八話
先週は大変失礼しました。模試のおかげでパソコンをつける暇すらなかったのです……。
今週はちゃんと更新できましたよ。
グルーアルが隠れ家にやってきてから、半月が経過した。
その間、教頭の機嫌は低迷を続け、私達は朝の鍛練が地獄に思えて仕方なかった。教頭の言葉一つ一つに刺があったのだ。
しかしグルーアルの方は、特に何のトラブルも起こす事なく、上手く私達の生活に溶け込んでいた。
しかし私達の間では、ひそかに彼に対する疑惑の種が芽吹き始めていた。
レイが言う事には、グルーアルは夜中に、毎日こっそりと自分の部屋を抜け出して何処かに行っているのだとか。また、ウィルの主張では、教頭があの男をやたらと警戒するのには何か訳があるのではないかとか。
正直なところ、私もあの男は怪しいとは思っていた。まず、あの男はやたらと厚着を好む。最近は夏の盛りも過ぎ、少しずつ涼しくなってきてはいるが、まだ長袖の服を着る季節ですらない。それなのに、グルーアルときたら、分厚いコートを何時も羽織っている。一体何を考えているのやら。教頭より厚着ではないか。
数々の奇行が噂されるグルーアルだが、疑うことを知らないラルクとシリアとは、すぐに仲良くなってしまった。親しみ易い奴ではあるのだ。確かに。
かくいう私も、別に彼と特別距離をとっていた訳でもない。用があったら私から話し掛けることもあったし、逆に話し掛けられたら、何かしら答えてはいた。
しかし、教頭はとにかく不機嫌で、グルーアルとは一切口を利こうとしなかった。私達ともほとんど口を利かなかったのだが。
そんな、教頭が、珍しく、数日帰って来ないと言い残して、どこかに出かけていなくなっていたある日、隠れ家に蓄えていた食料のほとんどが切れた。
もちろん、普段から周辺の森で食料を取ってきたりはしているのだが、それだけではどうしても調味料の類が手に入らない。なので私達は時折ゼルメス(私達が最初に武器を買いに行った街よ)まで買いに行っていたのだが、いかんせん、ゼルメスは遠い。
誰も街に行きたがらないので、通例通りじゃんけんで決める事になる。と思ったら、ここでグルーアルが、自分が行くと名乗り出た。
世話になっているだけなので罪悪感があるからだとか何とか。
勿論私達は誰も反対しなかった。しかし通例、買い物は二人で行くことになっている。持ってくる荷物が多過ぎるのだ。
もう一人は誰にするとなった時に、今度はラルクが名乗りでた。多分、多少なりともグルーアルを警戒して、仲がそれほど良くない私やレイに気を使ったのだろう。それにグルーアルの戦闘能力は未だ不明なので、シリアやヘイドがいくのは危険だろうし。
そういうわけで、買い出しにはラルクとグルーアルという組み合わせで行く事になった。
お金は、何故だか教頭のポケットから無尽蔵に出てくるので、それを使えばよい。
ラルク達は早朝に出発して、何事も無ければその日の晩に帰ってくるはずだった。
何事も無ければ。
何事かあったのだろう。その日、ラルクとグルーアルが帰ってくる事はなかった。
「二人共大丈夫かな……」
翌日の朝、二人が帰って来ていない事に気がついたシリアは、しきりに二人の身を案じていた。
「二人じゃなくて、ラルクの心配をすれば十分じゃない?」
シリアに、私は皮肉を込めて言ってやった。
トラブルの発端はグルーアルだとしか考えられなかった。だってとにかく怪しいんだもの。
私達は心配になって、ラルク達の捜索に乗り出す事にした。
とはいえ、森の広いこと広いこと。全体を捜索することはほぼ不可能なので、私達は街までの最短ルートを通ってみることにした。多分ラルクもこの道を通ったであろうと信じて。
しかし捜索は難航した。
何せ、私達は捜索のエキスパートでも何でもない。少しでも変わった物を見つけたら、その度にみんなを呼ぶものだから、ちょっと陥没した地面だとか、飛び出た木の根っこだとか、実にしょうもないもので、時間がどんどんと浪費されていった。
時々、レイの奴が飽きて作業能率が著しく落ちるから、私はいちいち活をいれてやらなければならなかった。
昼までは全員で捜していたが、ラルク達が戻って来た時の為に、シリアとヘイドを隠れ家に戻らさせた。
その後も私達は捜し続け、とうとう森を抜けきって、ゼルメスまで来てしまった。
私達が街に着いた頃には夕方になっていて、私達もすっかり疲れ切っていたので、情報収拾も兼ねて、適当な宿に入る事にした。お金はちゃんと、勝手に教頭のお金をいただいてきてある。
そこで、たまたま来ていた人々に、何か変わった事はなかったかと聞いて回ったが、あっちの村が魔獣にやられただの、こっちの村でも魔獣にやられそうだのといった、ラルク達とは特に関係なさそうな話ばかり聞かされたので、私達は疲れきって、宿のベットに倒れ込んだ。
「なあ、もう二人共隠れ家に戻ってるんじゃねえか?」
