう階段を下りて、いくつかの扉を潜り、何やらだだっ広い部屋に着いた。
ラルクを捜して延々と歩いた後の全力疾走は辛かったが、それでも取り敢えず相手を追い込んだ。
この部屋に続く扉は私の後ろにしかなかったのだ。
「……観念しなさい」
私は男を睨み据えて言った。
「いいえ、観念するのは貴女の方ですよ」
さっきまで必死に逃げていたくせに、男は余裕を見せてきた。
「安心して下さい。此処なら多少暴れた位なら崩れたりしませんから」
「その為に此処まで逃げてきたのか」
私は周囲を警戒しながら言った。
「そうですね……、それもありますが、それよりも……」
男がそこまで言ったのとほぼ同時に、私達の後ろの扉が開いた。
「緊急時にはこの部屋に集まる事になっていたからといった方が正確ですね」
男の最後の言葉は私達の耳に入ってはいなかった。
私達の後ろから現れた、白黒の集団。白い服の人間が四人、黒い服が六人。数では私達が圧倒的に不利になってしまった。
私達は挟み打ちに合うのを避ける為に、部屋の隅に移動し、戦う用意を整えた。
敵は魔法で殲滅されるのを防ぐ為に散開したが、私達は一箇所に固まらざるを得なかった。部屋の中央は既に取られている。
「code:1400b・我が意志の支配の下、水よ来たれ」
相手の出方が解らないので、私は取り敢えず、何時でも全員を守れるように水を召喚した。その間に、レイとウィルが簡単な攻撃魔法で牽制をかけていた。
しかし敵は二人の攻撃を軽くかわし、白服の奴らが一斉に攻撃魔法を放ってきた。
全てaランクだが、精度は上々、属性は光と地が主か。
私は召喚した水のほとんどを使って盾を作ったが、一部の魔法は抜けてきた。
「っ!防ぎきれない」
抜けてきた魔法も大分威力が衰えていたので、私達にダメージはなかったが、此処に固まって戦いきるのは不可能だと私達は悟った。
ならば魔法で攻撃出来ないように、接近戦に持ち込むしかないということで、私達はそれぞれ手近な敵に突っ込んだ。
私は腰に提げた剣を引き抜き、手近な黒服の男に切り掛かった。男は武器を持っていなかった。しかし油断はしない。
案の定、男は素手でも十分私とやりあえた。
男の異常な運動能力は、私の速さを重視した攻撃を次々とかわしていく。
時々、男がかわしきれない攻撃を放っても、男が腕につけた金属の輪によって弾かれた。
しかし接近戦をしている限り、白服の連中は手出し出来ない。黒服の奴らを巻き込んでしまうからだ。
実際、前に出て戦っているのは、全て黒服だった。白服は魔法専門らしい。
しかし黒服は全部で六人いた。私達は三人。私達は一人で二人を相手しなければならなかった。
私が最初の男と戦っている間に、後ろから別の男が襲ってきた。私は何とか挟み打ちを避ける為に、位置を入れ替えようとしたが、上手く行かず、前後からの攻撃に対応しきれなくなった。
敵の攻撃がかわしきれず、完全に敵の手に落ちてしまった。
敵に首を閉められ、呪文の咏唱も出来ず、体から力が抜けていき……
霞む視界の中に、私と同じように、今にもやられようとしている、レイとウィルが映った。