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「フリーダ!」
扉から現れたのは、いつものケバケバしいドレスを着たフリーダ。
しかし化粧をしていないフリーダは、とても幼い顔立ちをしていた。
威丈高な風貌ではなく、少し眉尻下げ、迷子の少女の様な戸惑った表情だった。
彼女の後ろには副騎士団長が控えているが、彼女の手は拘束されていない。
二人掛けソファが向かい合うテーブル席。
そのドアに近い下座の一人掛けソファに、副騎士団長に誘導されたフリーダが座った。
その後ろに、彼女を守るように副騎士団長が立つと、彼の後ろからもう一人騎士が付いて来ており、彼はそのままアラリケの後ろに立った。
アラリケは憎々し気にフリーダを睨んだ。
「あ、アラリケ・・・」
フリーダは、何かを堪えるように、何度も瞬きをした。
「で? 何でこんな事をしたんだ? お前の狙いはフリーダ皇女の失脚か?
それならわざわざリンゲンに来なくても、自国ですればよかっただろ?」
レオナルドはもう取り繕う気も無いのか、アラリケを顎でしゃくり、先を促す。
アラリケは観念したのか、全てを話しだした。
アラリケの前世は、軍需企業に勤める科学者だった。
国立大学を首席で卒業した彼女は、学生時代の研究結果を買われて、その企業にヘッドハンティングされた。
しかし研究肌の彼女は、自分を上手く売り込む事が出来ず、出世が出来なかった。
愛想が悪かった彼女は、成果を多く上げたが、その分周りとの衝突も多かったのだ。
評価されない事に苛立った彼女は、自分の手柄を横取りし出世した後輩を、手作りの爆弾で攻撃し、自身も含め周りの人間を巻き込んで、多くの命を落とした。
しかし実際の所は、後輩が彼女の実績を横取りした形跡は無く、ただ世渡りが上手なだけだった。
そんな自分勝手な被害妄想で、多くの人の命を奪ってしまった彼女は、魂が汚れてしまい輪廻の輪から外されたのだ。
それがどんな因果なのか、輪から外れたその汚れた魂が、架け橋を渡ってこちらの世界に流れ付いてしまった。
大罪を犯した者は、その罪を悔い改めるようにと、前世の記憶を持たされる事がある。
しかし彼女は悔いを改める事なく、恨みだけを抱き締め、成長した。
しかも異世界へと流れついた為、彼女の魂は恵まれた命に入り込んでしまった。
この二つの要因が重なったせいで、今回の未曾有の事件が起こったのだ。
前世の知識と恨みを持ったアラリケは、好戦的な父をたぶらかした。
5歳のアラリケから前世の話と、現代のこの世界では見たことも無い最強の兵器を教わった父、侯爵は、兄から王位を簒奪する事を夢見る様になった。
アラリケの才能を兄に売り込み、侯爵はまず爆弾を使って大陸を統一することを兄に推奨した。
近隣の国と小競り合いが頻発していた為、兄王はこれに飛びついた。そしてたった二年で統一を果たす。
そして目論見通り、アラリケを気に入った皇帝は、アラリケを皇太子の婚約者にした。しかし皇帝の息子はアラリケを拒否した。彼の好みでないという一言で。
皇帝の息子は友に、「あの親子と婚姻関係で結ばれたら、寝首を刈られる」と漏らしていたのだ。
皇帝には気づかれなかったアラリケ親子の謀略を、息子は薄々気づいていたのだ。
侯爵は婚姻で結ばれたら、適当な所で皇帝と息子を亡き者にする予定だったのだ。
彼が父親にそんな話をする前に消してしまおうと、侯爵が事故に見せかけて皇太子を殺した。
後は吃音症の心の弱い娘が一人。
いくらでもアラリケが取って代われる。
自国では皇帝の目があるため、フリーダを陥れても有耶無耶にされてしまうかも知れない。
そう思ったアラリケ親子は、外国でフリーダを陥れる事にした。
そうしてリンゲンにやってきたのだ。
リンゲンに決めた理由はただ一つ。皇帝の息子が生きていた頃、皇帝がリンゲンの王太子にフリーダとの婚約を打診していたからだ。婚約が成立しなかった国に留学に来るなんて、それだけでいい感情は抱かれ無いだろう。
しかしアラリケは、初めてリンゲンに降り立ってから、その美しい街並みや、洗礼された人々に魅了された。厳しい環境下にあるミュンスターより、リンゲンが欲しくなったのだ。
テューリンゲン大陸は、一年中のほとんどが暑くて湿気が多く、あまり資源が豊かではない。
しかも十年前まで戦争をしていた為、国は落ち着いておらず、文化も発達していない。
しかしこちらは違う。
四つの国が和平を結び、長きに渡り戦争は起こっていない。
その為、ルネッサンスが華開いたこの大陸では、美しい物で溢れていた。
男尊女卑が色濃く残るミュンスターと、レディーファーストが常識のリンゲン。