翌朝の食堂で、レイが愚痴を零した。しかし、もしラルク達が戻っていたら、ヘイドが、私のペンダントにかけてある魔法への魔力の供給を断つ事になっている。そうすれば、私のペンダントは形を保てなくなり、ラルク達が帰って来たことがわかる仕組みになっていた。
しかし未だ私のペンダントは、綺麗にその形を保っていた。
ちなみにこの魔法具は、ヘイドのお手製だ。彼は、そういった、魔法を使った物作りが非常に上手い。
そんなこんなで、朝からやる気が無くなっているレイを無理矢理動かして、私達は再びラルクの捜索を開始した。
日が改まると、何かしら起こるものだ。昨日はいくら探しても何も出て来なかったものが、この日になると、一気に色々と見つかりだした。
最初の発見は、ウィルの功績だった。彼が、ラルクの物と思われる小さな布袋を発見したのだ。その布袋は血で汚れていて、何か良くない事が起こっている事を私達に予感させた。
これはラルクが出かける時に持って行った物に違いないと思った私達は、直ぐさま袋の中身を確認した。しかし中身は空っぽ。しかし何としても何かの手掛かりに繋げたかった私達は、その袋からより多くの情報を引き出そうと、躍起になって袋を調べた。
すると、袋についている血が、何かの記号を表しているように見えてきた。
「何かな、この記号」
私が首を捻っていると、レイが、
「マス目、かな?」
と言い出した。確かに、縦に三本、横に三本、線が交差していた。
「じゃあ、このマスとこのマスに書かれているのは何よ」
「間違って書いただけじゃねぇか?なんかぐちゃぐちゃしているし」
私が指指したのは、真ん中の列の一番上と下のマスに書かれているギザギザした線だった。間違いにしては、血で書いたとは思えない位に緻密な線で書かれていた。
「ああもう、わかんねぇ」
レイが考えるのを放棄した。本当に短気な奴。
しばらく考えていると、私にはそのギザギザが王冠に見えてきた。
ちょうど同じ事を考えていたのか、ウィルが「王冠……?」と呟いていた。
「これってチェスの盤じゃないかしら」
とうとう、私の頭に答えが閃いた。
「チェスって何?」
ところが、あろうことか、この連中、誰もチェスというものを知らなかった。
「駒を取り合うゲームよ」
と私が説明してやると、レイが、
「そうか。で、これがチェスだとして、何なんだ?」
確かに。チェスが何を意味しているのか、さっぱり解らなかった。
結局、私達は再び歩き回って捜し回るしか無くなった。
しかし次の発見は直ぐにあった。
とある寂れた宿屋で、ラルクとグルーアルらしき人が運ばれているのを見たという情報を手に入れたのだ。
何でも、黒い髪の少年と、髭もじゃの男が、眠った状態で運ばれていたのだとか。
「そいつらはどこに運ばれてったんだ」
レイが宿屋の主人に詰め寄った。
「それはあれだ。あそこにちげえねえ」
「あそこってどこだよ」
「ほら、あそこ。なんたっけ。あの、いかにもな感じの……、えっと……」
宿屋の主人は散々私達を焦らした揚げ句、たまたま近くにいた従業員に聞いた。
「なんたっけか。あの、いつも人が運ばれていくところ」
「ああ、あの研究所だとか名乗っているところですか?」
「おお、そうだよ。そう。『研究所』だ。あっちの方にいくと妙な連中がうろついている通りがあるだろ?そこに、古臭い工場みたいな建物があってよ、『研究所』って書いた看板吊り下げた建物があるんだが、そこに時々、眠った人を担いだ真っ白な服を着た連中が入っていくんだよ。前々から、ありゃどっかから拉致してきたんでねえかとはおもっていたんだが、やっぱりそうだったか。もしあそこに殴り込みにいくんなら気をつけろよ。真っ白な服を着た連中はガリガリでたいして強そうには見えねえけどよ、逆に真っ黒なコートを着た奴らは筋骨隆々なのがわんさかいるからな」
そう言って、宿屋の主人は私達の背中をどんと叩いた。
私達は礼をいって、宿屋の主人が指し示した方に向かった。
「どうするよ。ラルク達は拉致されたみてえだぞ」
歩きながら、レイが言った。
「決まってるじゃない。取り戻しにいくわよ」
「殴り込みに行くのか?」
「いくわよ」
「でも、何の証拠もないのにいきなり殴り掛かるのはまずいよ」
ウィルが冷静に私に言った。しかし私は、証拠なんて捜している場合ではないと思った。
「証拠なんて後から見つければいいのよ。とにかく殴り込むわよ」
この時の私は大分殺気立っていただろう。こんな捜索に膨大な時間を掛けさせた奴が憎くて仕方なかったのだ。
ホントに疲れたんだからっ!
という訳で、私はウィルの制止を無視して、件の建物に向かってずんずん進んで行った。
建物は、研究所というに相応しい威容を誇っていた。
そんな建物の外観を気にも止めずに、私は正面の扉を破壊しようとして、ウィルに止められたので、強く二回叩くに留めておいた。
敵にわざわざ侵入を報せてどうするのだか。