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リンゲン国王は、この未曾有の事件が解決した事を、すぐに公表した。
事件の首謀者については言及しなかったが、王太子の婚約者である妖精姫が精霊の力を使い、この王都を一瞬で焼け野原にしてしまうほどの兵器を消し去り、怪我した人々を癒したと。
フリーダは貴族牢から一般牢へと移動させられ、アラリケは謁見の間で、公式的にミュンスターの代表としてリンゲン国王に謝罪した。
後は国同士の話し合いとなるため、まだ一貴族令嬢でしかないアラリケは、一旦帰国することとなった。
謝罪後、アラリケはレオナルドとレティシアと、王宮の応接室でお茶をしていた。
「私達がどんなに急いでも、民衆によって行く手を阻まれて。
もう目と鼻の先という所まで来た時に午後の鐘が聞こえた時は、もうお終いだと思って、頭を抱えて座り込んでしまいましたわ」
あの日の事を思い出して、アラリケは僅かに微笑んだ。
「本当にありがとうございます、レティシア様。
もしも爆発していたら、世界史に刻まれる程の、痛ましい事件となるところでした。
わたくしが無事に国に帰れるのも、全てレティシア様のおかげです」
アラリケは心から安堵した表情で、レティシアに頭を下げた。
「頭を上げてください」
顔を上げたアラリケと、再度見つめ合うレティシア。
事件が解決したとしても、フリーダの罪は重く。
フリーダの罪をレオナルドに告げた日から、アラリケの表情にはいつも憂いが浮かんでいた。
「残念だが、ミュンスターがいくら交渉しても、フリーダは我が国で裁かれる。
死刑は免れないだろう」
レオナルドの言葉に、アラリケは大きく頷く。
「はい。理解しております。
伯父様も、今回は認めざるを得ないでしょう・・・」
明日国を出るというアラリケと別れた後、レティシアとレオナルドは、応接室で並んでソファに座った。
フリーダは結局最後まで、一言も事件について発しなかった。
後味の悪い幕引きだ。最初の爆発で死んだ人達も浮かばれない。
セラが新しいお茶を出し、部屋を出ていく。
二人きりになったと同時に、レオナルドはレティシアの肩にもたれかかる。
レティシアはレオナルドの頭の上にもたれかかった。
言葉なく、お互いの重みを感じ合う二人。それが今、一番生きている事を実感できるのだ。
何を考えるでもなく、でも気づいたら頭を占めるのはフリーダの事。
レオナルドは頭から彼女を追い出したくて、ふと思いついたどうでもいい事を口にした。
「なかなか強烈なキャラだったな、時の精霊殿は・・・」
「フッ・・・」
レティシアも、大切な友達を思い出して噴き出してしまった。
「皆個性があるんだけど、あの子は特別凄いの。人間味溢れるって言うか・・・。
私の花冠をホワイトホールに入れてくれた時も、3歳の私に、もの凄ぉく恩を売ってきたのよ。
『この偉大なわらわの力を小娘の花冠の為に使うのが、どれほど光栄な事か分かっておるのか?』って、毎日毎日、花冠を出してもらう度に」
「ハハ」
お互いが話したり笑ったりする度に感じる振動に、生き延びた事を改めて感じる。
レオナルドとレティシアはお互いの指を絡ませ合いながら、取り留めのない話を続ける。
「しかし、どんだけ臭いんだろう。異世界の物って」
「私も思った!
あの緊迫した雰囲気の中、あんなに嫌がるなんて。緊張がどっかに行っちゃったわ!」
レティシアはあの時の事を思い出しながら、部屋の中を見回し、ある事に気づいた。
レティシアがいきなり立ち上がった事で、レオナルドはソファに寝転がってしまった。
「ちょ! どうしたの!?」
「レオ! 分かったかも! 私、大事なことを見落としていたわ!!!」
「お願い! フリーダ様に会わせて!!!」
翌日、帰国の準備をしているアラリケに、レオナルドとレティシアが挨拶にきた。アントンとオスカーも付いてきた。
応接室に案内されたレオナルドとレティシアはソファに座り、アントンとオスカーが二人の後ろに立つ。
応接室に入って来たアラリケは、驚きを隠そうともせず、入室してすぐに話し出した。
「どうされました? 昨日帰国の挨拶は済ませた筈ですが・・・」
そんな戸惑ったアラリケから目を反らしたレティシアは、「ちょっと待ってね」と小さく呟いた。
それは、隣にいるレオナルドにしか聞こえなかった。
「アラリケ様、わたくし分かったんです!」
両手を胸の前でパチンと合わせ破顔したレティシアは、誰もが見惚れる表情で、アラリケを真っ直ぐに見つめた。
「何をですか? まさかフリーダが何か話したんですか!?」
アラリケが前のめりに聞いてきたが、レティシアは笑顔で頷くだけで、話題を変えた。
「今回、爆弾を処理するのに精霊の助けを借りたんですが、その子が言うには、異世界の物って、臭いんですって」
急な話題展開に付いていけず、アラリケは「はぁ」と間の抜けた返事が出てしまった。
誰かが止めてくれるのかと思い他の三人を見ると、「可愛いなぁ」という表情でレティシアを見つめるレオナルドと、妖精姫の一言一言を漏らさないよう、レティシアを凝視するオスカーが目に入った。
アントンだけが自分に目を向けていたが、その目に感情は無く、止めてくれる気配がなかった。
「あの日も、わたくしの危機に付いて来てくれた妖精達がいたんだけど、あの広場に着いた途端、皆逃げちゃったのよ! ひどいでしょ?」
アラリケは諦めて、レティシアの話を聞くことにした。
「それでね、昨日あなたとお茶をした部屋でね、殿下と話している時にその話になってね。わたくし気づいたの!