二十一世紀の日本にいた前世の記憶があるアラリケには、リンゲンが一番欲しかった。
ここの王妃になれるなら、女王でなくてもいい。女の中でトップになれるなら。
リンゲンでレオナルドに会ったアラリケは、レオナルドも欲しかった。
美しい黒髪にアメジストの様な紫色の瞳は、彼の端正な顔に神秘的な印象を与えた。
欲しい。欲しい。欲しい。
アラリケは急遽、リンゲンを手に入れる算段を立てる事にした。
王妃の座を奪う相手はリンゲンの公爵令嬢。簡単に思われた。
しかしここに来て、思わぬ情報が入ったのだ。
「愛し子」の娘だと思われていた公爵令嬢が、実は彼女自身も「愛し子」で、その力は未知数であると。
アラリケは様子を見ようと思ったが、二人が半年後に、公爵令嬢が学園を卒業すると共に結婚すると噂に聞いた。
猶予は無いと知ったアラリケは、リンゲンに混乱を招き彼らの関係性などを確認するため、第一の爆撃を行う。
そして、レティシアにはそれを止める力も、人を癒す力も無い事に気づいたアラリケ。
愛し子という者は妖精に愛されるだけで、その存在自体にできることはないのだと結論づけた。
そこで考えた計画が次になる。
この爆破の犯人をフリーダに仕立て上げ、何も出来ないレティシアに成り代わり、自分がこの事件を解決に導く。そこで、どちらが王妃に相応しいかを国王含めレオナルドに見せつけるのだ。
万が一レオナルドを手に入れる事ができなかったとしても、フリーダを蹴り落とし、ミュンスターを手に入れる事はできる。事件解決の功労者としてレオナルドに恩を売っておけば、友好条約を結ぶのは簡単だ。そうしてここの文化を輸入して、ミュンスターを自分好みの国にすればいい。
しかし、学園での爆破で問題が起こった。
これはフリーダの仕業であるように仕向ける為の行動だったが、ここでレティシアが想像を絶する力を見せつけてきた。
焦ったアラリケは、秘密兵器の”エネルギー爆弾”で爆破予告をし、それを自分が止めるというシナリオを敢行したのだ。
「まさか平民どもが逃げ惑い、私の邪魔をするとは夢にも思わなかったわ。
後もうちょっとで、私が爆弾を止めるヒーローになれるところだったのに」
足を組み、気怠い感じで話すアラリケは、どこか今までのフリーダの様に見えた。
そして、今の怯えるフリーダは、今までのアラリケのようだと、レティシアは唖然とした。
それもこれも、アラリケによるフリーダへの演技指導だったのだろう。
「そんな事で、自分の従妹を陥れようとするなんて・・・」
ぼそっと呟かれたレティシアの言葉を拾ったアラリケはカッとなって叫んだ。
「はぁ? 元から何でも持ってる人間が偉そうに!」
アラリケは目の前のレティシアを、親の仇を見るような目つきで睨んだ。
「あなたも持っているじゃない。侯爵令嬢としての地位も、優秀な頭脳も。
・・・あなたを心配してくれる、従姉も・・・」
アラリケは鼻で笑う様に、フリーダを横目で見た。
フリーダは、この部屋に入ってからずっと、アラリケを心配するように涙目で見つめていた。
「この子は私を心配してるわけじゃないわ。ただ私が居なくなったら、また一人に戻るから、それを心配してるだけよ」
「自分を犠牲にして?」
レティシアの言葉に、アラリケは黙ったままレティシアを睨みつける。
「早い段階で、フリーダ様は気づいていた筈よ。あなたに罪を着せられている事に。
だけど彼女はそれを誰にも言わなかった。
それが正しい事だとは思わない。だけど、あなたの為に自分を犠牲にした彼女の気持ちが、ただ自分の心配をしているだけの、自己愛だとは思えない」
アラリケは、もうレティシアを睨む事をせず、ただ前のテーブルを、冷めた目で眺めていた。
まるで自分の殻に閉じ籠るように。
「あ、アラリケ・・・。
私、弱くて・・・。だから、止めてあげられなかった。・・・ごめん。
あ、あなたの望むようにしてあげたくて。だってアラリケは、孤独で寂しかった私の、ゆ、唯一の友達だったから。
こ、こ、こんな恐ろしい事を考えているって知ってたら・・・。
ごめん。ごめんね、アラリケ」
フリーダは涙を流しながら、しかし真っ直ぐにアラリケを見つめた。
自分がもう少し強かったら、もう少し頭が良かったら、アラリケを止められたかもしれない。対等な位置に、彼女におんぶされる存在でなく、横に立てる存在だったら・・・。
フリーダは、友達を救えなかった自分に失望し、涙を流した。
アラリケは、涙を流すフリーダを一度も見る事なく、そのままレオナルドに指示された騎士によって、後ろ手に縛られて部屋を出て行った。
フリーダは椅子から立ち上がり、アラリケの後姿を見つめ続けた。




