⑫
レティシアはレオナルドと両親の反対を押し切って、学園に戻った。
学園ではまたレティシアは神格化されていて、フランシスカとベルティーナ以外、クラスメイトも遠巻きに戻っていた。
トリーア伯爵子息の婚約者の少女や、他に怪我を治してもらった人々は、遠くからレティシアを拝み倒している。
かく言うベルティーナも、レティシアに傾倒し侍女になりたいと言ってきたが、「友達」か「他人」か、どっちか選べとレティシアにすごまれて、とりあえず一旦侍女は諦めたようだ。しかし陰でコネを使ってレオナルドに会い、卒業後にレティシアの侍女になりたいと打診していた。そしてレオナルドから「卒業までレティシアが無茶しないか見張る」事を条件に出されていた。
怪我人を運んでいたオスカーも、アスクレーピオスの治療の輪に入っていたようで、立ったまま治癒されていく自分に気付き、ますますレティシアに傾倒していった。
しかしオスカーに限っては昔から猪突猛進にレティシアに傾倒していたので、今までと変わらず、学園で時間が合えばレティシアの護衛に(自主的に)付いていた。
レティシアが学園に戻った日の放課後、レティシアはアラリケをカフェテリアに呼び出した。
アラリケはレティシアの前に座ると、目に涙を溜めて頭を下げた。
レティシアの右横にはアビゲイル、左横にはベルティーナが座り、後ろにはセラとリタが控えている。
そしてさらに後ろには護衛騎士とオスカー。
周りに人がいれば、苛めの現場に見えるが、学園では現在不要に放課後に残る事を禁じられているので、カフェテリアにはレティシア達以外誰もいない。
「レオナルド殿下から全て聞きました」
レティシアはアラリケに謝る時間を与えず、口火を切った。
謝って欲しい訳ではないのだ。何故なら彼女には何の非も無いのだから。
フリーダは現在、王宮で事情聴取を受けている。
フリーダの腹心の侍女が、例の時限爆弾を仕掛けている所を、図書館に居た何人かが見たのだ。
彼らは爆撃によって大怪我をした為、侍女はそのまま他の爆弾を仕掛ける事なく、図書館の爆破だけで終わった。
しかしレティシアが全員の怪我を治したために、彼らがすぐさま証言出来たのだ。
侍女は黙秘しており、フリーダは、自分は関係無いとの一点張りだ。
他国の皇女であるため、証言だけではフリーダを捕まえる事が出来ない。
フリーダは現在離宮で軟禁状態ではあるが、離宮では今もなお自由に振舞っている。
「フリーダ様の狙いは、リンゲンですか? アンハルトですか?」
レティシアはアラリケがフリーダを恐れていることを知っていた。
今もアラリケの指が震えている。
その手をそっと握って、レティシアがアラリケに勇気を与える様に微笑みかける。
するとアラリケは、レティシアを敬慕の目で見つめ返してきた。
ギュッとレティシアの手を一度握った後、アラリケは口を開いた。
「最初は、リンゲンだったと思います。
レオナルド殿下には、結婚してここで住みたいという希望を伝えたようですが、実際は中からこの国を掌握するのか、例の爆弾で制圧する予定だったのでしょう。
しかしこちらに留学してから、「愛し子」様について私もフリーダも初めて知りました。
私たちのミュンスター帝国があるテューリンゲン大陸には、その伝説は届いておりませんでした。なので今回の爆発は、レティシア様の力を見る為だったんじゃないでしょうか?」
「これから彼女はどんな手を使うと思われますか?」
「わかりません・・・。でも、恐ろしい事を考えている気がします。
元々我が民族は、テューリンゲン大陸の中でも好戦的な人種でした。そしてフリーダの父、現皇帝はその中でも特に恐ろしい人です。
私の父は穏やかな人で、兄である皇帝を恐れていました。
いつも私にフリーダと距離を置くように言っておられました。
しかし私は昔から引っ込み思案で、なかなか友達が出来なかったから、従妹であるフリーダが、唯一の友達だったから・・・」
アラリケは大きな瞳から一粒涙を零すと、耐えきれずに顔を覆って泣き出した。
「小さい時は、そんなに悪い子じゃなかったんです。はきはきとして意思の強い子ではあったけど、4,5歳ぐらいから人が変わったかのように・・・。
急に残忍な事をするようになったんです・・・。
私、怖くて怖くて・・・。
でもいつか、昔のフリーダに戻ってくれるんじゃないかと思って、離れられなくて・・・」
ベルティーナがそっとハンカチを手渡すと、アラリケは礼を言って涙を拭いた。
「時限爆弾より恐ろしい物があるようです。
それが何かは知りません。
だけど、この国の王都なら、全てを焼け野原に出来るって、言っていたのを聞いたことがあります」
アラリケは顔を上げてレティシアを真っ直ぐに見つめた。
「お願いします。フリーダを止めてください!
