第15話 プロポーズ
テュル神の暴走を鎮圧してから1年の歳月が経ち、世界はこれまで通りの平和と秩序を保っていた。
今、俺たちは魔法学校の卒業式の準備に追われている。
おばさん(京子の母)は、オプティマイザ―のボス、レディーゴールドに就任。日夜世界の治安維持に奔走している。俺と京子は、オプティマイザ―の候補生としてAI政府に就職が決まった。来月からは、おばさんによる訓練が始まる予定だ。
リカは、アドミニストレーターとして女神様のお世話をしている。元はと言えば、テュル神の監視役として女神様が旧AI政府に潜り込ませたポストなので、女神様が中枢AIとなった現政府では、それほど仕事は多くないらしい。
楓は大学に進学しつつ、リカのお母さんと一緒にロストテクノロジー研究所で研究を続ける事が決まっている。将来有望な研究者だ。
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平均結婚年齢が20歳という今の時代、18歳で学校を卒業する頃には、概ね半数ぐらいの人が婚約者を決めている。心に決めた人が居る場合、卒業式の日にプロポーズをするというのが慣例行事だ。
過去の記憶は断片的ではあるが、以前よりも多くの事を思い出せた。その中には、京子にそっくりな幼馴染の事も含まれている。彼女の名前は響子、京子と同じ呼び名だった。そのため、京子と記憶が重なっていたのだろう。俺は280年前に本当の幼馴染である響子と結婚し、彼女が40歳で亡くなるまで幸せに暮らしていた。
今、確かに心に決めた相手はいる。でも、俺は初婚ではない。不老の体を持つ俺は、京子が老いて寿命を全うするのを見届ける事になる。それはとても辛いことだ。最初の妻を看取った時、二度と結婚はしないと心に決めていた。それに、いつまでも若い亭主を持つ京子にも辛い思いをさせてしまうかもしれない。
このような理由から、俺は京子にプロポーズすることを躊躇していた。京子が俺からのプロポーズを待ち望んでいる事は、もちろん知っている。ただ、最後の勇気を絞りだすことが出来ずにいるのだ。
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【楓から意味深なメッセージが...】
卒業式の当日、楓から個人的なメッセージが届いた。
『二人だけでお話ししたいことがあります。放課後に、校舎裏の桜の木の下で待っています。必ず来てください』
むむむ、これってもしかして... でも、俺と京子が両想いなのは知っているはずだ。俺が煮え切らないのを見て、玉砕覚悟の勝負に出たのか? 以前告白されたときも、彼女はとても積極的だった。何と言えば彼女を傷つけずに済むだろう? もし、京子やリカの存在が無ければ、躊躇なく楓を選んでいたに違いない。ああ、そんな話をしてもダメだ。俺の頭は放課後までその事で一杯になっていた。頭を抱えて悩んでいる俺の姿を見て、京子は辛い思いをしていた事だろう。
放課後になり、俺は約束の場所へと向かった。心臓の鼓動が聞こえてくる。ただ断るだけの事なのに、どうしてこんなに胸が苦しいのだろうか。
春の日差しが桜の花を暖かく包み込んでいる。その木の下に、楓の姿があった。今日の彼女は、何時にも増して美しい。思わず見とれてしまう。こんな美しい子のプロポーズを断るなんて、俺はなんて罰当たりなのだろう? もし異世界に転生したら、全くモテない一生を送るに違いない。
「来てくれて、ありがとう」
俺の顔を見て優しく微笑む。神殺しの笑顔である。これがプロポーズでなければ、何でも彼女の言う事を聞いてしまいそうだ。
「単刀直入に言うわ。私を、貴方のお嫁さんにしてください」
そう言って深々と頭を下げる楓。
彼女にはハッキリと言わなければならない。俺は気を取り直して言った。
「いや、大変申し訳ないが、その願いを叶えることはできない」
「どうしてなの? 理由を聞かせてください」
理由など知っているくせに、俺の口からハッキリと聞きたいのか。
「俺には、心に決めた人がいるんだ。それは、残念ながら君ではない...」
「それは誰なの? 心に決めた人の名前を教えてください」
