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結論から言うと、アントンと副騎士団長は半泣きだった。
「何でこんなに遅かったんですかーーー!
俺たちがどんな気持ちだったか分かりますか!?
副騎士団長なんて奥様達に遺書書いてたんですよ!!!???」
(お前らが細胞レベルで何とかかんとか言って、ついて来なかったんじゃないか)
レオナルドは、アントンのクレームに返事をせずに馬車に乗り込んだ。
騎士や動物はまだしも、アントンは文官候補である。
野生の勘は絶対に働かないタイプである。
その鈍感文官のアントンが、「細胞レベルで」などとほざいていたのがレオナルドは気に食わなかったのだ。
ただの意趣返しである。
「さ、早く行くぞ。 アンハルト国王と「愛し子」様が待っておられる」
一行はレオナルド以外が半泣きの状態で、アンハルトの王宮に向かった。
(((わぁ~~~~~、妖精姫様だ!!!!)))
城でレイラに迎えられた一行は、もれなく全員が同じことを思った。
リンゲンで、童話「妖精姫様」を読まずに育つ子供はいない。
みんながレイラにポーっとなっている時、レオナルドは・・・
(ヤバーーーーーーーーーい!!!
俺の妻(まだ結婚してない)は、将来ああなるのか!!!
どうしよう、前世の俺、どんだけ徳を積んだんだ!!!
ありがとう!!! 前世のオレ!!!)
そんな煩悩に塗れた脳内など微塵も感じさせない、キラキラ王子様のアルカイックスマイルで、国王と妖精姫様に挨拶をした。
リンゲンの王太子教育は完璧なのである。
アンハルト国王も妖精姫様も、彼の煩悩には気づかなかった。
しかし有頂天のレオナルドは、翌日地獄に落とされる事となる。
「実はまだレティシアに、あなたとの婚約も、あなたが今日会いに来てることも伝えていないのよ」
朝食の時に、いきなりぶっ込んできた妖精姫様。
「え?・・・??? 婚約の話も? 婚約を結んだのは3年前なのに???」
「ええ。
ご存知の通り、レティシアの「愛し子」の力は過去最強。
あの子の願いを妖精たちが全て叶えようとしてしまうため、あの子には、負の感情を抑える教育をしていたの。
それが完了したのが昨年で。
それで夫に、リンゲンで婚約者に会わせるかどうか尋ねても、未定だという返事しか貰えなかったから・・・。」
(・・・!!!!!!!!!!!!!
いやいやいやいや、何も存じ上げませんでしたが?
え? 彼女も妖精姫様なの?
はっ!!!
だーかーらー、あの宰相が上から目線だったのかよ! 腹立つわ~~~!
てか、親父、言えよ!!!
何で未来の国王に知らせてくれなかったの?
何かのゲーム???
・・・。
ヤバくなかった???
今回気まぐれで会いにこなかったら、彼女が妖精姫様だって知らずに「宰相に押し付けられた!」って思いこんで・・・。
え? かなりヤバくなかった???
ありがとう、神様!
ありがとう、あの日王宮に来て、俺のなんかの扉を開けようとしたエリアス様!
あなた達のおかげで、俺は何かを回避できた! 気がする!!!)
何とか気持ちを落ち着かせたレオナルドは、「愛し子」様と一緒に離宮を訪れた。
レイラは、レティシアに説明する間待っていて欲しいと、リンゲン御一行様を応接室へと案内し、そのままどこかに行ってしまった。
メイドが入れてくれた紅茶を優雅に飲もうとしたところ ——————。
「嫌!!!絶対いや!!!私、レオナルド王子となんか結婚したくない —————— !!!」
「殿下!!!!!」
副騎士団長がレオナルドの上に被さり、割れたガラス片から身を守った。
「キャー————!!!」
メイドの叫び声が部屋に響き渡る。
応接室の窓ガラスや調度品のガラスが全て粉々に割れて、シャンデリアは天井から落ちてきた。
目の前の惨劇を見て、応接室にいた誰一人動けなくなった。