これ以上あの子に人殺しをさせないで!」
カフェテリアにアラリケの泣き声が響く中、誰も声を発せなかった。
屋敷に戻ったレティシアは、父親とレオナルドに今日の事を伝える為、王宮に向かった。
国王の執務室で、公爵であり宰相である父と、エリアス、レオナルドが揃っていた。
レティシアの話を聞いた一同は驚愕に口を開けて、固まってしまった。
「そんな、王都を全て焼け野原にしてしまう爆弾があるのか・・・?」
国王は、信じられないと言う様に呟いた。
「確かに、あちらの世界にはあります。”エネルギー爆弾”と呼ばれる物です。
しかし、それをこちらの世界で作れるのかは、私には分かりません。
もしかすると、今の時限爆弾を大量に設置するのかもしれないし・・・」
エリアスは精霊王のビジョンで見た映像から、町が消えた映像を思い出した。
「エリアス、精霊王様からは何か・・・」
父親からの問いに、エリアスは目を伏せて首を横に振った。
「精霊王様は因果の法則で、これ以上この世界に手を出せません。
この間、私を通して言葉を発したばかりですから・・・」
誰もが重く口を閉ざす中、レオナルドが遅くなる前にレティシアを送ると言い、二人は国王の執務室から先に出た。
二人は言葉を交わさずに馬車乗り場に向かう。
「待って。フリーダ様に会える?」
レティシアとレオナルドは馬車に乗って東にある離宮へと向かった。
「あっさり了承してくれると思わなかったわ」
「この王宮でレティに害をなせる者はいないからね」
レオナルドが苦笑しながら答えた。
リンゲンに妖精はいなかったが、レティシアとレイラがリンゲンに来てから、多くの妖精がこちらに付いてきた。
もちろん一番多くいるのがオルティース公爵邸と公爵領だが、レティシアが昨年毎日通っていた王宮にも、多くの妖精が移り住んだのだ。
そのため、王宮は公爵家の次に、レティシアにとって安全な場所となった。
レティシアとレオナルドが乗った馬車が離宮の正門に着くと、前庭にフリーダがいるのが馬車の窓から見えた。
フリーダは睨みつけるように月を見ていたが、馬車が止まったままな事に気づき、そちらに目を向けた。
レティシアとフリーダの視線が交差する。
束の間見つめ合っていたが、フリーダがつと近づいて来た。
門を挟んで立ったフリーダは、レティシアに不敵な笑みを向けた。
「あなたにこの国を守る事ができるかしら?」
レオナルドが馬車の奥で息を飲むのが聞こえた。
「あなたの好きにはさせないわ」
レティシアは冷たい相貌をフリーダに向けた。
フリーダは鼻で笑って踵を返した。
「それは楽しみね」
離宮に戻って行くフリーダの背を、レティシアは見えなくなるまで見つめ続けた。




