第2話 ロストテクノロジー研究所
入り口のロビーには、いくつかの古代の製品が展示してある。いずれも、制作者が没後に再現できなくなった技術によるものだ。工業製品だけでなく、食品もある。天然の米から作られたお酒、こちらの赤いのはブドウから作ったらしい。いずれも記録を辿ってAIが忠実に再現しても、想定したクオリティーが全く再現できないそうだ。古代の製作者は詳細な技術を記録に残さず、口頭で代々伝えていたらしい。
いくつか興味深い物はあったが、旧式の魔道器や、人の寿命に関する資料は無かった。まぁ、研究が禁止されているので当然だが。
「ここでは、人間の文化について、特に食べ物や飲み物について、失われた技術を取り戻すための研究を行っています。食事という性質から、人間によるテストが不可欠で、多くの学生インターンによる試食試験も行われています」
なるほど。楓はこのテストのためにここに来たのかな。珍しいものが食べれるから楽しそうだけど、なんであんなに窶れていたのだろう?
「では、古代の食べ物を試食してみてください。最初にこれを試していただけますか?」
アンドロイドが持ってきたのは、小さな器に入った豆のようなものだった。ところが、顔を近づけるとその豆は強烈な匂いを発していて、糸を引いてネバネバしている。とても食べ物とは思えない代物だ。
「これは、700年ぐらい前まで一部の地方で好んで食されていた物で、非常に栄養価が高く、健康食品としても愛されていたようです」
「でも、これ腐っていて食べれませんよ」
「そうなんです。AIがありとあらゆる文献を基に再現しても、どうしてもこうなってしまうのです。消費されていた記録から推測すると、とても愛されてよく食されていた食品なのに、どうすればこれが美味しく食べられるのか、その研究を行なっています」
「ふーん、古代の食べ物ね。きっと他に食べるものがなかったんじゃないかな? どれどれ...」
好奇心旺盛な京子が躊躇無く食べ始めた。
「うん、これ結構いけるよ! ご飯にかけたらおいしいかも」
驚いたことに、京子はこの腐った豆を美味しそうに食べている。これにはアンドロイドも驚いたようだ。
「すいません、ちょっとコチラに来てもらえますか? あなたの味覚機能を調べさせてください」
そういうと、京子は別の部屋に連れて行かれてしまった。京子の味覚はなにか特別なのだろうか? 俺とリカには全く理解できない味だった。
「もっと他に、美味しいものないですか?」
俺たちのリクエストで次にアンドロイドが持ってきたのは、小さな昆虫を煮付けたものだった。遠目にそれを見てしまった俺とリカは、急いで試食コーナーを後にした。
「危ないところだったね」
リカは俺の顔を見てクスクスと笑っている。いくら300年以上生きているからって、あれは無理だ。楓は毎日あんなものを食べさせられているのだろうか?
先に進むと、運動能力のテストをしている部屋があった。ここの資料によると、古代の人間は強靭な体力を持っていたらしい。100mを10秒以下で走る人間や、8m以上を一足で飛び越える人が存在していたという。俺は2年前に100mを13秒台で走り、U15での過去100年の記録を塗り替えた。現代世界で無双している俺よりも、古代の人間は身体能力が優れていたらしい。もっとも、俺は今300歳だから年齢規定違反で失格なのだが。
運動能力のテストだろうか、床が全方向に動く大きな部屋の中で、VRメガネをかけた人が数名走り回っている。何やら、スポーツをやっているようだ。その中に、楓の姿を見つけた。
「楓さんだね! あそこの隅の方を走っているよ!」
リカも確認してくれた。間違いない。見た感じでは元気に走り回っているので、少し安心した。
俺たちは、施設のスタッフに楓との面会をお願いした。断られるかと思ったが、すんなりと許可してくれた。この施設はもっと怖い所かと思ったが、オープンで怪しい所は何もない。
楓を待っている間に、京子がやってきた。
「京子って、なにか特別な感覚があるのかな?」
「そういう事では無いみたい。私の場合、好奇心が強すぎて普通の人なら拒絶する物も、抵抗なく受け入れてしまう性格なんだって。つまり、味覚ではなく性格の問題だというのよ。失礼しちゃうわね」
(なるほど。確かにその通りだと、妙に納得してしまった)
そんな話を京子と交わしていると、タオルで汗を吹きながら楓がやってきた。
「あら、わざわざ来てくれたのね。ありがとう。私は見ての通り元気よ」
楓が笑顔で俺たちの前に姿を表した。でも、その笑顔がどことなく不自然に思えてならない。
「あ、借りていたもの返すわ。ありがとう」
そういうと、小さなアクセサリーを俺たちに差し出した。俺も京子も初めて見るもので、当然の事ながら楓に貸した覚えはない。
「ありがとう。ちょうど返して欲しかったところよ。また貸して欲しいものがあったら何でも言ってね」
白々しく京子がアクセサリーを受け取った。これには何か秘密があると感じたのだろう。
楓とは他にも言葉を交わしたが、どうもしっくりこない。いつもの楓とは雰囲気が違う。まるで、何者かに強制されているように思えた。ただ、ここで彼女を追求しても彼女の立場が危うくなるだけなので、ここは一旦引き返すことにした。
他にもいくつかの部屋を見学し、1時間程度の見学体験コースが終わった。最後にアンケートに答えて施設を後にした。
「なんか、肩透かしというか、至って普通だったね」
京子も何か引っかかるようだ。
「全くだ。普通すぎて不自然なぐらいだ。あれは、家族を安心させるためのデモンストレーションという可能性もある」
「そうね。そうそう、このアクセサリ、何だろう?」
小さな魚のマスコットだ。俺や京子が楓に貸した物ではない。
「これ、ストレージだわ。ちょっと中を見てみる」
俺たちは旧式魔道器の投影機能を使って、ストレージの中身を確かめた。そこには、何枚かの写真があり、楓の家族やペットが写っていた。なんの変哲もない写真なのだが、リカと京子が目を凝らして見ている。すると、リカが何かに気が付いたようだ。
「ちょっと待って、この写真には電子透かしが入っているわ。抽出してみましょう」
(電子透かしを目で見て判るなんて、リカはいったいどんな目をしているのだ!?)
写真の画像から電子透かしを取り出すと、それぞれの写真にはカタカナが一文字ずつ入っていた。それらの文字を並べてみると…
ス・ル・コ・サ・レ・テ・ロ・タ・ケ
「何だこりゃ?」
「馬鹿ね!入れ替えて意味のある言葉にするのよ!」
タ・ス・ケ・テ・コ・ロ・サ・レ・ル
暫くの間、呼吸をするのを忘れるほどに、時間が凍り付いた。
--- 第2話 END ---
次回、楓の救出を決意するのだが...
(第三話は6月4日の早朝に投稿予定です)