㉒
リンゲンとミュンスターで話し合いが行われている間、レティシアはフリーダと、レティシアが王宮で宛がわられている部屋でお茶をすることになった。
フリーダと一番近い体形の侍女が、彼女の持っている落ち着いたデザインのドレスを譲ってくれた為、フリーダはド派手なドレスから着替えた。
少しだけと言って、その侍女とセラがフリーダをレティシアの部屋のドレスルームに連れて行き、そこで軽く化粧もして髪もフリーダに似合う様に整えた。
ドレスルームから出てきたフリーダは、年相応の少女だった。
茶色の髪は緩くアップにされ、ほつれ気が少し顔に沿って緩くカールを描いている。
白色をベースにしたドレスは彼女の褐色の肌に良く似合い、落ち着いた柄は儚げな表情に良く馴染んでいた。
「はじめまして、フリーダ様。やっと本当のあなたに会えましたね」
レティシアはそう言って、自分の前のソファを差し示した。
フリーダが少し戸惑いながら、おずおずとレティシアの前のソファに腰を下ろすと、セラがすぐさま紅茶を入れてフリーダの前に出す。
フリーダは一口紅茶を飲み、ホッと一息ついた。
そして、先ほどまで着ていた赤いドレスのポケットに入れていた、四つ折りにした紙を広げた。
「紙に書いた文章を読むと吃音が出ない事に気づいたのは、アラリケなのですよね?」
レティシアが尋ねると、フリーダは小さく頷いてから、紙に書かれた文章を読む。
「は、は、はい。・・・アラリケが、強い王女を演出するといって、演技指導をしてくれた時に、彼女が書いた台詞を読んだら、吃音が出なかったんです。それからは、王女が言いそうな事をいっぱい紙に書いてくれました。
それらを覚えたら、紙が無くても決められた台詞を言う時は、吃音が出なくなりました。
アラリケは、きっと前世で酷い目にあったから、だからとても攻撃的になってしまっただけで。
本当は優しい子なんです。だからずっと、こんな私の傍にいてくれたのです・・・。
殿下もあなたも、どうして私があなた達に助けを求めなかったのかと、不思議に思われた事でしょう。
小さな頃から、メイドにすら馬鹿にされていた私は、誰かに助けを求めても、その手をいつも振り払われ続けていました。そうすると、もう、誰かに助けを求める勇気が無くなってしまうのです。
だけどアラリケは、私が助けを求められなくても、私が助けて欲しい時はいつも一番に気づいてくれた。
彼女だけだったんです。
私のたった一人の友達。彼女が望む物をあげたかった」
「それがあなたの全てでも?」
「は、は、はい。わ、私は自分が、い、い、居なくなっても、彼女の望みを叶えて、あ、あげたかった」
(共依存)
昨日、フリーダから話を聞けたレティシアは、公爵邸に戻ってエリアスに事の顛末を話した。
「愛情を知らずに育った子供が、歪んだ思い込みなどによって、お互い依存し合う。
そういった関係を差すそうだよ。
きっとアラリケとフリーダ嬢の関係は、そういったお互いの寂しさを、支え支えられ、依存し合う関係性で成り立っていたんだろう」
まるで苦い物を飲み込むかのように、エリアスはハーブティを眉間に皺を寄せて一口飲んだ。
「まともな大人が、一人も周りに居なかったのだろう・・・」
レティシアは、フリーダとアラリケの関係性が全く理解出来なかったが、しかし二人がある意味、肩を寄せ合って生きて来たのだという事は分かった。
アラリケはフリーダを守る事で。
フリーダはアラリケに守られる事で。
二人の心のバランスは保たれていたのかもしれない。
レティシアは腰を上げ、前に座るフリーダの手から紙を取り上げた。
「友達と話す時ぐらい、台詞を読むのは止めましょう!」
フリーダが驚きで声を失っていると、彼女の驚いた顔を見たレティシアが笑い出した。
そして手を払いメイドを下げさせて、腹心の侍女だけを部屋に残した。
「ミュンスターでも同じとは思うんだけど、フリーダ。
あ、フリーダって呼ぶわね。もう私達友達でしょ?
リンゲンやアンハルトでは、公式と非公式で私達はお互いの呼び方を変えるの。一緒?
私はいつも”わたくし”っていうけど、レオや友達の前では”私”って言うわ。レオは知ってるわよね? レオナルド殿下の事よ。彼も親しい者の前では、”俺”って言うわ。親しい仲では敬称もつけないわ」
レティシアのマシンガントークに、フリーダは固まってしまって相槌も打てない。
そんな彼女に、天使の様に優しい笑みを浮かべて、レティシアのトークは続く・・・。
「あなた、アビゲイルにそっくりだわ、本当に。その、作ってるところが?
彼女も王女として舐められない様に普段は作っているけど、寂しがり屋の怖がりなの。すっごく気が合うと思う。
今度三人でお茶をしましょ!
王女としての悩みが有ったら、アビーに相談するといいわ。彼女、ベテランだから。
他の悩みだったら、私にも相談してね? もう友達なんだから。
でも、ミュンスターに戻っても、もう怖いものなんて無いんじゃない?
だって、リンゲンの次期王太子妃と、アンハルトの王女が友達なのよ? 最強じゃない?」
レティシアがどや顔でフリーダを見つめる。
フリーダは、いつの間にかレティシアに友達認定されていてビックリした。
だけど、それは嫌な事ではなくて、何だか心がふわふわする。
フリーダは心が温かくなるのを感じて、その小さな幸せを嚙みしめた。
「それにその子達も、そのままミュンスターまであなたに付いて行きたいみたいよ」
ふふっと笑いながら、レティシアは聖母の様な美しい微笑みを、フリーダの肩の辺りに向ける。
フリーダは妖精が見えないので、自分の周りを不思議そうにキョロキョロと見た。
「忘れないで。あなたが見えなくても、あなたが大好きであなたの側に居る事を選んだ妖精がいる事を・・・」
その言葉を聞いて、フリーダは堪えられなくなって、顔を覆って静かに涙を流した。
「ご、ご、ごめんなさい。ごめ、ごめんなさい・・・」
レティシアは立ち上がって彼女の横に座ると、フリーダの震える肩を抱き締めた。
「友達に何かをしてもらったら、ごめんなさいって言うより、ありがとうって言った方が喜ばれるわ」
そう言ってレティシアが顔を覗き込むと、フリーダは涙で濡れる顔に笑顔を浮かべて言った。
「ありがとう!」
彼女の言葉に吃音が出なかった事に、レティシアは心が温かくなり、フリーダをギュッと抱きしめた。
フリーダもギュッとレティシアを抱き締め返した。
二人の頭上で、妖精達が嬉しそうにダンスを踊っていた。