どうしても俺の口から言わせる気だな。仕方ない。
「... 京子... だよ」
「聞こえないわ。もっと大きな声でお願い」
「京子だ! 俺がお嫁さんにしたいのは、京子なんだ! すまない」
思わず大きな声で叫んでしまった。すると、草陰や木々の後ろから人のざわめきが聞こえて来た。
「しまった!」
ここは、校内でも有数の告白スポットである。卒業式のこの時間、プロポーズの様子を除き見るために、野次馬根性の生徒たちが大勢潜んでいたのだ。そんな気配にも気が付かないなんて、俺はどうかしていた。
「それって、本当?」
桜の木の陰から、聞き慣れた声がした。
リカに背中を押されて、京子が姿を現した。
(計られた! おそらくリカの仕業だろう)
もう後戻りはできない。俺は、大勢が見ている前で宣言してしまったのだ。
言葉を選ぶ余裕もなく、背後から強烈な回し蹴りが飛んできた。俺は吹き飛ばされるように京子に激突し、思わず彼女を抱きしめてしまった。
その体制で、俺の目を見る京子。
「ああ、本当だ。俺のお嫁さんになってくれるか?」
「はい」
その瞬間、周囲から拍手喝采が巻き起こった。なんという道化を演じてしまったのだろう。これではまるで卒業式のエキシビジョンではないか。
群衆は満足そうにこの場を離れていく。リカと楓も手を取り合って、「おめでとう! じゃあね!」と言ってそそくさとこの場を去って行った。
「ま、そういうわけなので、よろしく頼むね」
俺は京子にそう言うと、いつもどおり、二人で仲良く自宅へと向かった。
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リカと楓は道すがら、仲良く話しをしていた。
「凄くうまくいったわね。群衆の前でプロポーズさせる、リカの作戦は完璧だったね」
「そうね。でも、楓さんには辛い役をお願いしちゃったね。ごめんなさい」
「いいのよ。それに、私は半分本気だったのよ」
「え?」
「もし、あの人が煮え切らない態度を取ったら、京子さんには悪いけど、私が強引に婚約してしまおうと思ってたの」
「そうなの? 楓さん、見かけによらず根性あるのね」
「そうよ。根性だけは誰にも負けないわ。まぁ、結果的に収まる所に収まって良かったと思ってるわ。それは本当よ」
「それに、リカさんだって、彼のこと好きなんでしょ?」
「ええ、好きよ。でも、私には告白する権利すらないの。人間じゃないのですから」
「そんなこと無いわよ。人間もアンドロイドも対等に暮らせる世界を作っていくのでしょ? きっと近い将来、人間とアンドロイドが普通に恋愛できる日がくるわ」
「そうね。そうなるといいわね。楓さん、アンドロイドの研究をするのよね。ぜひ、人と普通に恋愛のできるアンドロイドを作ってね」
「ええ、それが私の夢なの。男なんかこうしてやる!」
楓は小石を思い切り蹴飛ばし、その小石は夕日の彼方へと消えていった。その後、俺の頭を直撃したらしい。(俺は隕石が落ちてきたのかと思った)
楓と別れた後、リカは公園で夕日を眺めていた。
「何もかも上手くいったわ。これでよかったのよ。でも、私の心の奥底に、異質の何かが芽生えているような感覚がある。何事もなければ良いのだけれど...」
リカは、胸に手を当てながら、自分の身に起こっている変化に気が付き始めていた。
第三章 完
ここまで読んでいただき、本当にありがとうございます。読者の皆様の忍耐力に深く感謝いたします。
これから、4章の推敲とプロットの作業に入ります。4章からは新しい展開となりますので、1~3章で第一部と考えております。
4章の公開日につきましては、活動報告やXで報告してゆく予定です。また、挿絵などの画像をXでほぼ毎日投稿しておりますので、こちらも見て頂けると幸いです。
https://x.com/ChitoseHikari
では、これからもより皆さまに楽しんで頂けるお話を作れるよう、精進してまいります。
今後とも、本作を何卒よろしくお願いしたします。
2024年6月16日 千代 煌
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