何だと思う???」
「さぁ・・・」
「あの部屋にね、妖精が一人もいなかったの」
レティシアは胸の前に手を合わせたまま、だけど愛らしかった笑顔が消えて、真っ直ぐにアラリケを見つめた。
その目は支配者の様に尊大で、アラリケは動けずにただ、生唾を呑んだ。
「この王宮はリンゲンで、二番目に妖精が多いのよ。わたくしがよく来るからね。皆に見えてなくても、そこら中にいるわ。
でもね、昨日あなたが居た部屋には、一人もいなかった」
「わ、わたくしがこの宮殿にフリーダと滞在していたからでしょうか? だからわたくしにも異世界の匂いが付いたのでしょうか?」
「あなたは、あの爆弾が異世界の物だって知ってるのね」
「え?」
「フリーダ様に聞いたの?」
「え、ええ、まあ」
「そ。まあいいわ」
矢継ぎ早に質問をしてくるレティシアに、アラリケの心臓が早鐘を打つ。
「そうね、ここで匂いが付いた可能性はあるわね。
そう言われると思ってね、わたくし昨日、フリーダ様に会いに行ったのよ。一般牢に。
そしたらね、何を見たんだと思う?」
また誰もを魅了する様な美しい笑顔を浮かべて、レティシアが質問をしてきた。
アラリケはもう目線を合わせる事も出来ず、返事をする事もできなかった。
ただ自分が冷や汗を掻いていることに気づいた。
アラリケがレティシアに返事をしなかったので、レオナルドが代わりに問いかける。
「何をみたんだい? もしかして妖精?」
「ピンポーン! そうなの! フリーダ様にね、数人だけど妖精が付いて行ってたの」
茶番だ!
アラリケは太ももの上に重ねて置いていた自分の手を、ギュッと握り締めた。
彼女は下を向いていたのだが、その顔から表情が無くなった事に、前に居る四人は気づいた。
「わたくしね、事件の前の晩にね、この離宮の前庭でフリーダ様に会ったの。
その時に気づけばよかった。
でも、異世界の物は臭いって、その時は知らなかったから、しょうがないわよね?
その時ね、この離宮の前で、フリーダ様の側で遊んでいる妖精達がいたのよ。
なのにね、今日来たら、この部屋も、前庭も、どこにもいないの!」
「不思議だね!」
「ね!」
こいつら、ムカつく! 殺してやる!
アラリケはもう、隠すことなく目の前のレティシアをきつく睨んだ。
そうすると、レティシアの後ろに立っていたオスカーが馬鹿の様な表情を引っ込め、犯罪者を前にした騎士の目で、アラリケに対峙した。
アラリケが一歩でも動いたら、腰に下げた剣で切り付けてきそうだった。
アラリケは、こめかみから汗が流れ落ちるのを感じ、一度舌で口を湿らせて言葉を発した。
異様に喉が渇いていた。
「どこに、証拠が?」
そう言うのが限界だった。
少しでも動いたら切られそうな恐怖に、神経が疲弊する。
「証拠と言われると困るのよね~。
だって精霊は、裁判で証言出来ないものね」
レティシアは、まるで学園のカフェテリアで取り留めのない話をしている時のように、コロコロと笑った。
「今もね、いるの。ここに。
土の精霊よ。彼を呼んだ理由はね、あなたが自暴自棄になって攻撃して来た時、土の結界を張ってわたくし達を守ってくれるからなの。
彼もこの部屋に入った時から、すごく臭そうにつらそうにしてるから、ちょっと巻くわね」
ごめんね~、もうちょっと待ってねと、レオナルドが居る反対側の空間を見て、レティシアが精霊を慰めた。
「確かにこのままじゃ証拠が無いな、って困ってたんだけど。
昨日の夜やっとね、証言してくれたの」
入って~、とレティシアが朗らかにドアの方へ声を掛けると、開いたドアから入ってきたのは、
フリーダだった。




